斬魔大聖デモンベイン SS 『白き衣の天使』
by Sin



第1話



 マスターテリオンとの戦いの後、俺達がこの世界で暮らすようになって、もう結構経つ。
 
 街の外れで細々と探偵業をやっていた俺も、今や覇道財閥直属の魔導探偵…
 とは言っても、貧乏暮らしは大して変わらないけどな。

 あの元アンチクロスの絡んだ事件以来、何件か発生した魔導絡みの事件。
 普通の警察や軍隊じゃどうにもならない事件が起こった時、俺達への依頼が来る。
 
 そして、先日。
 俺達の所へ姫さんからの依頼が舞い込んできた。
 当然、いつもの魔導絡みの事件調査だとばかり思っていたんだが……

「「護衛?」」
 思わず重なる俺とアルの声。

 それは俺達の予想とはあまりにも大きくかけ離れた依頼だった。

「来週、私はある場所へ向かわねばなりません。その際の護衛を大十字さんにお願いしたいのです」
「護衛なら、従者が居るではないか。なにも九郎に依頼するような事でもあるまいに。それとも何か? 従者だけでは心許ないとでも言うつもりなのか?」

 からかうようなアルの言葉。
 だけど姫さんは怒る事もなく静かに頷く。

「……一体、何処へ行くと言うのだ。今のこの世界で、従者と九郎の力無しでは危険な所など、そうはないと思うが…」
「アル・アジフ。貴方なら知っているでしょう? あの場所を……」
「あの場所……だと?」

 怪訝そうなアル。
 だが、その表情が唐突に厳しいものへと変わった。

「まさか汝! 彼処へ行くつもりなのか!?」
 顔色さえも変えて姫さんに詰め寄るアル。
「お察しの通りです、アル・アジフ様。お嬢様が行こうとなさっているのは、かつて、覇道財閥直属の魔導研究所があった場所……アーカムシティーの最北端……0番区です」

「――っ!? 本気……いや、正気か!?」

 0番区。
 さすがにその名前は俺でも知っていた。
 確かに、あんな所に行くなんて、アルが姫さんの正気を疑うのも無理はない。
 何しろ彼処は……

「あ、あんな所に何しに行くつもりだよ……姫さん……彼処は……」
「ええ……魔術の暴走事故によって、魔導汚染されている場所…そして……」

 途切れる言葉。
 ドレスを握りしめる手に力が籠もっているのが判る。

「私の両親が……命を落とした場所です……」


 姫さんの言葉に俺達は言葉を失った。

 さっきまで興味深そうに覗いていたリルも、アルに抱きついて泣きそうな顔をしている。

「……そう言えば、まだ見つかってないんだよな……姫さんの両親……」
「ええ……ですけど…」
「え?」
「一般公開した話ではありませんのに…よくご存じですわね。さすがは探偵……と言っておきましょうか」

 そう言ってちょっと寂しそうに苦笑する姫さん。
 だけど、俺も別に調べようと思った訳じゃない。
 たまたまあの魔術暴走事故を調べようとして、耳にしただけなんだ。

「詳しい事は知らないけどな。それで……探しに行くつもりなのか……」

「これまでは…ずっと我慢してきました……ウィンフィールドはとても頼りになるのですけど、それでもあの場所に私を連れて行く事は不可能だと言われて……でも、今は…大十字さんがいます」
「いや、頼りにしてくれるのは嬉しいんだが……」
「駄目……ですか? ウィンフィールドも、大十字さんが一緒なら連れて行っても構わないと言ってくれているのですけど……」

 いや、止めようよ、執事さん。
 わざわざ命を無駄にしに行くような真似しなくてもいいだろ?

「私も散々お止めしたのですが……お嬢様の意志は固く…曲げる事はできなかったのです」
「どうか、お願いできませんか、大十字さん?」
 
 姫さんの目は真剣だ。
 とても冗談で言っているようには思えない。
 だけど……
 
「正直言って危険すぎる。俺や執事さんならともかく、なんの自衛策も持たない姫さんがあんな所に行くなんて、自殺行為だ」
 俺の言葉に頷くアル。
「妾もそう思うぞ。調査や探索ならば引き受けても構わぬが、汝を連れてあの場所へ行くのは、我等にとっても自殺行為にしかならぬ。それ程危険な場所であるという事を、汝は理解しておるのか?」
「それは判っています。ですけど……」
「私も再三申し上げたのですが……」
 どうしても引き下がろうとしない姫さんにすっかり困り顔の執事さん。思わず俺達も溜息をついてしまう。
 
「……小娘、1つ聞くが…汝は、魔術の暴走に巻き込まれた者がどうなるのか、知っていてそれを言っておるのか?」
「え……っ?」
「…人としての原形を留めておるとは限らぬぞ?」
「―――っ!?」
「魔術師でない者が魔術に触れるというのはそう言う事だ。いや、人としての形を保っていたとしても、それはすでに人ではない。汝の親しかった者達の成れの果てに襲われて、汝は正気でいられるか?」
「それは……」
「これは妾の推測だが……あの魔導事故の際、内部に閉じこめられた者は妖魔化していると考えた方が良いだろうな」
「では……旦那さまや奥様も……」
「おそらくな。だが、妖魔に堕ちるのを免れていたとしても助かる術はないが」
「どういう……事です……?」
「妖魔は……人の血肉を好む……なんの力ももたぬ人間は、妖魔達にとって格好の餌にしかならぬのだ……」
「そんな……」
「妖魔となった汝の親しき者と戦うか、それとも妖魔に食い荒らされた残骸を見る事となるか……いずれにせよ、良い事など何もないぞ?」
 アルの辛辣な言葉に俯く姫さん。
 だけど、確かにアルの言う通りだ。
 一分の期待がないって訳じゃないけど、まともな状態の姫さんの両親に会える可能性なんて殆どゼロ。
 行っただけ、辛い思いをするだけなんじゃないのか……?
 
「姫さん、俺もアルの言う通りだと思う。正直…姫さんが辛い思いをするだけだと……」
「………それでも…」
「えっ……?」
「それでも…それでも私は…お父様やお母様をゆっくり眠らせてあげたい…研究員のみんなを魔術の呪縛から解き放ってあげたいのです」
「どんなに辛い思いをしても?」
「覚悟は……決めました。何があっても構いません。私をあの場所へ連れて行って下さい、大十字さん」

 揺らぐ事のない瞳。
 そして決意に満ちたその姿に、俺とアルは視線を交わして頷き会った。
 
「わかった。そこまで言うなら仕方ない。この依頼受けるよ」

 その瞬間だった。
 俺とアルは思わず目を疑う。
 滴り落ちる雫。
「ありがとう……大十字さん……」
「姫さん……」
「な、汝……」
 絶句する俺達。

 あの姫さんが……泣いていた。
 ポロポロと大粒の涙を溢れさせて。
 
「お父様……お母様……これでやっと…」

 もうその後は言葉にならず、俺達が呆然と見つめる中で姫さんは泣き続けた……





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