斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin


第3話
 あれから2週間……。
 未だに隼人が来る様子は無い。
 まだ迷い続けているのか、それとも、また歪んだ方向へ進もうとしているのか……。
 こんなにもあいつの事が気にかかるのは、やはり、昔の俺に似ている所為だろうか。
 もし、間違った道へ進もうとしているなら……何とかして止めてやりたい。
 今ならまだ間に合うはずだから。

「九郎」
 窓辺で物思いに耽っていた俺にアルの声がかかる。
「ん?」
「また、彼奴の事を考えておるのか?」
「まぁな……」
 そう答える俺に、アルは小さく溜息をついた。
「やれやれ、汝のお人好しもここまでくると病的だな。何もそこまで気にする事もあるまいに」
「……わかっては、いるんだけどさ……あいつ、どっか昔の俺に似てるんだよ」
「昔の……九郎に?」
 怪訝そうな表情を浮かべるアルに苦笑すると頷く。

「ああ。ミスカトニックで優等生扱いされて天狗になってた馬鹿な頃の俺に、あいつは似てるんだ……」
 俺の言葉にアルはじっと俺を見つめてくる。
「な、なんだよ?」
「……ふむ、かつての……あの、妾にすら怯えておったあの頃の汝に…か。そう言われてみれば、確かに似ておったかもしれぬ。自信と過信の区別も付かず、己が境遇に溺れておった頃の汝にならば。だが……」
 そう言うと、アルはそっと俺の背中に手を回して抱きついてきた。
「お、おい?」
「今の汝は……あの頃とはまったく違う。誰よりも優しく、誰よりも勇敢で、そして誰よりも……妾を愛してくれる……幾千、幾億の時を越えようとも、汝以上の男など存在し得ぬわ……」
 まるで吸い込まれそうな程に澄んだ美しい瞳が俺の姿を映す。
「アル……」
 惹きつけられる様にアルの身体を抱きしめて……。
「九郎……ん……っ……」
 呟くアルの囁きを封じ込めるように重ねる唇。
 背中に回されたアルの腕に力が籠もり、強くしがみ付いてくる。
 俺も強く抱き寄せ、交じり合う吐息を感じながら幾度も唇を重ねた。

 やがて、ゆっくりと離れた唇の間に一筋の光が、つぅと伝った瞬間…激しい音と共に開かれる事務所のドア。
「失礼します、九郎さ――……な、な、な、何をやっているのですか、こんな真昼間からっ!!」
 突然開いたドアから飛び込んできた姫さんは、俺達の姿を見て一瞬で真っ赤になると怒鳴り散らした。
「姫さん!?」「小娘!?」
 完全に2人きりの世界に入ってしまっていた俺達は、思わぬ来客に一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、しばらくして状況を認識すると、少し赤くなって身を離した。
「そ、そんなに慌てて、どうしたんだよ、姫さん?」
「急ぐにしても、せめてノックくらいはせぬか、うつけが……」
 思わぬ所を見られて、恥ずかしさをごまかすように言った俺達の様子に姫さんまで感化されたのか、耳まで真っ赤になって口籠もっている……いや、それだけか?
「……なにも…私の前で見せつけなくても良いではありませんか……」
 少し瞳が潤んでる気が……。
 って、本気で泣きかけてるし!?
 慌てて声をかけようとしたその時だった。
「落ち着いてください、お嬢様」
「し、執事さん……」
「ウィンフィールド…」
 姫さんの背後から姿を見せる執事さんに、思わず胸を撫で下ろす。
 あのまま姫さんに泣かれでもしたら、後味悪い事この上ない。

「大十字様とアル・アジフ様はご夫婦であられる以上、あのような営みに励まれるのも仕方のない事。こうも唐突に割り入ってしまった我々に落ち度があった事は否めません」
「わ、判っていますわ、そんな事……でも…」
「お嬢様…」
「……そう…ですわね…今はそんな事を気にしていられる時では……」
「はい」
 執事さんに言われてようやく少し落ち着いたのか、姫さんは一度大きく深呼吸するといつもの凛と済ました表情に戻った。
「すみません、九郎さん……取り乱してしまって……」
「あ、いや、こっちこそ…」
「妾と九郎の時間を邪魔するからだ……」
「アル――」
「ふんっ」
 俺と2人っきりでいられる時間を邪魔されて、アルは少々機嫌を損ねているようだ。
 


「申し訳ありません、大十字様、アル・アジフ様。なにぶん火急の用事でしたので」
 更に続くようにクトゥグァ達と出かけていたリルが帰ってくる。
「ただいま〜あ、パパ、瑠璃お姉ちゃんが……」
「ああ、もう来てる」
 そう言って俺が指差すと、リルは目を丸くして驚いた。
「わわ……瑠璃お姉ちゃん、早〜い……」
 どうやらリルは途中で姫さんと会っていたようだな。

