斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin


第8話
 ガタノトーアの触手が辺りを打ち壊し、その全貌をゆっくりと現していく。
 神気は増す一方。
 その影響を受けて、彼方此方で建物が崩れ始めた。
 幸いと言って良いかは判らないが、覇道邸は今の所無事。しかしそれもいつまでもつかは判らない。
「くっ、早い所何とかしないと……」
 辺りを見回しながら俺の中に生まれる焦り。
 そして、次の瞬間!

「九郎!!」
「―――っ!?」
 放たれる一筋の閃光。
 それはアーカムシティーの外れを貫き、そして……

「………ば、馬鹿な……」
「冗談じゃ……ねぇぞ……何なんだよ、あの力は……」
 爆発は、無かった。
 衝撃も、無かった。
 音すら、無かった。
 にも拘らず……閃光が貫いた先は、跡形も無く焼滅していた。

「何なんだよ、あれは……クトゥルーどころの騒ぎじゃねぇぞ……」
 記憶に蘇るかつての光景。
 クトゥルーの攻撃を受けて爆散し、廃墟と化したアーカムシティ。
 だが、あの時はまだ爆発も衝撃も音もあった。
 なのに、ガタノトーアの攻撃は、そのどれも無しに……全てが焼滅させられた。

「拙い…拙いぞ、九郎! このまま彼奴が完全に顕現すれば、辺り一帯焦土になりかねん!」
「――――っ!? んな事言ったって、顕現を止める事なんて今更無理だ!!」
「なんとか場所を移さねば、被害は今の比ではないぞ!!」
「場所を……ったって、ガタノトーアみたいな邪神と戦えるような場所なんか……」
 その瞬間、俺の頭を過ぎる記憶。

 それは以前、ミスカトニック大学でレイリーが起こした事件の時の事。

 あの時、アルは戦闘フィールドとして閉鎖空間を展開していた。
 もし、あれと同じ事が出来るなら……

「アル!」
「な、何だ、九郎?」
「前にレイリーとの戦いで使った結界、覚えてるか?」
「……多次元呪法結界の事か? 覚えておるが、それが何だと……っ!? そ、そうか! その手があった!」
 俺の考えに気付いて、アルが表情を輝かせる。
「今、使えるか?」
「無論だ! とは言え、かなり大掛かりな物になるな。それに相手が邪神ともなれば、確実に外への衝撃を封じ込められるかは判らぬぞ」
「零よかずっとマシだ! それに、デモンベインを全開稼動させて魔力を上乗せさせれば、いくら邪神の力だって押さえ込めないわけねーよな!」
「そうさな……わかった、やるぞ、九郎!!」
「応よ! 猛れ、デモンベイン! お前の力を見せてやれ!!」
「銀鍵守護神機関リミッター解除! 獅子の心臓(コル・レオニス)、フルドライブ!!」
 俺達の声に応えるようにデモンベインのフェイスガードが開き、その口から咆哮が辺りに響き渡る。
 獅子の心臓によって無限に汲み上げられる膨大な魔力がデモンベインを介して俺達へと流れ込んできた。
 その魔力を俺が制御し、アルが術式を編み上げる。

「其は邪悪を払いし五芒の結印。御印の刃を持ちて常世の境を切り開かん! 其は光にして闇。其は闇にして光。全てを享受し拒絶する! 開き捕らえ、閉ざせ! 多次元呪法結界!!」
 アルの言霊がデモンベインを介して周囲へと展開。
 幾重にも張り巡らされた魔法陣が俺達を、ガタノトーアを飲み込み更に膨れ上がっていく。

「こ、これはっ!?」
「九郎さんっ!!」
 邸の窓からその光景を見つめていた執事さんと姫さんは思わず声を上げ、稲田さんやメイドのみんなも驚きに目を見張る。
「彼奴を…神を結界に封じる気か…!?」
「邪神をも封じる結界とは……フフ…全く、何処まで我等の想像の上を行くのやら……」
 クトゥグァとイタクァも驚きは隠せない様子で、ただ、その様子を見つめている。
 そして、隼人は……

