斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大混乱』
by Sin


第3話

 勝負の日……
 
 俺は、少し憂鬱な気持ちで放課後の校庭に来ていた。
「大十字! 貴様、魔導書はどうした!!」
「持ってるから心配すんな。それより……」
「ん? ……ククク……そうか、貴様は知っていたな、この私に最も相応しい魔導書のことを!」
 そう言って馬鹿みたいに笑う教授が抱えている魔導書……
 それは……
 アルの写本ラテン語版、『ネクロノミコン新釈』だった。
 
「勝負の為だからって、魔導図書館からそれを盗み出すなんて随分と無茶をしたもんだな。懲戒免職どころか、窃盗罪で逮捕されるぞ、あんた」
「この最高位の魔導書は天才の私にこそ相応しい! 私の為にある物を私の物にするのは至極当然の事だ! 私の物を私が取り戻したところで罪になどなろう筈がない!」
「無茶苦茶な論理だな……」
「まったくだ」
 顔を見合わせて溜息をつく俺達。
 
 思い出すのは昨日の事……

 教授との勝負を翌日に控えているとは言え、特別にする事もなく俺達はのんびりと過ごしていた。
 
「明日の放課後か……」
「彼奴は自意識過剰なだけで、多少魔術を扱えるだけの普通の人間だ。汝が本気を出したらすぐに死んでしまうであろうな」
「圧倒的な力の差を見せつけたら、逃げてくれるっていう奴なら助かるんだけど……」
「まあ、無理であろうな。彼奴は自分が負けたなどとは露程にも思わぬだろうて。死なぬギリギリまで追い込むくらいしか術は無かろう」
「それしかないか……」

 そう言って溜息をついた時だった。

「む……? 電話か? こんな時に仕事の依頼が入るのは芳しくないのだがな……」
「まあ、商売柄こう言うのは毎度のことさ。はい、大十字九郎探偵事務所です」
『大十字か?』
「アーミティッジの爺さん? どうしたんだよ、なんかヤバい事でもあったのか?」
『…図書館から…魔導書が盗まれた』
「な―――っ!?」
「どうした、九郎?」
「魔導図書館から魔導書が盗まれたらしいぞ」
「なんだと!?」

 驚く俺の様子に近づいてきたアルにも聞こえるように、スピーカーホンに切り替える。
 覇道財閥に雇われてからというもの、こんな電話1つとっても随分とリッチになったもんだ。
 前は、ダイヤル式だったもんなぁ……
 まあ、今はそれはともかくとして…
「アーミティッジ! 盗まれた魔導書というのは…真逆妾の……」
『アル・アジフ殿か。いかにも、盗まれたのは『ネクロノミコン新釈』じゃ』
「―――っ!? 仮にも汝というものが居ながら、なにをしておったのだ、アーミティッジ!」
『面目次第もございませぬ』
「爺さん、犯人の目星はついてんのか?」
『……呪法結界を素通りできて、儂に気付かれずに魔導図書館へ出入りできるものは限られておる。おそらくは……レイリー教授じゃろうな』
「彼奴か……真逆とは思うが、あの時妾に圧倒的なまでにやられたのは、魔導書の差だとでも思っているのか?」
「そういうことなんだろうな…多分。教授のあの性格考えたら、それが一番妥当だ」
「くぅぅっ、あんな絞りかす如きに魂の宿ることのない物とは言え、妾の写本を使われるとは……九郎、もはや容赦は要らぬ! 完膚無きまでに叩きのめし、後腐れ無いように塵1つ残さず消し飛ばしてしまえ!!」
「流石にそうも行かないだろうけどな……」
『じゃが、1つ心配なことがある』
「あの教授が、アルの写本を使いこなせるかどうか……だな」
「……うむ、彼奴如きに写本とは言え、死霊秘法の主となりうるだけの力があるとは到底思えぬ。下手をすれば外道の知識に呑まれ、人としての存在すら崩壊するやも知れぬ。そうなれば九郎の学友達にも被害が出ることも考えられるからな」

