斬魔大聖デモンベイン SS 『魔導探偵物語』
by Sin



第7話 愛娘


 あれから1時間が経った。

 正直、未だに信じられない。
 確かに、俺はアルの写本を書いた。
 そしてアルも認めるくらいに正確な内容で、永い年月の先には魂を宿し、肉体を持つことになるだろうとまで言わしめた。

 だけど…それは『永い年月の果て』のはずだろ!?

「何で、こんなに早く身体と心を持ったんだよ!? こうなるのはもっと、何百年も先の話だろ!?」
「わ、妾にも判らぬ……こんな事……到底信じられぬわ……」

 呆然と見つめる俺達の視線の先…そこにはダンセイニと戯れている少女の姿が。
 件の魔導書。『Rel−ajif』の実体化した姿だ。
 リル・アジフ。
 俺がアルの名前、『al−ajif』を捩って、再びアルに逢えるようにと願いを込めて『Re』を名前の頭に置き、付けた名前。

「きゃははっ、ダンセイニちゃんって、ぷくぷくもこもこしててかっわいいっ♪」
「てけり・り♪」

 ま、まあ、見た目通りの年頃らしいって事は判ったけど……

「……それより…身体は大丈夫なのか、アル?」
「ああ…少々疲れたがな……」
「無理はするなよ。あんな形とは言っても、一応『産後』なんだからな」
「フフ……そうだな。気を付けておこう」
 冗談めかして言った俺の言葉に、アルも微笑んで頷く。

「……ところで…どうするんだ、これから?」
「これから…とは?」
「アイツのことだよ。俺達の……こ、こ、子供……」
 おそらくは真っ赤になっているだろう。詰まりながら言ったその言葉にアルの顔も真っ赤に染まる。

「いくら子供って言っても、魔導書の育て方なんて俺知らないからなぁ……」
「ふむ……まあ、特に気負うことはない。魔導書と言えど、肉体を持つ以上は人間とさほど変わらぬからな。それよりも……」
「ん?」
「妾達の間に……子供が出来たと言うことの方が……問題なのではないか……?」
 照れくさそうに苦笑して言ったアルに、俺も苦笑する。
 ダンセイニと遊んでいるあの姿は、まさしく人間の子供そのものだ。
「確かにそうだな……」
「で、あろう?」

「にゃ? パパ、ママ、どーしたの?」
 苦笑しながら顔を見合わせている俺達の様子が気になったのか、リルは不思議そうに見つめている。その手にはしっかりとダンセイニを抱きしめて。
 よっぽど気に入ったらしい。


「何でもないよ。遊んでなさい」
「は〜い♪」
 元気よく返事をすると、再びダンセイニと遊び始める。
 いくらでも形を変える様子が面白いのか、きゃっきゃっと楽しげな笑い声が事務所に響く。


 その姿に俺達が微笑みを誘われたその時だった。

「失礼します。大十字さん、魔術師の件でお伺い……」
「姫さん……?」
「小娘……」
「え、えと〜〜〜〜誰?」
 突然に入ってきた姫さんに不思議そうなリルを除き、完全に俺達の動きは凍結する。


 そして……20分後……


「な、な、なぁっ!? い、一体これはどういう事です!? この子は一体!? ま、まさか誘拐!? 略奪!? 産まれてきたばかりの赤ん坊をさらってすでに数年〜〜〜!?」
 完全にパニック状態の姫さん。ちょっとライカさん化してる。
 そりゃそうだろうけどさ……当の本人がパニック寸前な訳だし。

 一緒に来ていた執事さんもさすがにこの状況では口のはさみようがない。

「と、とりあえず紹介。俺とアルの娘、『リル・アジフ』だ」

 再び沈黙。そして……

「む、娘―――――――――――――――――――っ!? な、何故ッ!? どうしてたかが本のアル・アジフが子供なんてぇぇっ!?」
「お嬢様、落ち着いて下さい。それはそうと…大十字様……これは一体……」
「ン、まあ、話すと長くなるんだけど……」

