DUEL SAVIOR DESTINY SS
『救世主の帰還』
by Sin
第2話
未亜達救世主クラスが必死になってクレアと大河を探していた頃、当の2人はというと……。
「ははうえ〜、はやくはやく〜っ!」
逸れてしまった事にも気づかず、久々な自由時間を謳歌していた。
「そう急くでない。足元に気をつけねば危ないぞ」
「だいじょう……っわ、わ、わ……あぅっ!」
はしゃぎまわっていたタイガは、足元に転がっていた石に躓いて転んでしまう。
「タイガ!?」
慌てて駆け寄ったクレアが抱き起こしてみると、タイガの膝は酷く擦りむいてしまっていた。
その傷を見て涙ぐむタイガを抱きしめるクレア。
「ふぇぇぇぇぇん、いたいよぉ」
「だから言わぬ事ではない……」
そう言うと、クレアはベリオに手当てを頼もうと振り返ったのだが……。
「ベリオ、済まぬが手当てを……ベリオ?」
振り返った先には人ごみが広がるばかり。
心配そうに見つめてくる人はいるものの、肝心のベリオの姿は何処にも無い。
いや、それどころか、未亜もリリィもカエデもルビナスもリコも誰もいなくなっている。
「皆何処へ…まさか、逸れてしまったのか……?」
ようやくその事に思い至って、心底困った表情を浮かべた。
「まさかこの年になって迷子とは……大河に知られたらなんと言われる事やら……」
溜息をついたクレアは、仕方なしにハンカチを取り出すとそっとタイガの傷に巻きつける。
「ベリオやリコがおらぬから、ちゃんとした手当てはできぬ。しばらくそれで我慢しておれよ」
「うぅ……ぐすっ……」
「ほら、立てるか?」
手を差し伸べるクレアだったが……。
「だっこ〜」
「ほら、駄々をこねずに」
「だっこ〜〜っ」
「……まったく…ほら」
どうしても自分で立とうとしないタイガに大きな溜息をついて、クレアはその身体を抱き上げる。
「いつの間にか……随分重たくなっておるな……」
「えへへ……ははうえのにおいがする〜」
頬を寄せて甘えてくるタイガを胸に抱いて、その温もりに自然と微笑が漏れるクレア。
「さて…いつまでもこうしているわけにも行かぬな。皆を探すぞ、タイガ」
「おねえちゃんたち、かくれんぼしてるの?」
「ふふっ、そんなところだ。行くぞ」
「うんっ♪」
クレアとタイガが皆を探し始めた頃、未亜達は……。
「イムニティ、クレアちゃん達が何処に居るか、わからない?」
「できるかはわかりませんが……やってみます」
「うん、お願い」
未亜の願いに答えて辺りを探知しようとするイムニティ。
だが……
「………駄目です、人が多すぎて…探知できません…」
「そっか……」
「すみません、マスター」
「あ、ううん、イムニティが悪いんじゃないんだから」
落ち込んだ様子を見せる彼女に未亜は慌ててそう言うと、
「じゃあ、とにかくもっと探してみよう。クレアちゃん達も私達の事探してるかもしれないし」
「はい、マスター」
何度言っても自分の事をマスターと呼ぶイムニティに未亜は苦笑しながら、呟く。
「こんな時、お兄ちゃんが居てくれたら……」
その時だった。
不意に鞄に入れていた幻影石が光を放つ。
「マスター、これは!?」
「みんなで撮った写真……なんで……?」
戸惑いながら幻影石を手に取った瞬間……未亜の側を誰かが通り過ぎる気配が。
「……えっ?」
思わず振り返ったが、誰も居ない。
相変わらずの人ごみの中に消えてしまったのだろうか。
そんな事を思いながらも辺りを見回す未亜に、イムニティが不思議そうに声をかけた。
「どうかしましたか、マスター?」
「イムニティ、今……私の横、誰か通らなかった?」
「いえ、誰も通らなかったと思いますが……」
首を傾げるイムニティ。
だが、未亜はまだ納得できない様子でしばらく辺りを見回していたが……。
「気の所為…だったのかなぁ……」
「マスター?」
「ううん、ごめん。気の所為だったみたい。行こう」
「はい、マスター」
