斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin


第2話
 あの、謎の少年と出会ってから数日。
 俺達はこの日もまた、姫さんからの依頼を受けて怪異退治に乗り出していた。
 目撃情報は3つ。
 だが、俺が一番気になったのはそのうちの1つだ。
「怪異と一緒に、やたらと冷え切った瞳をした奴が一緒に居たって話だけど、もしかしたら……」
「うむ、先日の彼奴である可能性は高いであろうな」
「早速闇に呑まれたか、それとも、俺を出し抜こうとしているのか……」
「どちらにしても、放っておけば被害は広がる一方であろう。早急に片をつけねばなるまいな」
 そう言うアルに頷いて、俺は先を急ぐ。
 既にデュアル・マギウスになって戦闘態勢は万全。
 万が一にも最悪の状況…この前の少年が闇に呑まれて敵となっていた時に備えての準備だ。

「パパ、あのお兄ちゃん…」
「ん? あいつがどうかしたのか?」
「……怖い人になっちゃうのかな…ホントは…すっごく優しそうなのに……」
 少し寂しそうに目を伏せるリル。
「あいつの事、気になるのか?」
「ふぇ!? う、ううんっ! そんなんじゃ……無いけど……」
 恥ずかしそうに視線を逸らす。
 その赤くなった顔が、何よりもその本音を物語っていた。

「幼くても女の子はやっぱり女の子って訳か……」
 ポツリと呟いた俺の言葉にアルは苦笑して頷く。
「とは言え、未だ好意の域を出てはおらぬな。まあ、流石にそれ以上はまだ早かろうて」
「そりゃそうだ」
 そう言って笑う俺達の様子に、リルはますます恥ずかしそうに俯く。
 こうやって女の子って言うのは成長していくんだな……なんて事を考えていたその時だった。
「―――っ!? 九郎っ!!」
 何かを感じたアルの声にとっさに身をかわす。
 同時に二挺の銃、クトゥグァとイタクァを召還して連射。
 視界に捕らえたのは襲い掛かってくる途中でクトゥグァとイタクァの弾丸に貫かれた無数のキメラモンスター。
 そして……。
「やっぱり……お前か……」
 先日の少年だった。
 どうやったのか弾丸はその目前で全て止められ、傷1つ付いてはいない。
「いきなり撃つなんて随分酷いな、マスター・オブ・ネクロノミコン」
 そう言うと同時に、少年は刀を振るう。
 一瞬、刃が煌めいたかと思った瞬間、更に襲ってきたキメラモンスターがバラバラに切り裂かれて辺りに散らばった。
 どうやら、さっきの奴等はこいつに追い立てられて俺の方に来ただけだったらしいな。
「お前の方こそ、何をやってるんだ?」
「……あの日から今日までに倒した怪異の数は二百と九。死霊秘法、これでもまだそいつの方が俺よりも上だと言うのか?」
 どうやら俺よりも上だと言う事を証明する為に、あれからずっと怪異狩りをしていたらしいな。
 少年のその言葉にアルは大きな溜息をつく。
「何も判っておらぬな、汝は」
「何だと……?」
「本当の強さ……本当の力の意味も考えぬような汝如きが九郎に勝てるとでも思っておるのか? 自惚れるのも大概にするが良いわ」
 言い放つアルの言葉。
 その時だ。

「パパ!!」
 リルの言葉にハッと気がつくと同時に、キメラモンスターの欠片が一斉に浮き上がる。
「ちぃっ!! フングルイ・ムグルウナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカ・ズゥ……」
「邪魔をするな! あいつは俺の獲物だ!!」
 イタクァの力を放とうとする俺の前に、少年が割り込んでくる。
「奥義、鳳仙花!!」
 少年が剣を居合いの要領で抜き放った瞬間、膨大な魔力がまるで花開くかのように広がり、浮き上がったモンスターの欠片を包み込む。魔力に触れた欠片は一瞬で燃え尽きた。