 俺達の間に走る沈黙。
 写本とは言え、他にある数多の魔導書の写本とは訳が違う。
 仮にも最強にして最高位の魔導書、『死霊秘法』の写本だ。
 もし、そんな物を制御できずに取り込まれたら……
 
「彼奴が人としての存在を捨て、異形の物に成り果てたならば……汝が断たねばならぬぞ、九郎。この平和な時にあっても、我等は…」
「ああ、俺達は…魔を断つ剣だからな」
『すまぬな、大十字。苦労をかける』
「此奴の運命だ。とっくに諦めておるさ」
「勝手に決めるな。って、まあ俺がやるしかないんだろうけどな……」
「言うまでも無かろうに」
「しょうがねェだろ! だいたい、放っておいて大学のみんなが怪我したりしたら……後味悪すぎる」
「もはやその言葉、汝の代名詞だな」
 そう言って笑うアルに憮然としながらも、俺は一度大きく溜息をついて苦笑した。
 

 そして今、教授はその『ネクロノミコン新釈』を手に高笑いしている。
 
「私こそが最強の魔導書『死霊秘法』の主! 言わば、マスター・オブ・ネクロノミコンなのだ!!」

 集まってる学生達の前で高らかと宣言する教授。
 だけど……
 
「まったくもって不愉快だ。あんな絞りかす如きが我が主を名乗るだと? 九郎、やはり手加減は無用だ。此奴に身の程というものを徹底的に教えてやれ!!」
「……俺も流石にムカついた。俺の事をどう言われても良いけど、あんなちっぽけな魔力で最強の魔導書、『アル・アジフ』を制御できるなんて考えてやがるのが、最高にムカついたぞ。まるでアルの事を馬鹿にされてるみたいでな!」
 俺の言葉に微かに口元を弛めるアル。
 
「では、始めるとするか。大十字、レイリー教授、準備はよいかな?」
「ちょっと待って下さい、アーミティッジ先生。大十字は魔導書を持っていない上に、一昨日の小娘まで一緒にいますが……」
「……まだ分かっておらぬようじゃな。彼女こそ、大十字の魔導書じゃ」
「はぁ?」

 アーミティッジの爺さんの言葉に戸惑う教授。
 そこに追い打ちを掛けるように、アルが言葉を放った。
 
「おい、似非マスター」
「なっ――!?」
「汝如きがマスター・オブ・ネクロノミコンだと? 巫山戯るな! だいたい、写本すらも満足に扱えん程度の魔力しか持ち合わせておらぬ汝が、この最強の魔導書、『死霊秘法』の主たり得る訳が無かろう!!」
「貴様……この天才たる私意外に『死霊秘法』の主として相応しい者など居る訳がないだろう! それすらも分からん小娘がしゃしゃり出るな!」
「ほぅ…妾を小娘というか、無能者よ。もはや容赦は要らぬな……ならば見せてやろう! 真なる妾の主、大十字九郎の力を。そして、この最強にして最高位の魔導書、『アル・アジフ』の力を!!」

 未だに訳が解っていない様子の教授に呆れながら、アルは俺と視線を交わす。
「汝ならば妾の力など無くともあの程度の相手に問題は無かろうが……すまぬ、ずっと皆に隠してきたものを……」
「構わないさ。お前を馬鹿にされっぱなしでいる方が、よっぽど我慢できないしな」
 そう言うと、アルは嬉しそうに微笑んで……
「ふふっ……流石は我が主…ならば行くぞ、九郎っ!!」
「応ッ!」
 周囲で学友達が見つめる中、俺達の唇が重なり眩い光を放つ。
 その光が治まった時…
 
 周囲から一斉に上がるざわめき。
 それは……完全に姿の変わった俺に向けられる驚きの声だ。
 
「だ、大十字……貴様……その姿は……」
 後退る教授に俺は口元を弛めて言い放つ。
 
「レイリー教授。テメェはその写本を手にした事で自分こそ最強だと思っていたみたいだがな……一番大事な事を忘れてるんだよ!」
「なっ……!?」
「アルの名前を聞いた時に気付くべきだったな。俺の最愛のパートナーであり、最強の魔導書でもある『アル・アジフ』……こいつこそが、テメェが持ってる写本、魔導書『死霊秘法』のオリジナルだって事にな!!」