「それで、火急の用事とは?」
「……その前に、九郎さんは、最近の状態をどう思われますか?」
「最近のって……ここんとこ続いてる怪異の事か?」
「はい……」
「ちょっと異常だな。いくらアーカムシティーが魔術と錬金術で高度に発展しているとは言っても、ここまで大量に怪異が発生するなんておかしすぎる」
 俺の言葉にアルも頷く。
「妾も気になっておった。確かにこの街には魔術などの闇に関る文化が発達しておる。だが、それでも自然発生するにはあまりに多すぎるからな。何者かが故意に生み出しておるとしか思えぬ。以前はあの小僧がやっておるのかとも思うたが……」
「あいつじゃねぇよ。少なくとも今のあいつはそんなことするやつじゃない……はずだ」
「判っておる。それに怪異の跡に残された魔力の残滓は彼奴のものではなかった。いくつかの怪異に関ったらしき気配はあったが、事件の根本には関っておるまいて」
「その通りです、アル・アジフ様」
「ふむ、その口ぶりからすると、何か掴んでおるな?」
 アルの言葉に頷く執事さん。
「はい。先日、魔術を使う犯罪者の一団を私設軍が捕らえたのですが、その中に人に有らざる者が数名」
「怪異と行動を共にしておったわけか。つまりはその者どもが昨今の怪異を呼び起こした張本人と言うわけだな」
「その通りです。ですが、彼等はその組織の一端でしかなく、全体像は未だ…」
 執事さんの答えにアルは「ふむ…」と考え込んだが、その時俺は1つの疑問に辿り着いた。

「って、ちょっと待て! いくら最下級とは言え、魔術師相手を一般人が!?」
「――っ!? そう言えば!!」
 アルも今気づいたのか、驚きの視線を向けている。
「協力者がいたんですわ、九郎さんもよくご存知の」
「協力者……?」
「真逆!?」
「龍崎…隼人…といいましたか。彼が苦戦する私設軍に協力してくださったお陰で、人外の者達を含めた20数名を捕らえる事が出来ました」
「ほぅ……彼奴がそんな事を……」
「あいつ……」
「あのお兄ちゃん…頑張ってるんだ……」

 驚く俺達の様子に首を傾げていた姫さんだったが……。
「どうでしょう、九郎さん。その一団の調査と壊滅をお願いできませんか?」
「確かに、元を断てば怪異の発生も最小限に食い止められようて。やるか、九郎?」
「そう…だな。わかった、姫さん。この依頼受けるよ」
 俺の言葉に姫さんはホッとした様子で微笑む。
「この事件を解決して頂いた暁には、いつもよりも多めに報酬を用意しておきますわ。頑張ってくださいね、九郎さん」
「ん、了解。楽しみにさせてもらうよ」
「はい、では、私はこれで」
「大十字様、アル・アジフ様、リル・アジフ様、失礼致します」
 そう言って事務所を出て行こうとする姫さん達だったが……。

「あ、そうそう……1つ言い忘れていましたわ」
「え?」
「逮捕の協力をして頂いた際に、彼が気になる事を言っていたようなのです」
「気になる事?」
「何か迷っていた様子で、『これで良いのか……? いや、まだこれじゃ足りない。何が、何が俺には足りないんだ? どうすれば、あの人の背中に追いつける?』と、幾度も呟いていたそうです」

「九郎の背を追うておるのか……悪い事ではないが、一歩道を踏み誤れば、危ういな……」
 アルの言う通りだ。
 俺に追いつこうとするって事は、すなわち闇の世界へ踏み込もうとする事。
 正しい心と強い精神力を持ち合わせて、自分の道を見失わなければ良いが、一歩間違えれば闇に呑まれる。
 それに、あいつは一度異界の扉を開きかけているから、闇の世界への縁が強い。
 本人にその気が無くても、向こう側から引きずり込まれる可能性だってある筈……。
「怪異への関与が増えれば増えるほど、彼奴の闇への縁は深まる一方であろうて。どうやら早急に手を打たねばならぬようだな、九郎」
「ああ」
 そうは言っても、隼人が今後何処に現れるか判らない以上、手の打ちようが……待てよ?

「アル、あいつが怪異を追い続けてるって事は、その元となる場所に辿り着く可能性も高いよな?」
「……なるほど。そうか! つまり、この事件の黒幕の元に我等が辿り着く事が出来れば、彼奴にも辿り着くと言う事だな!?」
「そう言う事だ! 姫さん、その怪異を呼び出してる連中の情報が入ったら、出来るだけ詳しく教えてくれ。俺達の方でも独自に調べてみる」
「判りました。では」

 事務所を出て行く姫さん達を見送った後、俺達は机の上にアーカムシティーの地図を広げて、ダウジングを始めた。
 最近は、魔力も魔術制御能力も上がったお陰か、こうしてある程度の場所の目星を付ける事が出来るようになっている。その様子をリルがわくわくした様子で見つめていた。

