斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin



第22話 脱出への道



 しばらくの時が流れ、テリオンとの話も一段落した頃、ようやくアル達が戻ってきた。

「すまぬ、待たせたな」
「気にするなよ。時間はたっぷりあるんだからさ」
「ふふ、そうだな。リル、おいで」
「うんっ♪」
 喜び勇んでアルの胸に抱きつくリル。

「えへへ、ママ、大好き〜♪」
「本当に汝は甘えん坊だな……ふふっ…」
 優しくリルの髪を撫でてやるアルの姿は、ぎこちない所など全く無い、完全な母親そのものだ。
 楽しげに戯れる2人を俺はそっと抱きしめる。
 微笑むアル達の笑顔が、俺の心をより一層温かくしてくれるんだ……

 そんな俺達を苦笑しながら見つめていたテリオンは、側に寄り添ってきたナコト写本の肩をそっと抱き寄せた。
「あ…っ…マスター?」
 驚いた様子で見つめるその瞳に笑いかけて優しく髪を撫でつけるテリオン。
 初めは戸惑っていたナコト写本もやがて顔を綻ばせて目を閉じる。
 その時、不意にテリオンが口を開いた。
「エセル」
「は、はい?」
「……僕達も…頑張ろう」
「……え……っ?」
「欲しくなったよ……僕も……」
「マ、マスター?」
「お前との子を一緒に抱きしめて……ああして微笑み合える……最高の時間だろう……?」
 テリオンの言葉に、しばらく声を失っていたナコト写本だったが、やがて…

 手を濡らすその感触にテリオンが目を向ける。
「涙? ……エセル…泣いて……いるのか?」
「…マスター……嬉しい…です…」
 ポロポロと涙を溢れさせながら、途切れ途切れの言葉で呟くナコト写本をテリオンは優しく見つめ、そしてしっかりと抱きしめた。

「愛しています……マスター」
「僕もだよ…エセル……」

 そのまま唇を重ね合う2人。
 俺達が見てる事などすっかり忘れて。


「…………あー……えーっと……盛り上がってるところ悪いんだけど……さ」
「すまぬが今は遠慮してくれぬか……? その……気持ちは……判るのだが……」
「えへへ〜エセルお姉ちゃん達、仲良しなの〜♪」

 その言葉に、現状を思い出して大慌てで離れるテリオンとナコト写本。
 2人とも顔が赤い。
 特にナコト写本は今にも火を噴き出すのではないかと思える程、首筋や耳まで真っ赤に染まっていた。

「あはっ、エセルお姉ちゃん、真っ赤っか〜」
「こ、こら、リル。今はからかったら拙いって」
「ふぇ? だって……真っ赤になっちゃって、お姉ちゃん可愛いんだもん」
「リ、リル・アジフっ!!」
「うむ、確かに普段以上に可愛らしいかも知れないな」
「マ、マスターまで……そ、そんなに、私をいじめて……楽しいのですか……?」
 真っ赤な顔に涙で潤んだ瞳で上目遣いにじっとテリオンを見つめるナコト写本。
 その時……
 なにを思ったのか、突然テリオンがナコト写本を抱きしめた。

「マ、マスター!?」
「……すまないが……しばらく抱きしめさせてくれ……エセル」
「…マスター?」
「………今のお前の表情…こうせずには居られなかった……」
「欲情しおったな」
「だからお前は歯に衣着せろ!」
 アルの言葉に、思わず俺は突っ込んでしまう。
 つーか、毎度毎度、やばすぎるって。
 いくらなんでもストレート過ぎだ。

「よ、欲…情……? マスターが……私……に?」
「い、いや、僕は……その……」

 しどろもどろになるテリオン。
 いや、マジか?
 これがあの、聖書の獣……ブラックロッジの大導師、マスターテリオンなのか?
 どう見ても俺よりずっとシャイなガキだぞ……?