「何かが憑いておるのかとも思うたが……どうやら元々の才らしい。やはり、恐るべき素質ではあるな」
 呟くアル。
「本当の強さがどうとか言っていたけど、やっぱり俺の方がそいつよりもずっと上手く戦えるじゃないか。判っただろ? やっぱり俺の方がそいつよりも上だ」
「ふん、自惚れは身を滅ぼすだけだぞ、小僧。あの程度では、やはり九郎の足元にも及ばぬ。自らの魔力を扱う技術だけは凄まじいものがあるが、それだけだな」
 嘲る様に言った言葉を軽くいなされて、少年は再び激昂する。
「本当の強さだって? そいつが倒すのに苦労するような奴を俺はこんなに簡単に滅ぼせるんだ!! 相手を絶対的な力で捻じ伏せるのが本当の強さじゃないか!! そいつなんて、俺の足元にも及びやしないっ!!」
 やっぱりそうだ。
 こいつ、冷静な時はあの凍りついたような目をするけど、怒りで我を忘れると完璧に子供に戻ってやがる。

「今なら……まだ戻してやれるな」
 俺の呟きにアルは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに理解したのか軽く溜息をつくと苦笑した。
「汝のお人好し振りには、ほとほと感心するぞ」
「まったくだ。俺自身そう思う」
 そう言って顔を見合わせる。
 同時に肩をすくめて吹き出した俺達の様子に、少年は苛立った様子で噛み付いた。
「俺を馬鹿にしてるのか!? くそっ、見てろ!! この街中の怪異をみんな滅ぼして、俺の方が上だって認めさせてやるっ!!」
 叫ぶように言い放ち、少年は刀を地面に突き立てると術を編み始める。
 刀の周囲に展開する魔法陣。
 そして……辺りに立ち込め始める闇の気配……。
 その瞬間、アルが少年の起動しようとしている術の正体に気が付いた。
「止めろ、小僧!! 汝は自分が一体何をしようとしておるのか判っているのか!!」
「アル……?」
「判ってるさ!! この街に隠れてる怪異をみんな引きずり出して、全部狩ってやる!! そうすればお前達だって俺が上だって認めるだろ!!」
「な―――っ!?」
 思わず絶句する俺。
 だが、その直後、奴がやろうとしている事の危険さに気づいて止めにかかった。
「止めろっ!! そんな事をすればどうなるか判ってるのか!!」
「隠れてる怪異が全部出てくるだけだろ!!」
 俺の言葉に軽く言い放つ少年。
 やはり、判っていない。
「馬鹿野郎!! 隠れてる怪異が全部出てくるって事は、この街に異界への扉が完全に開いちまうって事だろうが!! 闇の世界でいくらでも産み出される怪異が、無制限にこの街に溢れ返るって事なんだぞ!!」
「――――っ!? そ、そんな、俺はそんなつもりじゃ……」
 慌てて術を止めようとする少年。だが……。
「と、止まらない!?」
 何度も解呪を試みるものの、尽く失敗。
「拙い!! 既に術が起動してしまっている!! こうなっては術そのものを崩壊させねば扉を閉ざす事は叶わぬぞ!!」
「ヨグ=ソトースの時と同じって訳か!」
 あの時は、ヨグ=ソトースの存在を維持していたリベル・レギスの魔力炉を破壊する事で、なんとかなった。
 ってことは、今回もこの術の核を探り当てて破壊すれば扉は閉じるはず。
 俺が動き出そうとしたその時だった。
「ひっ……う、うわぁああああああああああっ!!」
 突然、少年が悲鳴を上げる。
 見ると、魔法陣から延びてきた闇色の手が少年の足をしっかりと捕らえていた。
 すぐさまクトゥグァでその手を打ち砕く。
 その威力に弾かれて少年の身体は魔法陣の外へと放り出された。

「あ、ああ……お、俺……っ」
 自分のしでかしてしまった事に恐れ、震える少年。
 思った通りだ。こいつ、何処で修行したのかは知らないけど能力を伸ばす事にばかり偏ってて精神的な面が脆すぎる。
 精神力は魔術を扱うのに最も重要なファクターだ。
 闇に呑まれず、闇を制してこそ、真に魔術師足り得るのだから。