「……ふむ、どうやら魔力の異常が起こっておるのは0番区、北7番区、西19番区の3ヶ所のようだな」
 そう言いながら地図にマークを付けていくアル。
「0番区……またあの場所か……」
 魔術の暴走事故が起こり、閉鎖区画となっている場所。
 以前、俺達は姫さんの依頼でその場所を訪れ、そして……そこで姫さんの両親の遺体を見つけることになった。
「我等が行った事によって小娘の両親をゆっくりと眠らせてやる事ができたのは良かったが、彼奴にとってあまり触れられたくは無い場所であろうて……もし、その犯罪者どもがそこを巣窟として居るならば、絶対に許す訳には行かぬぞ、九郎」
「ああ。じゃあ、まずは0番区から調べよう。北7番区の調査にはクトゥグァとイタクァに行ってもらって、姫さん達には西19番区の情報を集めてもらっておこうか」
「そうだな。リル、クトゥグァ達を呼んできてくれ」
「は〜い」
 アルに言われて事務所を駆け出して行ったリルは、俺が姫さんに西19番区の調査依頼をしている間に、クトゥグァ達を連れて戻ってきた。
「連れてきたよ〜♪」
「休んでいる所を済まぬな2人とも」
「何か事件なのか、母上?」
「うむ。最近の怪異大量発生を仕組んでおった奴等の巣窟を捜さねばならぬ事になってな。妾達と汝等で手分けして当たろうと思うたのだ」
 そう言うとアルは地図の側へ二人を招く。
「今、九郎が魔術探査を行って魔力異常を感知した場所が此処と此処、それに此処だ」
「0番区と北7番区、そっちは西の19番区のようだな」
 イタクァの言葉に頷くアル。
「0番区は一度関った場所だから、俺達が調べる。2人は北7番区を調べてくれ」
「そうか……わかった。ならば…リル」
「うゆ? な〜に、クトゥグァお姉ちゃん」
 歩み寄るリルの頭にそっと手を置くクトゥグァ。
「ふぇ……? あっ…」
 何かを感じたのか、リルが突然蹲る。
 そして……。

 ぽぽんっと景気の良い音と共に、リルの頭に耳が。そしてスカートの中には尻尾が姿を見せる。
「わぁ……っ♪」
 嬉しそうにくるくる回りながら尻尾を追いかけるリル。
 なんとも微笑ましい光景だが、のんびりしてる訳にもいかない。

「妾の力、汝に少し貸しておく。上手く使うのだぞ」
「うんっ! クトゥグァお姉ちゃん、ありがとうっ♪」
 満面の笑みで微笑むリルの頭を優しく撫でたクトゥグァは、イタクァを伴って事務所を出て行った。
「妾達も向かうとするぞ、九郎」
「応よっ!」
「うんっ!」
 アルの言葉に頷いて、俺達も事務所を出る。
 目指すはアーカムシティにおける唯一の絶対封鎖区画…0番区。
 かつて覇道財閥の魔導研究所があった場所で、姫さんの両親が命を失った場所。

 アル達と一緒に0番区へ急ぎながら、俺はあの日の事を思い出していた……。
 数ヶ月前、俺達は姫さんの依頼を受けてあの場所に行った……。
 そこには取り残されていた研究員達が魔術暴走の影響を受けて怪異と化し、目にする光景はまるで化け物の住処。
 怪異と化した研究員の中には、姫さんが姉と慕ったエレニアさんって人もいて、あの時の姫さんの悲しそうな顔は、今でも忘れられない。
 俺達は暴走した魔導機器の側で亡くなった姫さんの両親を見つけ、その遺体を回収する事ができたけど……。
 あの翌日、両親を墓に葬った後……。
 参列者達が帰り、俺達だけになったあの場所で、姫さんはずっと堪えていた涙を声を上げて溢れさせた。
 俺達も…執事さんやメイド達、それにライカさんやガキんちょ達も……ただ、じっと泣き続ける姫さんの側で立ち尽くすことしかできなかった……。

「姫さんと、姫さんの親父さん達の思いが目一杯詰まったあの場所を、絶対に穢させてたまるか!」
 俺の言葉に頷くアル。
 その瞳にはまぎれも無く浮かぶ決意。
「九郎、マギウスで行くぞ!!」
「応よっ!!」
 答えると同時にアルの手を取る。
 その瞬間、俺の中に溢れる膨大な魔力の奔流。
 全身が軽くなるような感じを受けながら、俺を構成するものが変質する。
 黒のボディースーツを身に纏い、数多の魔術を行使する魔術師―マギウス―へと。

「パパ、行くよっ!!」
「応ッ、来い、リル!!」

 言葉と共に俺に抱きつく。
 そしてそれと共に俺の身体を焔のような熱い魔力の流れが駆け巡る。
 リルの魔力とそれを高めるクトゥグァの魔力。
 2つが混ざり合い、溶け合いながら俺の中でより大きな力となった。
 その流れは赤いラインとなって全身に現れ、その中を高密度な魔術文字が高速に走る。

「2人とも、しっかり捕まってろよ! マギウス・ウィング!!」

 両肩にいる2人に声をかけて展開する2対の黒翼。
 それを大きく羽ばたかせ俺達は空へと舞い上がる。
 
 正しき怒りと憎悪を胸に、アーカムシティーの空を漆黒の翼が翔けぬけた……。



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