 しばし回想……

「と、言う訳でさ。まあ、俺達としてもまだ信じられない気分なんだけど…」
「確かに、にわかには信じがたい話ですね。ですが……」
「現実は現実として受け入れるしかないがな…だが、まさか妾が子を成すことになろうとは……フフ……」
「うゆ?」
 照れくさそうに頬を赤らめて微笑むアルの様子にリルは首を傾げるとダンセイニを置いてアルに抱きついた。

「ママ♪」
「リル……妾の娘……九郎と妾の……」

 愛おしそうにリルを抱きしめるアル。
 その姿に執事さんは微笑みを誘われていた様子だったが、姫さんはより一層表情を引きつらせていた。


「それで……何か解ったのか?」

 リルの相手をアルに任せ、姫さんとの話を進める。

「とりあえず、現状での被害は11番街に留まっている様子です。ですが、またいつあのような事が起こるか……」
「相手が動いてくれない事には、俺達も探知のしようがないからなぁ…」

 俺がそう言った瞬間、バンッ! と机を叩いて瑠璃が立ち上がった。

「何を悠長な!! 相手が動くとき、それはまたあの様な惨劇が起きる時なのですよ!! 再びあの様な事を繰り返させるつもりですか!?」
「お嬢様、冷静に」
「ウィンフィールド! 貴方まで何を!!」
「リル・アジフ様が驚かれていますよ」
「――っ!?」
 執事さんの言葉に俺もリルの様子を見ると、涙目でアルに縋り付いている。
 よっぽど怖かったんだな。

「……こほん…それで? 一体どうするつもりなのです?」
「とりあえず、俺とアルは魔術の気配を探りながら街を回ってみるよ。姫さん達の方は何か情報が入ったらすぐに知らせてくれ。あと、敵は魔術師だから、普通の人間が敵うような奴じゃない。もし出くわしてしまったら、脇目も振らずに逃げろ」
「それ程までに危険な相手なのですか?」
 首を傾げる瑠璃の様子に苛立ったのか、睨み付けるアル。

「前にも言ったが、魔術師を甘く見るな。汝など、抵抗する間もなく殺される。いや、もしも嗜虐趣味の相手ならば、犯され、嬲られ、狂わされる事になるだろうな。我等はそんな目に逢わされた輩を何十、何百と見てきた」
 瑠璃の言葉に鋭く返されるアルの叱責。
 その言葉に何かの気配を感じたのか、リルは震えながらギュッとアルの胸に抱きついた。

 不意に脳裏を過ぎる道化師の姿。

 散々俺達を苦しめ、何度切り刻んでも再生し、最後は…シャイニング・トラペゾヘドロンによって異世界へと消えていった悪魔のような奴。

 アルの言う、幾十、幾百の被害者達を生み出した元凶が奴だ。

 まさかとは思うが、あんな奴がまた出てきたんだとしたら……アルの言う通り、犯され、嬲られ、狂わされる人がどれ程増えるか……
 それだけは絶対に許す訳にはいかない。

「魔術の気配があれば俺達は絶対に見逃さない。それは心配しないでくれ」
「では、我々は…」
「怪事件や、原因不明の事故なんかの情報を集めてくれ。その中で、今回の事件に関わりのありそうな物を俺達で調べてみる」
「承知致しました。大十字様」

「とりあえずその話はそれで宜しいですわね。で、今度はこちらの問題ですわ」
「いぃっ!?」
「大十字さん」
「は、はいっ!?」
「………正直、納得は出来ませんわ。いくら何でも本に子供が出来るなんて。でも……」
「え?」
「でも…こうして貴方に可愛らしい娘さんが出来たことは紛れもない事実。経緯やその素性はどうあれ、お祝いを言わせて頂きますわ。おめでとう、大十字さん、アル・アジフ」
 突然の姫さんの言葉に、驚きのあまりしばらく固まっていた俺だったが、リルに裾を引かれて正気に戻ると、慌てて礼を言った。