「九郎! このままでは拙い!!」
「パパ……」
「ああ、判ってる。一気に術の核をぶっ壊して異界の扉を閉じるぞ!」
 そう言って、魔術を編み上げようとした瞬間だった。
 俺の脳裏を過ぎる奴の言葉。
『お前が凄いのは、最強の魔導書『死霊秘法』を持っているからだ。生身だったら逃げ惑うしか能がないただの人間に過ぎない』
「九郎、何をしている! 早くせねば手遅れになるぞ!!」
「……このまま、アルとリルの力を借りてこの場を制しても、多分こいつは……」
「何を悠長な!! そんな輩の愚考を正す前に今この現状を何とかせねば、どれほどの被害が出るか判らぬのだぞ!!」
 アルの言ってる事は正論だ。理解も出来る。
 だけど、このまま俺がこいつを見捨ててデュアル・マギウスの力でこの場を収めたら……やっぱりこいつはずっと力だけが全てだって思うんだろうな……。
 無知で思慮に欠けてそのくせプライドだけは異常に高い少年の姿が、かつての…ミスカトニックで主席と持て囃されていた頃の俺自身の姿と重なって見える。
 あの時、俺は自分がどれだけちっぽけな存在なのか思い知らされた。
 魔術の深遠のほんの一端に触れただけで、気が狂いそうな程の恐怖を感じたあの日。
 俺を救ってくれたのは、アルだった。

 今の俺がこうしていられるのもアルが側にいたから……。
 アルが、俺に魔術の深遠を教えてくれたから……。
 そして、関ってきた全ての人が、人として最も大切な事が何なのかを教えてくれたから……。

 それなら、今度は俺がこいつの…かつての俺にそっくりな少年の道標になろう。
「アル、リル、デュアル・マギウス・スタイル解除だ」
「な、何を言っておる!? 今はそんな時では……」
「頼む、俺がやらなきゃ駄目なんだ」
「九郎……?」
 不思議そうな視線で俺を見つめていたアルだったが、やがて……。
「……何を考えておるのかは判らぬが、決心は変わらぬようだ。リル、デュアル・マギウス・スタイルを解くぞ」
「う、うん」
 戸惑いながらも、二人はデュアル・マギウス・スタイルを解く。
 不安げな表情で見つめる2人に微笑みかけると、俺は少し離れた所に座り込んでいる少年に歩み寄った。
「お互い、まだ名前も知らなかったよな。俺は大十字九郎、私立探偵だ。お前は?」
「龍崎隼人……」
「隼人…か。いい名前だな。中学生か?」
「う、うん……」
「……んじゃあ……隼人。お前がどんな経緯でその力を得たのかは知らないけど、お前はその使い方を間違った。そして今、こうなってる。魔術を甘く見た結果がこれだ」
「―――っ」
「どうする?」
「ど、どうするって……俺には……もう、どうする事も……」
 そう言って目を逸らす少年――隼人。
 その表情は完全に子供のものだ。
 怯え、震え、泣きそうになりながら、一歩手前で必死に堪えている。
「……甘ったれるな!!」
「ひっ!?」
「お前の短絡的な考えが、今のこの状況を生んだんだ」
 俺の指差す先。
 そこには今にも口を開けようとする異界への扉が。
 ゆっくりと溢れてくるその瘴気が俺達の所まで流れてきている。
「どうする? このまま放っておいて、この街の皆が怪異にやられるのを見てるか?」
「そ、そんな……事……」
「お前には力があるんだろう? まだ、その刀を折られたわけでもない。力を失ったわけでもない。なら、なんでお前はそうやってただ震えてるんだ? 戦えるんだろう? 俺なんかよりもずっと強いんじゃなかったのか?」
「お、俺は……っ!」
「お前、この前俺に言ったよな? 俺が強いのはアルの力を借りてるからだって。アルの力が無かったら、俺がお前に勝てるはずが無いって、そう言ったよな?」
「だ、だって、勝てるはずが無いじゃないか!! 俺は先祖代々に伝わる剣術の免許皆伝を受けてるし、魔術だって、この呪法具の刀を介していれば、どんな魔術書からだって目一杯力を引き出せる!! そんな俺がただの魔術師のあんたに負けるはずがないっ!!」
 そう言い放った隼人の頬に、激しい音が鳴る。
「な、何するんだっ!!」
 叩かれて赤くなった頬を押さえ、隼人は俺に食って掛かった。
「まだ判らないのか? どんなに免許皆伝の剣術の腕前があったって、どんな便利な呪法具があったって、お前自身の心が負けてたら、どんな奴にも勝てないって事が!!」
「―――っ!?」
「確かにお前には才能がある。俺なんかよりもずっとな。だけど今のお前じゃ、何十年経っても俺には勝てねぇよ。魔術の力、剣の力以前に、心が完璧に負けてんだからな!!」
 俺の言葉に、呆然と見つめる隼人。
 その唇が震え、握り締めていた刀が地に落ちて転がった。

