斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin
第21話 姉妹のように
どれだけ話し込んでいたのだろうか。
全く変わる事のない周囲の様子に、時の移り変わりが掴めない。
「随分と話し込んでしまったな。だが…まさか貴公とこうして談笑する事になろうとは夢にも思わなかったぞ、大十字九郎」
「お互い様だ」
そう言って苦笑する俺達。
まるで数年来の友人のようなその雰囲気が、何故か心地良い。
「アル・アジフ」
楽しく話を続ける中、ふとナコト写本が口を開いた。
「なんだ、ナコト写本?」
「……少し、2人で話したいのだけれど…構わないかしら?」
「ん…九郎?」
少し迷った様子で俺を見つめてくるアルの視線に、頷く。
「ああ、構わないよ。どちらにしろ、そう簡単には抜けられそうもないからな…この空間は。時空震が起こる様子もないし、リルの事は任せて2人で話してきなよ」
「そうか……ならば、少し席を外す。妾が居らぬからと言って、リルに悪戯などするではないぞ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそんな事を口走るアル。
「俺は変態かよ! ったく…自分の娘に手を出す程飢えてないって」
「ふ…冗談だ。ナコト写本、リベル・レギスの方で話すとしようか」
「そうね。マスター、少し行ってまいります」
「ああ、ゆっくりしておいで、エセル」
「はい、マスター」
テリオンの言葉に、ナコト写本はどことなく嬉しそうに微笑むと、アルと連れだって向かいに見えるリベル・レギスへと移っていった。
「アルと2人っきりで話したいなんて彼奴が言い出すなんて、さすがに思わなかったぞ」
「女同士、話したい事もあるのだろう。それに余も貴公と男同士の話がしたかったところだ」
「男同士の話…ね。まあ、それはともかく。今回は助かったよ。まさかお前に助けられるとは思いもしなかったけどな」
「貴公には貸しも借りも山程あるからな。借りは返しておかねば、後味が悪い」
その言葉に俺は思わず苦笑する。
なにしろ、俺にとって一番慣れ親しんだ言葉を、まさかこいつから聞く事になるなんて想像できるかって。
―後味の悪い思いをしたくないから―
いつもその言葉を胸に戦っていた。
どんなに絶望の淵であっても、全てが終わりを告げようとしていても…
それでもその言葉を胸に戦い続けた。
そして……勝利を掴んだんだ。
「しかし…やはり貴公達には驚かされるな。人の身でありながらあれ程の力を得、魔導書でありながら子供を宿し、術者と魔導書という関係でありながら、同時に一人の子供の親となろうとは」
「相手が魔導書ってトコじゃ、お前も同じだろうに」
そう言った俺の言葉に、苦笑するテリオン。
「確かに。余にとって、エセルは掛け替えのない存在だ。貴公にとって、アル・アジフが唯一無二の存在であると同様にな。なにを捨てても得難い存在…貴公等に負けた後、余は初めてエセルの存在がどれ程大きいものであったのか気付いた」
「おいおい、何千、何万、何億もの時間を一緒に超えてきたくせに、それまで考えもしなかったのか?」
「そうだ……余にとって、あの繰り返される時の牢獄で過ごした時間は、全て無為なものであった……大十字九郎、貴公との戦いだけが全てであったのだ……」
いつもテリオンの事を想い続けて、それなのにあんなにも長い時の中で、まともに見て貰えた事すらないとしたら…
思い出す最後の戦いの時。
俺達への憎しみを、その狂気をぶつけてくるテリオンと一緒に、それをも上回る程の憎しみ、怒り、哀しみをぶつけてきたナコト写本。
その思いの理由が、なんとなく解った気がした。
「……全然気付いてやれなかったのかよ…気の毒な奴…」
「エセルには……本当に悪い事をしてしまった……無限の時の牢獄で、彼女がどれ程に辛い思いをしていたのか……最も近くにいながら、全く気付いてやれなかった…」
「そう思うなら、そう言ってやれよ。多分、ナコト写本ってアルと似たような性格してる気がするからな」
「ふむ……?」
「見た目もそうだけど、元々の資質が似通ってる気がするんだ。意地っ張りで強がりで、そのくせ涙もろくて甘えん坊なところがさ」
「意地っ張りで強がり……涙もろくて甘えん坊……か。確かにそうかも知れぬな……」
「あいつら、どんなに辛くても殆ど自分で抱えこんじまう。俺達が見つけてやらなきゃ、その内抱え込んだ物が膨らみすぎて、破裂しちまうぞ」
「……そうかも知れぬな……」
「受け止めてやろうぜ。最愛の女の想いって奴をさ」
言っておいてなんだが、この言葉、妙に照れる。