 それにしても……

「アル、さっきもテリオンと話してて思ったんだが……」
「なんだ、九郎?」
「ナコト写本って、なんとなくお前に似てないか? 見た目も、声も」
 俺の言葉に、少し驚いた様子でナコト写本を見ていたアルだったが、やがて…

「ふむ…全く繋がりはないのだが……魔導書としての位階が最高位にある妾に近い存在であるナコト写本には、妾と同質の魂が宿ったのかも…それ故に、似たような肉体を持つ事となったのかもしれぬ…憶測だがな。まあ、高位の魔導書と言っても、ルルイエ異本の例もある。高位の魔導書であるから皆似ているとは言えぬな」
「どちらにしろ、よく判らないって事か」
「そう言う事だ。なにしろ生まれは全く違うのだからな」
「なるほどな……って、おい、そこ」

 そう言って俺が指さした先。
 そこではテリオン達がまた二人っきりの世界に入っていた。

「嬉しい…です……マスター」
「エセル……」
「マスターが私に…欲情してくれるなんて……」
「そ、その……僕は……お前が……愛おしくて……堪らなくなって……」
「ああ……マスター…」
「エセル……もっとお前の事が知りたい……」
「知って下さい……マスター……私の全てを……」

 なんだか放っておいたら、どんどん先に進みそうだな、この2人。
 とりあえず、目の前でやられるのも嫌だから止めておこう。

「おい、テリオン、ナコト写本、何処までやる気だ、おまえら?」
「完璧に理性のたがが外れておるな、汝等」

 そこまで言われて、ようやく自分達のやっている事に気がついたのか、顔を真っ赤に染める2人。
 だけど今度は離れようとしない。
 寄り添い合ったまま、照れくさげに苦笑した。

「そ、そろそろ、ここからの脱出方法を考えるとするか、大十字九郎」
「さっさと2人きりになって思う存分いちゃつきたいか、マスターテリオン?」
「……う、あ……いや……それは……」
 クールに気取ろうとするのが無駄だと何故判らんかな、こいつは。

「否定するだけ無駄だぞ、マスターテリオン。まあ良い。それはともかく……ここから脱出して元の事件に戻る方法……汝等はなにか心当たりでもあるのか? 脱出の手だてが無くもないと言っておったが……」
「あ、ああ。方法はある。ただし、条件がいくつかあるが……」
「条件?」
 俺の言葉に頷くテリオン。

「……1つ目の条件は、貴公等の居たあの世界に、デモンベインと同質の物が存在している事」
「デモンベインと同質の物?」
「……まさかそれは…妾があの世界に辿り着いた時に共にあったデモンベインか!?」
「その通りよ、アル・アジフ」
「確かに存在はしている…だが……あのデモンベインは九郎を元の世界に戻す為に獅子の心臓を砕いてしまったからな……もはや欠片の力すらも持たぬ骸に過ぎぬぞ?」
「問題ないわ。大切なのは、あの世界にデモンベインが存在する。その事実だけ」
「存在……まさか……召還させるつもりか!?」
 ナコト写本の言葉に、驚きの声を上げるアル。
 だけど俺にはまだ何の事だかさっぱりだ。

「アル、どういう事だ?」
「判らぬか? 許奴はこう言っておるのだ。妾達が居た世界にあるデモンベインを召還の媒介として妾達の乗るこのデモンベインをあの世界へ召還する……とな」
「そんな事できるのか!?」
「理論上は可能だろうな…向こうの世界のデモンベインがあるという事実を虚数展開し、そしてこちらのデモンベインが向こうの世界にあるという可能性を集め、実数化する。それによって、向こうの世界にデモンベインがあるという事実を曲げずにこのデモンベインをあの世界に戻す事ができるという訳だ」
「だけど、そんな事ができる技術なんて、今のあの世界には……」
「ふむ…それが問題だな」
 俺の言葉に頷いて考え込むアル。

「そこで2つ目の条件。向こうの世界が満月の夜である事」
「満月だと……何かあるのか?」
「月が満ちる時そこには異界への門が開くわ」
「なるほど。確かにその瞬間を狙えば、他の時よりもこちらから干渉しやすくなる」
 ナコト写本に言われてアルは納得したのか、ポンと手を打った。
 いや、俺にはまだ全然判らないんだが……?

「しかし、それでも問題はあるぞ? 召還と単純に言うが、召還者はどうするつもりだ? 我等のような魔導に通じた者でなければ召還の理論など理解できようもない。ましてや魔導書を持たない彼奴等に、それ程の力があるとは…」
「それでも魔術の資質がある者はいるでしょう? 覇道瑠璃や、あのムーンチャイルドの娘……」
「ムーンチャイルド…って?」
「あの教会にいたシスターの事だ。大十字九郎」
 テリオンの言葉に、俺の頭の中でライカさんの姿が白い天使のそれと重なる。
「じゃあ……やっぱり…」
「貴公が思っている事は、間違っていない」
「あの娘、ライカ……と言ったわね。かつて、ウェスパシアヌスが造った魔導研究所の検体ナンバー04、重武装内蔵型魔導兵器、天使王の名をもって私達と戦っていたメタトロン…それが彼女よ」