「……隼人、今から絶対に俺から目を離すな」
「えっ……?」
「いいな?」
「う、うん……」
 まるで幼子のような表情で頷く隼人に背を向けて、俺は扉に向かって足を進める。
「九郎!?」
「パパ、駄目!!」
 慌てて止めようとするアルとリルだったが、俺は二人を制するとゆっくりと魔術を編み上げていく。
 以前の俺なら全身から血を吹き出していそうなほどに膨大な魔力。
 だが、今の俺はアルの力も借りずにそれだけの魔力を制していた。
「九郎……汝……」
「パパ…すごい……」
 アルとリルには判ったんだろう。俺がどれほどに巨大な魔力を一人で完全に制しているか。
 そして……。
「う、嘘だ……なんで魔導書も無しにあんなにも巨大な魔力を……」
 隼人にも判った様だ。
 俺が扱っている魔力の総量。それは、人一人が持ちえるレベルを遥かに超越している事が。

「あんなに凄い力があるなら……なんで俺の事を……」
 呆然と呟く隼人。答えを求めての言葉ではなかったが、それに返す声が。
「力を振るうべき相手ではないからだ」
 扉に向かう俺の姿を敬意に満ちた眼差しで見つめながら答えるアル。
「相手にされてなかった……って事なのか?」
「いや…違う。力とは、振るうべき相手を間違えれば単なる暴力となる。だが、正しく用いればそれは己の大切なもの。守りたいものを守るための力となるのだ。九郎は…決してその振るうべき相手を間違えぬ。誰よりも優しく、誰よりも心強き者だからな」
「心強き……者……」
 呟くように言って俺を見つめる隼人。
 その視線を感じながら、俺は編み上げた魔術を展開する。
 隼人にはどうやっても解く事の出来なかった術が、俺の魔術を受けてまるで糸が解けていくように崩れ……やがて、完全に消え去ると同時に異界への扉もその姿を消した。

「……九郎…」
「ふぅ、なんとかなったな。アル、リル、大丈夫か?」
「それは妾達の台詞だ。あまり無茶をするでない、心配するではないか」
「心配したんだよ、パパ……」
「へへ……悪ィ」
 そう言って二人の身体を強く抱きしめる。
「まったく……汝は本当に妾の想像を遥かに超えて大きく成長しているな……」
「惚れ直したか?」
「うつけ…惚れ直すなどということがあるものか」
「え?」
「これ以上に無い程に汝を愛しておるのだ……更に惚れ直せる程の余裕などある訳がなかろう?」
 悪戯っぽく微笑んでそう言うアルの頬が赤い。
 そんな表情に思わず胸が高鳴る。
 見詰め合う俺達に、遠慮がちに声がかかった。

「あ、あの……」
「ん? ああ、悪ィ」
「…え、ええと……」
「まだ、頭ん中混乱してるだろ?」
「……はい」
「今までこうだって思い込んでた事を真っ向から否定されたんだ。逃れようも無い証拠付でな。混乱するなってのが無理な話だから気にする事無いさ。むしろ、とことん悩め」
「えっ……」
 俺の言葉に戸惑った様子を見せる隼人。
「悩んで、悩んで、とことん悩みぬいて、そして出した答えがお前の本当の気持ちなんだ。お前にとっての答えが出たなら、また俺に会いに来い。その時、お前の答えを聞かせてもらうよ」
「……じゃあ、俺…」
「ああ、またな」
 そう言った俺に背を向けて、隼人はその場を駆け出していった。

「一段落……だな」
「彼奴がどのような答えを導き出してくるかはわからぬが……汝のあの姿を見て、彼奴なりに考える所があったのであろう。なかなか良い顔をしておった」
「隼人お兄ちゃん、すっごく優しい顔してた…」
「ふふ、汝の好きな彼奴になってくれると良いな」
 アルの言葉に赤くなってもじもじしているリル。
 そんな様子も可愛らしい。

「さあ、帰るとしようか。クトゥグァ達もそろそろ帰ってきてるだろうしな。アルの手作り料理で家族団らんと洒落込もう」
「ああ!」
「うんっ♪」
 楽しげに答える2人と共に帰路に付く。
 辺りを染める夕焼けが、とても美しく街を彩っていた……。


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