DADDY FACE SS 『無くさないで……(後編)』
by Sin
「鷲士……くん……」
「………どうして……解ってくれないのです……」
大好きな鷲士に憎しみの目を向けられて、美沙の瞳に涙が溢れる。
樫緒は口惜しげに拳を握りしめ、食い込んだ爪が微かに血を流す。
「どうしても答えないというなら……力ずくでも答えて貰う……」
そう言うと、鷲士は2人に向かって構えた。
今にも飛びかかってきそうな雰囲気に、美沙も樫緒も動くことができない。
その時だった。
「やめて!」
唐突に、美貴が鷲士の胸に縋り付いた。
「お願い、もうやめて!」
だが、鷲士にはまるでその姿が目に入っていないかのように、ジリジリと美沙達へと歩を進める。
「やだ…そんなの……やだ……お願い…元に戻って……優しさを…無くさないで……」
涙を溢れさせ、必死に縋り付いて訴える美貴。
だが、それでも鷲士の瞳は美貴の姿を写さない。
「ゆうちゃんを…返せ……」
樫緒、そして美沙に向けられる憎悪の瞳。
重ねられた擦れ違いが、鷲士の心に刻んでしまった傷。
『ゆうちゃん』の存在をひた隠しにしようとする2人へ向けられた、怒りと哀しみ。
それはいつしか、自分から『ゆうちゃん』を奪った者への怒りへと変わり……
優しさを失ってしまった鷲士の心を、憎悪が支配していく。
「ゆうちゃんは……どこだ……」
にじり寄る鷲士に、美沙、そして樫緒の足が無意識に下がる。
「え、えっと…それは……」
「姉さま、今それを言っても……」
「で、でも……このままじゃ鷲士くんが……」
「……答える気がないのなら……もういい……直接結城の家に乗り込んで……確かめてやる……」
そう言って、鷲士は縋り付く美貴を振り払った。
「きゃっ!」
「美貴ちゃん!?」
倒れ込む美貴に、美沙が慌てて駆け寄る。
「な、なんて真似を……貴方は!!」
「……そうか……君達は美貴ちゃんのことが大切なんだな……だから、僕をゆうちゃんと会わせまいとして……」
「そ、それは、違っ!!」
慌てて否定しようとする樫緒を、鷲士の鋭い視線が射抜く。
「う……ぐっ…」
あまりのその迫力に、樫緒は言葉を詰まらせる。
「……もういい……これ以上問答を続けても無駄みたいだ……」
そう言うと、鷲士は樫緒の首に手をかけた。
「が…はっ……!?」
「しゅ、鷲士! 何を!?」
美貴の言葉も聞こえていないのか、鷲士の手がじわじわと樫緒の首を締め付ける。
「答えろ……ゆうちゃんはどこだ……お前達は……何を隠している……? 答えなければ……っ!」
更に加えられる力。
樫緒も結城の力で対抗しようとするが、鷲士のその視線に捕らわれて力をふるうことができない。
「や、やめて! そんなことをしたら、樫緒が!!」
美貴の悲鳴。
その様子に美沙は震えることしかできない。
「………樫緒…君が答えなくても……答えを知っている人は他にもいるんだよ……」
不意に優しげな口調で……しかし、その内容はあまりに残酷なものだった……
樫緒から外される視線。それは……へたり込む美沙の瞳を射抜いた。
「あ……あぁっ……」
思わず漏れる恐怖の声。
今の鷲士は、美沙の知っている優しいパパではなく…
ただ、『ゆうちゃん』を求めるだけの……幽鬼……
そのあまりに強大な力の前に、美沙の心は今にも壊れてしまいそうになる。
だが…その時……
「やめてぇぇっ!!」
凄まじい勢いで叩きつけられる衝撃。
それは鷲士を弾き飛ばし、捕まっていた樫緒を引き離すことに成功した。
「く……っ……邪魔を……」
身を起こす鷲士。
そこに美貴は全身で抱きつく。
「離れろ!」
「嫌っ!! お願い、もう止めて!! こんなの、しゅーくんじゃないよ!」
「なにが解る……お前に……なにが解るって言うんだっ!!」
「解るよ! だって……だって………私が…私がゆうちゃんなんだからぁッ!!」
叫び……
涙と共に溢れた美貴の言葉に、鷲士の身体が凍り付く。
「な……に……?」
「ごめん…ごめんね……私が…私がはっきりしなかったから……あの時、違いますなんて言っちゃったから……だから、しゅーくんをこんなに苦しめて…傷つけて……」