「あ、い、いや、そのっ、あの……ど、どうも、ありがとうございます」

 その俺の姿が面白かったのか、リルはクスクス笑っている。
 
「この事件の片が付いたら、一度お祝いの宴でも設けましょう。ライカさん達も呼んで賑やかに」
「とても良いお考えです、瑠璃お嬢様」
 姫さんの言葉に即座に賛同する執事さん。
 アルも苦笑しながらも拒否する様子はない。リルには何の事だか分かっていない様子だけどな。

 もちろん俺も断る理由もないし、ありがたく受けることにしよう。

「その時にはよろしくな、姫さん」
「判っています。大十字さん、あの11番街の悲劇を二度と繰り返さない為にも、よろしくお願い致します。」
「ああ。任せろ!」
「では、私達はこれで。ウィンフィールド、帰ります」
「はい、お嬢様。失礼致します、大十字様」

 そう言って事務所を出て行った姫さん達。

 2人を見送って事務所に戻ると、アルが不安げに俺のことを見つめてきた。
「九郎」
「ん?」
「……調べて回るのは構わぬが…リルのことはどうする? まさか一緒に連れて回る訳にもいくまいて」
「そうだなぁ……気が進まないけど、ライカさんの所に連れて行くか?」
「余計危険な気がしないでもないが……それしかあるまいな」
「んじゃ、行くか。リル、おいで」
「うゆ?」
 小首を傾げるその仕種が本当に可愛い。
 親バカなのかも知れないけどな。

「出かけるぞ」
「うんっ♪」
 飛びつかんばかりの勢いで俺に抱きついてくるリルを軽く抱き上げると、肩車で歩き出した。

「アル、身体は大丈夫か?」
「心配ない。多少疲れは感じるが、もう殆ど問題のない程度だ」
「疲れたらいつでも言えよ?」
「心配性だな、汝は」
 そう言って苦笑するアル。
 だけどその表情は言葉とは裏腹に嬉しそうに綻んでいた。

「心配するに決まってるだろ。他ならぬお前のことなんだからさ」
「………真顔で言うでない……照れるではないか……」
 俯いて頬を赤らめる。
 歩調を合わせてそっと肩を抱き寄せると、アルは俺にもたれかかるようにして寄り添った。

「夢……ではないのだな……?」
「ん?」
「妾が……汝の子を成し…こうして3人で居られるなど……まだ信じられんのだ……」
「夢なんかじゃないさ。現実に俺達はこうして3人で一緒にいる。お前が俺の子を産んでくれたからな」
 俺がそう言った途端、アルの足が止まる。

「ん、どうした、アル?」
「………すまぬ…少し時間をくれ……」
 震える声。
 俯いたアルの瞳から、光がこぼれ落ちた。

「ママ……泣いてるの? 哀しくなっちゃったの?」
「嬉しくて、だよ。リル、お前が産まれてくれたことが嬉しくて泣いてるんだ」
「…う〜〜〜………あっ♪ パパ、降ろして〜」
「ん? ああ」
 ゆっくりと抱えて降ろしてやると、リルはパタパタとアルに駆け寄って、ギュッとその胸に抱きついた。

「こ、こらぁ、リル」
「えへへへ……ママ、大好き〜♪」
「あっ、こ、こら、まったく……汝は甘えん坊だな……」
 そう言いながらも、アルは抱きついてくるリルの身体をギュッと抱きしめる。
「ママ〜?」
「妾も…妾も汝のことが大好きだぞ、リル」
「あ――うんっ!」
 本当に嬉しそうに微笑むと、しっかりと抱きつく。

「リル……」

 優しくリルの髪を撫でてやりながら、アルは胸に溢れる幸せに涙を溢れさせていた…



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