イムニティに声をかけて、未亜は再びクレア探しに足を進める。
だが、その内心では、先ほど感じた存在に胸が高鳴るのを感じていた。
「……さっきの…あれは絶対にお兄ちゃんだったもの……」
呟く未亜の声は雑踏の中へと消えていく。
僅かな期待を胸に、いつしか未亜の足は思い出の展望台へと向けられていた。
そしてその頃、リリィ達は……。
「どう、リコ?」
「駄目ですね。やはりこう人が多くてはクレシーダ様の存在を感知する事は出来そうにありません」
「そっかぁ……やっぱり地道に探すしか無さそうね。ったく、こんな時に何やってるのよ、あいつは……」
苛立たしそうに呟いて、リリィは辺りを見回す。
「こんな時…とは、マスターが帰って来るかも知れない時、という事ですか?」
「な……っ、ち、違うわよ! クレシーダ様の行方が判らなくなってしまった時って事!!」
「では、その『あいつ』と言うのがマスターの事ですね」
「―――っ!! そ、そうよ。こういう肉体労働は、あいつの担当でしょ!」
「……リリィさんは本当にマスターが恋しいのですね」
無表情に呟かれるリコの言葉にリリィは耳まで真っ赤になった。
「な、ななななぁっ!? な、何言ってるのよリコ!! 何処からそんな話に……だっ、大体、誰があいつのことなんてっ!!」
「顔が、真っ赤です」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「……それに、私もマスターが恋しいです」
「え……?」
「マスターの温もりを感じたい……マスターに抱きしめてもらいたい……マスターに優しく撫でてもらいたい……」
そう呟くリコの表情。僅かに頬を赤らめて潤む瞳。
まるで大河に抱きしめられているのを思い起こしているかのように、リコはそっと自分の肩を抱きしめた。
「リ、リコ、あなた……」
「おかしいですか? 誰よりも愛しい人に愛されたい……側に居て欲しい…そう望むのは」
「う……」
「もし、リリィさんが本当に、マスターを恋しく思っていないと言うなら、私としてはありがたいですが」
「ど、どういう意味よ?」
「ライバルが一人減りますから」
「い、言うようになったわね、リコ」
引きつった表情で呟くリリィに微笑を浮かべるリコ。
「クレシーダ様はもとより、未亜さん、そしてリリィさんは強敵ですから。牽制できるときに少しでも牽制しておかないと」
「な、なんで私まで……って、と、とにかくっ! 今はクレシーダ様を探すのが先よ! ほら、行くわよ!」
「照れてます」
無表情に呟かれるリコの言葉。
だが、その言葉にどこか笑っているようなものを感じられて、リリィは恥ずかしさに首まで真っ赤になる。
「〜〜〜〜っっ!? 行・く・わ・よっ!!」
「ふふっ、はい」
真っ赤になったリリィが慌ててその場から離れようとしたその時だった。
「………え?」
「………なっ……!?」
戸惑った様子で辺りを見回す2人。
「リ、リコ、今……」
「気の所為……ではないですよね……?」
2人が同時に感じた、ただ1つの気配。
展望台の方から感じたその気配に、自然に身体が突き動かされる。
そして…一斉に走り出した。
僅かな間に感じたあの気配……最も求め続けた……あの気配に向かって。
「マスター……っ」
リコの頬に僅かに涙が走る。
「大……河………っ」
呟くリリィの瞳が潤み、揺れている。
だが、二人は気づいていなかった。
それぞれが大切に持ち続けているあの皆で撮った幻影石の石版が、僅かな光を放っていたことに。
そして、屋根から屋根へと飛び渡りながらクレア達を探すカエデは……
「ここにも居られぬでござるか……クレシーダ様、一体何処に行ってしまわれたのでござる……」
焦る気持ちが募り、それが僅かにカエデの注意力を奪ってしまった。
「――っ!?」
飛び移った先の屋根で足を滑らせたカエデは、そのまま階下へと落下してしまう。
「くっ!! はぁっ!!」