「――っ!?」

 予想はしていた。
 もしかしたらそうかも知れない……と。
 だけど、まさかメタトロンが、元々ブラックロッジで造られた存在だったなんて……

「元々資質があったが為に、ウェスパシアヌスに目をつけられたようね…ああ、もちろん今の世界では違うのでしょうけど。その持った魔導の資質は変わらないはずよ」
「そう……か……やっぱりライカさんが……」
「だが、ブラックロッジによって作り出された存在であったとはな…まあ、あのサンダルフォンがブラックロッジのエージェントであった事から、予想できた事ではあるが……」

 思い出す白き天使の姿。
 戦いに巻き込まれるのは自分だけで良いと、気丈に戦い続けていたあの姿……
 その姿にライカさんの笑顔が重なって、俺はその気高い心に涙した。

「それともう一人。あの、ニトクリスの鏡を使っていた娘」
「アリスンの事か?」
「確かにあの娘の資質は素晴らしい物がある。然るべき師に就いて学べば九郎をも越えるやもしれぬからな」
「そんなに凄いのか、アル?」
「うむ、いかに鏡の魔力の影響を受けていたとは言え、通常、あの歳であそこまでの力を使いこなすなど考えられぬ。末恐ろしいな」
 
 さすがに驚いた。
 俺もアリスンの才能には凄い物があるとは思っていたけど、まさかそこまでとは。

「満月の夜、あの娘達の祈りが1つとなった時、月の魔力とあの世界にあるデモンベインを媒介として、召還魔術を編み上げる。いわば、デモンベインという鬼械の神の巫女と言うわけね」
「巫女……かぁ……」
 思わずあの3人の巫女姿を想像してしまう。うん、悪くない。
 と、その時、アルがジト目でこっちを睨んできた。
「な、なんだよ?」
「……不埒な妄想を抱いたのではあるまいな?」
「バ、バカ言え……」
「汝はすぐに顔に出るからな。それに…妾に判らぬと思うたか?」
 そう言って俺の頬に手を添えて下から見つめてくる。
「知っておるのだぞ、汝の趣味も、嗜好も」
 妙に色っぽい視線で俺を見つめながら口元を弛めるアル。
 その少し冷えた指先が俺の唇をつぅ…となぞった瞬間、俺の背中をゾクゾクしたものが駆け上がった。

「汝の事で…妾に判らぬ事など…無いのだぞ?」
「ア、アル……」
「汝が…妾の全てを知っておるのと同じように…妾とて、汝の全てを知っておるのだ……ぞ…」

 じっと俺を見つめていた視線がそっと閉ざされて……
 頬に当たるアルの吐息が俺の脳裏をしびれさせていく……

 貪るようにその唇を奪おうとした……その時。

「見ているこちらが恥ずかしいわね、アル・アジフ。さすがはアーカムシティー1のバカップル」
「――――――っ!? だ、誰がっ!? そ、それに、そんなランキングなどいつ決めたっ!!」
「私の独断。でも、間違ってはいないでしょう?」
「なっ……!?」
「まあ、確かに」
「く、九郎っ!?」
 平然と答えた俺の返事に真っ赤に頬を染めて見つめてくる。
 そんなアルに、ニヤリと笑ってみせると俺は更に言葉を続けた。

「だけど……その1位を俺達と争ってるのが自分達だって判ってるか、ナコト写本?」
「――っ!?」
 一気に真っ赤に染まるナコト写本の顔。
 その様子を見て、アルも楽しそうに頷いている。
「ふっ……」
 思わず吹き出したテリオンの様子に、ナコト写本は完全に涙目だ。
「マスターまで……」

 そしてその見つめてくる視線にテリオンが……

「――って、いつまで続けるつもりだっ!! エンドレスか? エンドレスなのか!? BADENDを引き当ててしまった時のように、延々と同じ時間が繰り返されるってのか!?」
「九郎、なにもゲームをやった事のない者に判らんネタを振らんでも良かろうに」
「…いや、ゲームってなんの話だよ……ま、まあいいや……で? どうやって姫さん達にその祈りって奴をやって貰うんだ? なにも言わずに伝わるって事はないだろ?」
「こちらからの念を月光と共にあの世界へと届かせ、毎夜の如く夢に見せればいい加減気付くだろう?」
「呪いでもかけるつもりか、おまえらは……」
「だが、他に方法がないのも事実。小娘達には悪いが、できれば次の満月までには気付いて欲しいものだからな。いつまでもこうしている訳にもいくまいて」
「ん、まあ、それはそうなんだけどな……」
 そう言って頬を掻いた俺に、アルは悪戯っぽい視線を向けてくる。