「嘘…だ……」
「……覚えてる……? 青葉学園で、しゅーくんと結ばれたあの日のこと……」
じっと見つめてくる美貴の視線に、いつしか鷲士は振り解く意志を失っていた。
「まだ……覚えてる……? 私の……唇の感触……」
「な……っ!?」
驚きのあまり、目を見開いた鷲士。
その唇に、美貴の唇が重ねられている。
唐突なキスに、鷲士は完全に混乱していた。
「……何度もこうして……繰り返したよね……」
そう言いつつ、美貴の手はゆっくりと鷲士の背中に回され、傷跡を確かめるように……いたわるように……そっと触れる。
「しゅーくん、あの時は包帯でグルグル巻きで……でも……この傷も、私を助ける為に負ったもの……」
重ねた唇の隙間から、2人の吐息が漏れる。
重なった手足がまるであの日の再現のように、お互いを確かめ合うように絡み、縺れ合う。
「ずっと……ずっと………貴方のことばかり考えてた……」
何度も繰り返される激しいキス……
離れる度に、離れまいとするかのように2人の間を結ぶ光……
その温もりが……その感触が……鷲士の瞳から狂気を払っていく……
そして……
鷲士の手が、そっと美貴の背中に回された……
「えっ………しゅーくん………?」
「……本当に……」
「え……?」
「本当に……ゆうちゃんなんだね……? 美貴ちゃんが……ゆうちゃんなんだよね……?」
涙を浮かべて聞いてくる鷲士。その瞳には、もうさっきまでの狂気はどこにもなかった。
「そう……そうだよ……しゅーくん……」
嬉しげにしっかりと抱きつくと、美貴はもう一度鷲士と唇を交わす。
その感触が、鷲士に全ての理性を取り戻させた。
「会いたかった……ずっと……ずっと会いたかった……ゆうちゃん……ゆうちゃんっ!!」
「しゅーくん……しゅーくん、しゅーくんっ!!」
しっかりと抱きしめ合う2人。
涙が溢れる。だが、それはさっきまでの哀しみの涙ではなく……歓喜の涙。
その時……
鷲士の瞳から涙と共に、なにかがこぼれ落ちた。
そしてその瞬間……
「………あ、ああっ……あああああああっ!!」
「しゅ、しゅーくん!?」
突然の叫び。
「僕は……僕はなんて事を………っ!! 美沙ちゃんや樫緒くんを傷つけてしまうなんて…っ!!」
その言葉に、美沙達が敏感に反応する。
「鷲士くん!? 元に……っ!?」
「……………よかった……っ……」
溢れる涙……それは美沙だけではなく……樫緒の頬にも流れていた。
「か、樫緒、アンタ……」
「本当に……本当によかった……あのまま、父さんを失い…母さまがあの頃に戻ってしまったら…僕は…僕は…っ!」
それは、美沙ですらも初めて見る、樫緒の本当の姿…
純粋に……ひたすら純粋に家族のことを想っていても、感情を表に出すことを苦手としていた為にこれまで誰も見ることの無かった姿……
溢れ出した涙は止めどなくその頬を濡らし、不器用なこの少年の心をさらけ出す。
そんな姿に美沙は優しく微笑むと、そっと樫緒を抱きしめた。
「ね、姉さま……?」
「……今のアンタ、ホントにいい顔してるよ……やっぱり私の自慢の弟だね……」
初めてそんな風に誉められて、樫緒の顔は真っ赤に染まる。
しばらくは照れて視線を彷徨わせていたが、やがて俯くと…
「はい……姉さま……」
そう答えて、抱きしめられるまま目を閉じた。
「僕は……どうしてこんなこと……」
すっかり優しい気持ちになっていた樫緒とは対照的に、鷲士は絶望的なまでの悔恨に苛まれていた。
「しゅーくん……」
「美沙ちゃんも樫緒くんも本当に大切なのに……美貴ちゃんのことだって…ゆうちゃんじゃなくても大切だったのに……どうして僕は……」
「もういいの! しゅーくんが悪いんじゃない! しゅーくんの所為じゃないの!! だから……だからもう自分を傷つけないで……お願い…しゅーくん……」
苦しむ鷲士の姿に、美貴は涙を溢れさせながらそう言ってしっかりとその体を抱きしめる。
「ゆうちゃん……でも……」
そう言って目を伏せる鷲士。
だが、その時……
「しゅーくん!」
突然美貴は鷲士を押し倒すと、そのまましっかりと抱きついて唇を奪った。