とっさに鈎縄を投げ、近くの木の枝を捕らえるとそのまま弧を描いて再び屋根の上へ。
今度は無事に着地してホッと息をついたが……。
「……何たる失態……拙者が屋根を飛び移った程度で足を滑らせるとは……」
グッと唇を噛み締める。
忍者たる者、常に冷静でなければならない…(血へのパニックはともかくとして)…にも拘らず、カエデは完全に平常心を失いつつあった。
「やはり…駄目でござるよ……師匠……」
ポツ、ポツと屋根の上に滴り落ちる。
「師匠が居ない間は、拙者が皆を守ると誓っていたでござる……でも、もう、無理でござるよ……」
耐えに耐え続け、皆の前では冷静に、そして笑顔で居ようとしたカエデだったが、最早それは限界だった。
優しく微笑んでくれた大河。
どんな辛い事も全て受け止めて、心を支えてくれた大河。
その彼が、今は……居ない。
「本当は、拙者…クレア殿が羨ましかった…いや、妬ましかったでござる……」
脳裏を過ぎるのは大河の優しい笑顔に見守られるクレアの姿。
「師匠の子を産み、育てる事のできるクレシーダ様が……拙者は……」
と、その時、カエデは眼下から聞こえてくるベリオのクレアを探す声を聞いて今の状況を思い出した。
「……拙者は…一体何をしているでござるか……我を忘れ、己が任務を忘れるとは……」
たまらなくなったカエデは荷物の中から皆で撮った石版を取り出して見つめる。
そこに微笑む大河の顔を指でなぞりながら、カエデは呟いた。
「師匠……どうして帰ってきては下さらぬのでござるか……拙者は…カエデは……もう、耐えられぬでござるよ……」
滴り落ちる涙。
それが石版に零れてそこに写る大河の頬を濡らした瞬間だった。
突然、光を放つ石版。
「なっ……!?」
驚くカエデの脳裏に、その一瞬、言葉が響いた。
『展望台へ……』
「師匠……?」
戸惑いながらも、聞こえてきたその声にカエデはものの数秒で決意を固める。
「今の言葉、師匠からのものと信じるでござる。今、お側に!!」
鋭くそう言い放つと、カエデの姿はその場から掻き消えた。
そして、ベリオ達は……
「クレシーダ様〜っ! タイガく〜ん! ふぅ、ホントに2人とも何処に行ってしまったのかしら……」
「まさかとは思うけど、父親と同じように女の子のお尻を追っかけて迷っちゃったんじゃない……わよね?」
「ふふっ、まさか。大河君じゃあるまいし」
「でも、彼も「たいが」よね?」
「……クレアさんったら、どうして彼と同じ名前にしちゃったのかしら……彼が帰ってきたら、きっと大混乱よ?」
「ひょっとしたら、それが目的かもしれないけど……」
「えっ?」
「彼女はアルストロメリア……彼女の先祖に本当によく似ているから……」
「アルストロメリアさん……確か、学園長やルビナスさんと一緒に戦った、千年前の救世主候補生でしたね」
「ええ。クレシーダ様は本当によく似ているの。悪戯好きだった所まで……ね」
ルビナスの言葉に思い出される始めてクレアに会った日の事。
救世主候補生である彼女達を試すために、自らの危険など関係無しにモンスターの檻を開けてしまい、しかもその後、学園長が来る前にさっさと自分だけ逃げてしまっていた彼女。
確かに彼女なら、そんな悪戯さえもやりかねない。
長い間、自分を放って別世界で戦い続ける大河へのせめてもの仕返しとして。
「……確かに、やりかねませんね」
そう言って苦笑するベリオ。
「ええ。それに私は知ってたけど、大河くんとの子供が宿っていた事、貴方達に4年間も完全に隠し通して驚かせるなんて悪戯までしたんですもの。これからどんな騒ぎになるのか不安だわ」
溜息をついて言ったルビナスの言葉に、ベリオは笑うしかない。
「ところで……ベリオ?」
「はい?」
「ダーリンが帰ってきたら、貴方もクレシーダ様を含めた皆と正妻の座を賭けて勝負するんでしょ?」
「ええ、もちろん。お子様ができている分だけクレシーダ様が有利だとは思いますけど、大河君にはっきりと聞いたわけじゃないですから。ルビナスさんだって、諦めてはいないのでしょう?」