思わず苦笑いになっち待った俺の顔に、テリオンも苦笑して頷いた。
「それにしても、本当にアル・アジフによく似た娘だ」
「まあ、基本は彼奴の写本だからな」
「余とエセルの間に娘が産まれたならば…やはりエセルによく似た娘になるのだろうか…」
「さぁな……だけど、1つだけ確かな事がある」
「ふむ…? それは?」
首を傾げるテリオンに俺は口元を弛めると、リルをそっと抱き寄せる。
「うみゅぅ……うぁ? えっと……パパ?」
「ん、起きたのか? おはよう、よく寝てたな」
「ふぁぁ……おはよ〜パパ〜」
眠そうに瞼を擦るリルの姿に、微笑みを誘われるな……
「1つだけ確かな事、それは、どんな子供だとしても愛する女との間に産まれた子供は…愛しくて仕方ないって事さ」
そう言って頭を撫でてやると、リルは嬉しそうに俺の胸に抱きついた。
「えへへ〜♪ リルもパパの事大好きだよ〜♪」
甘えてくるリルを俺は優しく抱きしめる。
「なるほど、確かにそのようだな」
そんな俺達の姿を、テリオンは苦笑しながら少し羨ましそうな表情で見つめていた…
そしてその頃、アル達は……
「それにしても、汝が妾と2人きりで話したいと言い出すとは思わなんだぞ」
「……そうね。一度…貴方とゆっくり話がしたかったから…」
「以前の妾達からは考えられぬ事だな」
「フフ……本当ね」
「…一応…礼を言わねばならぬな」
「お礼?」
「先の戦い、汝等の協力を感謝する。妾達だけでは、護りきれなかったであろうからな」
「借りを…返しただけよ」
素っ気なくそう答えたナコト写本だったが、その頬は赤い。
「汝も素直ではないな」
苦笑するアルに、視線を彷徨わせるナコト写本。
だが、やがて1つ大きく溜息をつくと、わずかに口元に笑みを浮かべて呟く。
「お互い様よ……」
「……確かに…な」
そう言って顔を見合わせた2人は、やがてどちらからともなく、プッと吹き出した。
「アル・アジフ」
「なんだ?」
「……聞いても……構わない?」
「何をだ?」
「………その……あの娘…を、産んだ時……」
「うむ?」
「……そ、そんなに……痛かった?」
ナコト写本のその言葉を聞いて、アルはようやく得心した。
「なんだ、なにかと思えばその事か? うむ、かなりの痛みだった。身を裂かれるかと思った程にな」
「そ、そう……なの?」
「あれ程の痛みを味わったのは、初めてだ。ましてやなにが起こっているのか正直判らず、パニック状態の中で痛みに襲われたからな。不安と恐怖と痛みの三重苦に叫ばずにはいられなかった」
「う……」
アルの言葉に、顔色を変えるナコト写本。
「だが……」
「えっ?」
「九郎が傍にいてくれたから……」
そう言って頬を赤らめるアル。
頬にかかった髪を指先で玩びながら、照れくさそうに微笑んだ。
「アル・アジフ……」
「妾一人では、到底産む事などできなかったであろうな。九郎が居てくれたから……妾を抱きしめて励まし続けてくれたから……だからこそ…あれ程の痛みを乗り越え、リルを産む事ができたのだ…」
「……大十字九郎……彼が……居たから……?」
戸惑うようなナコト写本の視線に頷くと、アルはそっと両手でその胸を抱きしめる。
「九郎……」
想いを馳せるようなアルの呟きに思わず目を伏せるナコト写本。
「なにを羨ましそうな顔をしておる、ナコト写本」
「べ、別に羨ましくなど……」
「…汝にも居るではないか。愛する男が」
「――っ」
その瞬間、ナコト写本の顔が真っ赤に染まった。
「想いを重ね、身体を重ね、幾千、幾万、幾億の時を共に生きてきたのであろう? 汝が望めば彼奴もそれに答えようて」
「……マスターが……私と……」
思い出すのは、決戦の後……
2人きり、次元の片隅を流れながら伝えられたテリオンの言葉……
『独りでいるには此処は少し寒い。側にいてくれるか? エセルドレーダ』
「初めて……初めて本当に愛してくれたあの言葉……嬉しかった……」
ポロポロと溢れ出す涙。
それは小さな滴となって辺りを舞う。
「私は……マスターに…愛されたい……もっと……もっと……大十字九郎が貴方を愛するように……私の全てを……求めて欲しい…」
「その想い、テリオンに汝の口から伝えてやれ。彼奴も答えてくれるであろうさ」
涙に濡れた瞳はゆっくりと微笑みに変わり、そして…
「ありがとう……」
「こ、こら、汝……」
突然抱きつかれて、顔を真っ赤に染めるアル。
「私も……頑張ってみるわ……貴方に……負けないように……」
見つめ合う2人。
互いに愛する人を思って浮かべたその微笑みは、まるで双子の姉妹のようだった……
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