「んっ!? ゆ、ゆうちゃん、なにを!?」
「忘れさせてあげる! 私が、しゅーくんの哀しみも、つらい気持ちも、全部! だから……だから今は、私を……私だけを見て!」
「ゆ、ゆうちゃん!?」
「樫緒! 私としゅーくんを私の部屋に! しばらく二人っきりにさせて!!」
「は、はい」
美貴の言葉に、樫緒は戸惑いながらも2人を連れて美貴の部屋へと移動した。
そしてしばらくの後、呆然とその様子を見ていた美沙の目の前に再び樫緒が姿を見せる。
その顔は、なにを見たものやら、真っ赤に染まっていた。
「……樫緒?」
完全に硬直してしまっている樫緒の様子に美沙は首を傾げるが、瞬きすらせずにいる弟の様子が面白くて、ツンツンと突いてみる。すると樫緒はまるで人形を倒すかのように、ぽてっ……と倒れた。
その鼻からは一筋の赤いものが……
「あらら……美貴ちゃん達の様子……樫緒には、刺激が強すぎたみたいね……」
そう言って苦笑すると、美沙は2人の様子に思いを馳せながら、樫緒を介抱するのだった……
そして………翌日……
これまでで最高に元気な姿を見せた美貴の背後には、疲れ切ってはいるものの、妙にすっきりとした表情の鷲士の姿があった。
「……というわけで、どうやらあの遺跡のトラップに、人の感情を失わせる物があったみたいなの。それで……」
「そうか……そのトラップの影響で、僕は、『優しさ』を無くしてしまっていたんだね……」
「うん……でも……ホントに元に戻って……よかった……よかったよぉ………」
涙ぐむ美沙を、鷲士が優しく抱きしめる。
「ホントにごめんね……みんな……」
謝る鷲士に、美貴と美沙は微笑んで返すが、樫緒だけは冷めた表情で見つめている。
「樫緒?」
その様子に、美沙が声をかけようとしたその時だった。
パシィッ!!
突然の出来事……
今まで黙って座っていた樫緒が、唐突に立ち上がると鷲士の頬を叩いたのだ。
「樫緒!?」
「な、何をするのよ!!」
「謝って済む事じゃない!!」
驚いて止めようとする2人を振り払うように、樫緒は怒鳴りつけた。
「あなたは、絶対にしてはいけないことをしたんだ……母さまを泣かせ……姉さまを泣かせた……僕は…それが許せない!」
「それは、あのトラップの影響だって言ってるでしょ! なんで解らないの!!」
「いいんだ! 樫緒くんの言う通りだよ。僕は許されないことをした……それは間違いないんだ……」
「で、でも……」
「………解っているなら……はっきり言わせて貰います……」
「うん……」
「………二度と……母さまや姉さまを……泣かせるようなことはするな! この馬鹿親父!!」
その瞬間、樫緒の拳が鷲士の頬に突き刺さる。
突然の事で、美貴と美沙は呆然。
だが、その拳を受け止めた鷲士は、嬉しそうに微笑んでいた。
「ありがとう……樫緒くん……」
鷲士がそう口にした途端、樫緒は俯く。
「君が僕の息子であることを……今、とても嬉しく思うよ。本当に、ありがとう……」
「………父さん……っ」
ゆっくりと上げられた顔に、美貴も美沙も言葉を無くした。
つい先程まで冷め切っていたはずのその瞳が、まるで感情が爆発したかのように涙で濡れていたからだ。
「樫緒くん……」
鷲士はそっと樫緒を抱き寄せると、しっかりと抱きしめる。
「父さん……父さんっ!!」
泣きじゃくりながら、鷲士に抱きつく樫緒は、まるで子供のようで……
その姿に、始めは呆然としていた美貴達も、いつしか微笑みを浮かべていた……
それから幾ばくかの時が流れ……
やがて落ち着きを取り戻した樫緒は、顔を真っ赤にして席に戻った。
ようやくいつもと同じように……いや、今まで以上に強く結びついた家族は、明るく楽しい雰囲気に包まれている。
美沙達と談笑する中で、美貴はそっと鷲士に寄り添い、耳元で囁いた。
「しゅーくん……大好きだよ……」
そっと重ねられた唇……
ようやく結ばれた2人の運命の糸が、優しく風に揺れていた……
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