「ええ、もちろん。でも、ダーリン驚くかしら。あのナナシがこんな風に変わっていて」
「きっと、目を丸くして驚きそうですね、ふふっ」
そう言って笑いあった2人が高台の方へと差し掛かったその時だった。
「……あら? 何かしら……」
「随分騒がしいようですけど……」
聞こえてくる喧騒に怪訝そうに眉をひそめる2人。
だが、真っ青になって逃げてくる一人を捕まえて話を聞くと……
「破滅の……破滅のモンスターが街に!」
「なっ!?」
「ルビナスさん!!」
「ええ! 急ぎましょう!!」
急いで騒ぎの中心へと向かうベリオとルビナス。
そして辿り着いた先では、確かに7〜8匹の破滅のモンスターがその猛威を振るっていた。
辺りに倒れている人も数名。
「ベリオは怪我人の手当てを! 私はあいつらを止めるわ!!」
「はいっ!!」
「これ以上の横暴はこの私が許さない! ダーリンが守ったこの世界を、傷つけさせはしないんだから!!」
人々に襲い掛かろうとしていた破滅のモンスターは、ルビナスのその声に一斉に振り返って攻撃目標を変える。
しかし……
「なめないで欲しいわね、これでもメサイアパーティ最強と言われていたんだからっ! 来て、エルダーアーク!!」
その手の中に現れる、召還器エルダーアーク。
鮮やかに舞う剣線。一瞬にして1匹を切り倒したルビナスに、4匹のモンスターが纏めて襲いかかる。
「破滅なんかに……この世界は壊させないっ!」
そう言ってルビナスは足元にエルダーアークを突き立てると、魔力を集中させた。
集まってくるモンスター。
だが、次の瞬間……
「集え!!」
その声と共に光が溢れ、それが何かを3つ形成する。
やがて光が収まると、そこに居たのは……
新たな3人のルビナスだった。
その光景に、助けられた人々は目を丸くしている。
「行って、私の分身達!!」
号令と共に、4人のルビナスは一斉に4匹のモンスターへと襲い掛かる。
ルビナスがモンスターをひきつけている間にベリオは怪我人達の下へと走り、癒しの魔法をかけてまわった。
その時だ。
「お姉ちゃん、危ないっ!!」
ついさっき癒しの魔法をかけたばかりの少女の言葉にベリオは慌てて飛びのく。
だが、一瞬遅く、衝撃が身体を貫いた。
「かはっ!?」
もんどりうって倒れるベリオ。
「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ!!」
泣きながらベリオにすがりつく少女。
その背後から近づくモンスターの影。ルビナスは他のモンスターを相手していて間に合わない。
「……大河君が帰って来るまで……私が守るって……決めたんだから……殺させない……絶対に! ユーフォニア!!」
モンスターの爪が少女を引き裂かんとした瞬間。
その周囲に光が集まって……
「ホーリーシールド!!」
聖なる光の盾が少女の身を包み込んで守る。
恐る恐る振り返った少女が見たものは、召還器ユーフォニアを翳してシールドを張り続けるベリオの姿。
「召還器……お姉ちゃん……救世主様!?」
「心配しないで……貴方達は、絶対に私達が守ってみせる!! シルフィス!!」
そう言い放つと同時に、掲げられたユーフォニアを起点にして光の輪がモンスターに向かって放たれる。
衝撃で僅かに間合いが開いた瞬間、ベリオはユーフォニアを突き出した。
「破滅のモンスターよ、消え去りなさい! ホーリーノヴァ!!」
溢れ出す光の奔流。
それが目の前のモンスターと、その背後から襲い掛かろうとしていたもう一匹をまとめて消し去った。
同時に、ルビナスが分身との一斉攻撃で最後の一匹を消滅させる。
破滅のモンスターが消滅した事で辺りにはようやく静けさが戻った。
傷を負った人々はすでにベリオの治癒魔法で回復している。
「よかった……誰も死なせずに済んだみたい……痛っ!」
安心した途端、ベリオは脇腹の傷の痛みを思い出してうずくまる。