 俺の言葉に顔面蒼白になる教授。
 手の中にある写本と俺の姿を見比べながらジリジリと後退っている。
 
「ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿なぁぁぁっ!! 何故貴様が……貴様如きが……」
「このいかんともしがたい魔力の差、これでもまだ汝は負けを認められぬか?」
 そう言って俺の肩に乗っかるちびアル。
 その姿に周囲の女子学生から『可愛い〜〜っ!』と声が上がるのに苦笑しながら、俺とアルは同時に言い放った。
 
「負けを認めろ!」
「否! 断じて否! 有り得るはずがない……この天才の私以上の者が存在するなど……マスター・オブ・ネクロノミコンは私一人だけで良い……寄こせ……その最高位の魔導書は私にこそ相応しいのだ! 返せ……私の魔導書を返せぇぇっ!!」

 狂乱……
 自分だけが常に正しいと思い込み、自分の力に酔い続けた者の末路がこれか。
 力に呑まれちまったんだな……
 
 大きな力を手にしている以上、俺だって力の意味を忘れたらこうなるって事だ……
 他人事ではないその様子に、俺は大きく溜息をつくと次々と放たれてくる魔術を全て解呪(ディスペル)する。
 防御するでもなく、かわすでもなく……
 解かれた術式が光となって俺の傍を煌めいて飛び散っていく。
 
 数えるのも嫌になるほど多くの魔術を解呪した頃、ようやく嵐のように放たれていた魔術の奔流が止まった。
 
「ようやく諦めたか……テメェの負けだ、レイリー教授」
「………む? 九郎! 拙いぞ!!」
「なっ!?」

 アルの言葉に戸惑って振り返った瞬間だった。

 唐突に吹き出す黒い魔力。
 それと共に教授の身体が醜く変化し始める。
 
「ぐ……げは……ぎゃは……ぎゃはは………ぎゃははははは……Gugyoooaaaaaaaaaaaaaaaaaaaouuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!」

 服を引き裂いて盛り上がる筋肉、口から飛び出す乱杭歯。
 そして背中からはコウモリのような翼……
 髪はヘドロのような色に染まりながら伸び、肌は緑掛かった色へ。
 目は赤く輝き、数分後に変化の治まったそれは、もはやそれは人ではなかった。

 悲鳴が上がった。
 1つや2つじゃない。
 あまりに常軌を逸したこの光景に、俺達以外の誰もが言葉を失っている。

 それも仕方ないだろう。
 いくら院秘学科に属していても、こんな情景を見る事なんて殆どの奴等には一生無いだろうしな。
 
 女子学生達が失神したり腰を抜かしているのが見える。
 いや、男子の中にもかなり居るみたいだ。
 
「あのうつけが! やはり堕ちたか!!」
「ったく……アーミティッジの爺さんはみんなを避難させてくれ!! ここから先は人外の世界! 普通の人間がどうこうできる世界じゃなくなるからな!!」
 そう言い放ちながら、魔力を集中。
 
「バルザイの偃月刀!」
 召還と同時に投擲し、学生達に襲いかかろうとしていた教授の翼を切り裂く。
 
「Gyooooooooooooooooooooooooooaaaaaaaaaaaaaa!!」
 だが、翼を失ったものの、それでも再び学生達に襲いかかろうとする教授。
「拙い、九郎!!」
「ちぃっ!! ロイガー! ツァール!!」
 組み合わせて更に投擲。
 だが、それでも教授の足は止まらない。
 弱い者を虐げようとする元々の性格そのままに、特に魔力の低い学生を狙っているようだ。
 
「とことん腐ったヤローだなっ!!」

 此程に人が密集していては、クトゥグァは使えない。
「イタクァ!!」

 召還して一斉射撃。
 だが、今の教授はそれすらもかわし続けて……
 いや、命中し貫通しているにもかかわらず、痛みを感じないのかそのまま走り続ける。
 
「九郎! 物理的に動けんようにせんと、彼奴は止まらぬぞ!!」
 慌てたアルの声にやむを得ず教授の足を撃ち飛ばそうとしたその時、教授の行く先に数人の学生の姿が……
 
「やばいっ! そこの奴等、早く逃げ……」
「ロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ボ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 突然、もの凄くよく知った声が聞こえてきたかと思うと、教授の身体が大きく跳ね飛ばされて、俺の背後にベチャリと落ちた。
 