「…………ん? どうかしたのか、アル?」
「それに……妾達も勿論だが……なによりこのままでは許奴等の邪魔になりそうなのでな」
 笑いを堪えながら言ったアルの言葉に、ナコト写本の顔が更に真っ赤に染まった。

「良い顔をしているな…エセル」
「そ、そんな事仰らないで下さい……マスター……恥ずかしいです…」
 赤くなった顔を隠すように胸に抱きついてくるナコト写本をしっかりと抱きしめてテリオンは静かに口を開いた。

「大十字九郎」
「お、おう、なんだ?」
「満月の夜…かの世界との繋がりが強くなったその時、我等がハイパーボリア・ゼロドライブでその壁を裂く。汝等はその裂け目をレムリア・インパクトの力をもって貫くがいい。その瞬間、汝等はかの世界へと召還される」
「それで帰れるって訳か………ん? いや、待てよ……おい、テリオン。その方法だとお前等は……」
「おそらく、その一度でリベル・レギスの力は枯渇するだろう。再び空間を裂く程の力を得るのに、どれ程の時を要するかは余にも判らぬ」
「それじゃあ……お前等はこのまま……」
「良いのだ、大十字九郎」
「良くねぇよ! お前等を犠牲にして俺達だけが……」
「自惚れないで欲しいわね、大十字九郎。犠牲になどなるつもりはないわ」
「ナコト写本……」
「私達には永遠の時間がある…老いる事も、潰える事もない……齢を重ねて年老いていく貴方とは違う」
 冷たく言い放つ。
 だけど、その言葉の端々に俺達への想いが込められている事に気付かない程、俺だって鈍感じゃない。

「…永劫の時の中、マスターと2人で生き続ける事になんの迷いも不安もないわ。それに…」
「それに?」
「……今は、もう一つ…楽しみもあるから……」
 そう言うナコト写本の顔が赤い。
 それだけで俺は何を言いたいかを理解した。
 いや、まあ、あの顔見てわからん方がおかしいけど……な。

「……ナコト写本」
「えっ?」
 唐突に、アルがナコト写本の耳元で何かを囁く。
 
「アル・アジフ……ええ、貴方もね……」
 何を言われたのか判らないが、ナコト写本は心底嬉しそうに微笑んでいる。

「おい、アル。何言ったんだよ?」
「知りたいか?」
「ああ、すっげぇ気になる」
「……秘密だ」
「え……?」
「女同士の内緒話、男になど聞かせられるか」
「なんだよ、冷てぇなぁ……」
「そう妬くな、九郎」
「別に妬いてる訳じゃ…」
「フフ…ともかく…やるとしようか。九郎、汝の思念を妾が虚像化し、かの世界に送る。リルも手伝ってくれ」
「お、おう」
「うんっ! リル、頑張る♪」
「余とエセルも手伝おう。やるぞ、エセル」
「イエス、マスター」

 その瞬間、デモンベインの中に高密度の魔力が満ちる。
 俺達の思いに答えるように、デモンベインも獅子の心臓を高鳴らせて魔力を溢れさせた。

「念じろ、九郎。小娘達に妾達の思いを伝えるのだ」
「わ、わかった」
 念じろったって……
 えぇと……とにかく姫さん達が向こうの世界にあるデモンベインの周りで、満月の夜に祈りを捧げてくれれば俺達は帰れる……ってことで良いんだよな……
 姫さんに……ライカさんに……アリスンに……
 あの三人が祈りを……デモンベインの巫女として……

 巫女さん……
 アリスンは結構似合いそうだな……
 姫さんは……意外といけるかも……
 ライカさん……シスターが巫女さんって……良いのか?

「おい、九郎」
「な、なんだ?」
「………不埒な事を考えるでないぞ?」
「わ、判ってるよ……ええと……」

 とりあえず真剣に考えよう……
 姫さん、ライカさん、アリスン……
 頼む…あんた達だけが頼りなんだ…
 デモンベインを……俺達をその世界に呼び戻してくれ……

「よし、九郎の思念を掴んだ! やるぞ、リル、テリオン、ナコト写本!」
「うんっ♪」
「わかった。エセル!」
「イエス、マスター!」

 アルの言葉に3つの返事が返された瞬間、爆発的に高まった魔力が辺り一帯に立ち込めて、僅かに開く次元の隙間を縫うように溢れていった…




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