「ベリオ! 貴女、怪我を!?」
「だ、大丈夫です…この位ならすぐに治せますから……」
そう言った瞬間、ユーフォニアが輝いてベリオの傷口にその光が降り注ぐ。
瞬く間に傷は塞がり、痛みの消えたベリオはゆっくりと立ち上がった。
2人の活躍に沸く人々。
礼を言っては握手を求めてくるその姿に苦笑するしかないベリオとルビナス。
それから数刻の後、ようやくの事で人々から解放された2人。
「ふぅ……やっと逃げられたわね、ベリオ」
溜息をついて苦笑するルビナスにクスクスと笑うベリオ。
2人の手には、既に召還器はない。
「仕方ありませんね。あの戦いから、まだ4年。救世主は未だ人々の心の支えなんですから」
「救世主……ね……最もそう呼ばれるべき人は、まだ帰ってきてはいないのだけど…」
「大河君、今頃どうしているのでしょうね……」
「さぁ? ひょっとしたら、またどこかで女の子のお尻でも追っかけているんじゃないかしら?」
「ふふっ、大河君ならありえるかもしれませんね」
そう言って笑いあう2人。
「それにしても…破滅のモンスターがこんな所まで入ってくるなんて……4年前の戦い以降、初めての事ですよね」
「ええ。おそらく、さっきのモンスター以外に結界を抜けられる何かが王都の中に紛れ込んでいる…と考えるべきね」
「狙いは……まさか!?」
「バーンフリート王家……いえ、おそらくはクレシーダ様……」
ルビナスの言葉にベリオの顔に緊張の色が走る。
「急いだ方が良さそうね。クレシーダ様の身に何かあってからでは遅いのだから」
「そうですね…あら?」
「どうしたの、ベリオ?」
「ルビナスさん、その光…は?」
「光? あっ……」
ベリオの言葉に荷物の中で光を放っていた幻影石を取り出すルビナス。
「まさか私のも……」
呟いてベリオも取り出してみると、彼女の幻影石も光を放っていた。
「これは一体……」
戸惑う2人の間で、光が爆ぜる。
思わず目を覆った2人。
だがその瞬間、懐かしく、何よりもいとおしい声がベリオ、そしてルビナスの脳裏に刻まれた。
『あの……展望台へ』
弾けそうなほどの想いを胸に、2人は少し潤んだ視線を交わすと頷き合って走り出す。
引き寄せられるように展望台へと集まりつつある救世主候補生達。
そして……
「うぅ〜〜っ、ははうえ〜あしがいたいよぉ……」
延々と歩き疲れて座り込んでしまったタイガ。
幾度となくクレアが抱き上げていたのだが、それでも最早限界のようだった。
「むぅ…困ったのぅ……」
座り込んだまま動こうとしないタイガに途方に暮れるクレアは、荷物の中から幻影石を取り出すとそこに写る大河に語りかける。
「大河…お前が居てくれたなら、こんな時どうしておったであろうな…」
溢れる溜息。
「……気弱に…なるな……私は、クレシーダ・バーンフリートであろうが……民を導き、国を治めていく私がこの程度の事で不安がっていてどうする……」
微かに震える声。
石版に写る大河の笑顔を見つめていると、その気持ちは益々大きくなっていく。
と、その時。
笑う大河の顔に滴り落ちる雫にクレアはハッとして気持ちを引き締めた。
「ははうえ……?」
不安げなタイガの声に目を向けるクレア。
「ん、すまぬな。なんでもない」
息子には泣き顔など見せまいと涙を堪えて微笑む。
石版をしまおうとしたクレアだったが、不意に何故かあの展望台の景色が頭に浮かんだ。
「タイガ、もう少しだけ我慢できぬか?」
「え……?」
「良い所に連れて行ってやろう」
「いいところ?」
「ああ。ほら、おいで」
そう言ってかがみこむクレアの胸に抱きつくように飛び込むタイガ。
まだまだ小さなその身体を抱き上げて、クレアは展望台に向かって歩き出す。
あの思い出の場所に、きっと何かが待っている……
そんな不思議な気持ちに導かれるように……
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