「な、汝は!?」
「エルザ!?」
「あ、ダーリン、久しぶりロボ!」
 どうやらあれで教授を吹っ飛ばしたらしいトンファーを振り上げた格好のままでエルザはにっこりと微笑む。
「なんでお前がここに!?」
「ドクターの助手をやってるロボ」
「助手?」
 俺達が首を傾げたその時だった。
 聞き慣れた耳障りなギター音が辺りに響き渡る。
 
「その、通りであるっ!! エルザはこの、大・天・才、たる吾輩の最高傑作にして最高に優秀な助手なのであ〜る!」
「テメェはドクターウェスト!? なんでテメェまでここにいる!?」
「吾輩が仕事場にいてなにが悪い?」
「なんだと?」

 再び俺とアルの声が重なる。
 今、もの凄く違和感ありまくりな言葉を聞いた気がするんだが……
 
「仕事場……?」
「そうロボ。博士はここの工学科で臨時講師をしているロボよ」
「臨時講師〜〜〜っ!?」
 信じられない言葉に、俺達の声が更に重なった。
 いつの間に、こんな○○○○を雇うようになったんだ、ミスカトニックは……
 
「うむ、週3回の契約である」
「お陰で博士は飢えずに済んでるロボ」
「うむ……って、エルザ?」
「博士みたいな人間失格者を雇ってくれる所なんて他にないロボ。飢え死にしたくなければ、真面目に働くロボ」
「う、うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉっ!! 愛する我が愛しのエルザにまで罵倒され尽くすとは、なんたる、なんっっっったる喜劇っっ!?」
「喜劇かよっ!」
 思わず突っ込んだその時だ。
 
「九郎! 彼奴が!!」
「なっ……」
 アルの声に見ると教授がゆっくりと起きあがり、再び学生達に襲いかかろうとしていた。
「あんだけぶっ飛ばされてもまだ動けるのか!?」
「魔術師としての資質は全くなかったが、どうやら堕ちる資質だけは人並み以上にあったようだな」
「堕ちる資質?」
「魔導書の影響を受けたとて誰しもが堕ちる訳ではない。堕ちるには、人としての許容量を超える強欲さと傲慢さを持ち合わせておらねばならぬ。まあ、此奴の強欲傲慢ぶりは堕ちて当然と言えたがな」
「んで? 元に戻せるのか?」
「………堕ちてから時が経っておれば手遅れだろうが、今ならばまだ可能性はある」
「どうすればいい?」
「今はまだ、妾の写本が暴走してその魔力に覆われているに過ぎぬ。ゆえに、此奴の内にある妾の写本にアクセスし術式を制御すれば、なんとか止められるだろう」
「わかった!」

 アルに答えると同時に、行動開始。
 教授の動きをイタクァで牽制しながら、バルザイの偃月刀を召還。
 再生していた両方の翼を一気に断ち切ると同時に……
 
「アトラック=ナチャ!」

 髪を蜘蛛の巣状に展開して教授を絡め取る。
 放ってくる魔力弾は全て解呪して周りへの被害拡大を防ぎながら、教授の内にある『ネクロノミコン新釈』へアクセスした。
 
「我が名は大十字九郎。我の名を汝の魂に刻み込むべし。我は汝の主なり。我は汝の伴侶なり。我は汝の王なり。我が命に従いて、その全ての威を我が命無しに振るう事なかれ!」

 虚空に描き出される五芒星形…旧神の紋章。
 それが教授に刻み込まれた瞬間、激しい光と共に変異した教授の身体から『ネクロノミコン新釈』が離れ、俺の所へと飛んでくる。
 と、同時に……
 
 変異した教授の身体もまた、人のそれへと戻っていく……
 
 そして………
 
 静まり返った校庭で、教授の絶叫が響き渡った……
  


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