「これは……呪法結界……なのか? 信じられない……あれではまるで、世界を切り取っているのと変わりないじゃないか………」
 息を呑んでその光景を見つめる隼人。
 やがて大きく溜息をつくと――
「本当に…何処まで遠いんだ、あの背中は……その分……追い甲斐があるって事にしておくか……な……」
 苦笑を浮かべながらそう呟いて、隼人は閉ざされた結界の向こうに思いを馳せる。
「俺にはまだそこまで届きはしないけど……いつかは、必ず追いついて…いや、追い越して見せるから……今は…頼む、みんなを護ってくれ……大十字九郎……アル・アジフ……そして……デモンベイン…」

 隼人がそう呟いた瞬間、デモンベインとガタノトーアの姿は完全にみんなの前から消えうせた。
 封じ込めきれない神気によって軋む多次元呪法結界の綻びから僅かに漏れた紫電が時折弾ける事が無ければ、誰もその場所に結界があるとは気づかないだろう。

 そして……

「……はぁ……はぁ……流石に……あれだけの神気を抑えきる事は出来なんだか……所々、結界に綻びが生じておる……長くはもたぬぞ、九郎……」
「酷く疲れたみたいだな……大丈夫か、アル?」
「心配は要らぬ……この程度大した事は無い」
 微笑んで返事したアルだったが、その様子に俺は違和感を感じて魔力の流れをスキャン。
 すると、アルの内を流れる魔力の流れが所々で流れを失ったり、酷く弱くなったりしている事に気付いた。

「とぼけるなって。お前の魔力の大半を使い切ったんじゃないか?」
「だ、だから、大した事は……って、九郎……汝……また無断で妾を覗いておったな!!」
「い゛っ!?」
「……こ、このぉぉ……うつけがぁぁぁぁっ!!」
 真っ赤になった顔で俺の顔面に拳を叩きつけるアル。
 だが、俺の身体はその程度じゃびくともしない。
 以前なら、思いっきり吹っ飛ばされていたんだろうけどな。
 驚いた表情で目を瞬かせていたアルだったが、すぐに苦笑するとそっと俺の頬に手を這わせた。
「……ふふ…まったく、九郎には敵わぬな……もうこの程度の衝撃では身動ぎすらしなくなっておったか」
「ったく、弱りきってるくせに、ツッコミする為に無茶するんじゃねーっての。それにしても……ったく、あのクソ餓鬼、とんでもない事やってくれたな……」
 溜息をつく俺に苦笑しながら頷くアル。
「彼奴の後始末、放っておく訳にもいくまい。九郎、やれるな?」
「ったりめーだ。しっかり片つけて見せてやろうぜ。俺の背中を追いかけてくるあいつに…その遠さとでかさって奴をさ」
「ああ!」
 そう言って自分の席へとつくアル。
 俺達の声に応えるように、デモンベインもその全身から膨大な魔力を吹き上げて雄叫びを上げる。
 始まるのは舞曲。

 窮極にして究極たる神話。

 全ては、閃光と共に幕を開ける。

「シャンタク!!」
 襲い来る輝きと衝撃を光にも匹敵する速度と力学的に有り得ない角度で回避しながら飛翔するデモンベイン。
「くぅぅぅっ!?」
 あまりに強烈なGが全身にかかりアルが僅かに呻きを上げるが、俺は更に加速しながら呪を編む。
「フングルイ・ムグルゥナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカズゥ・フグルムゥ……イァ・イタクァ!!」
「―――っ!?」
 デモンベインの左手から一斉に放たれる数百万にも及ぶ白銀の閃光。
 思わず目を見張ったアルの目の前で、その閃光がガタノトーアの触手を次々と貫き、粉砕していく。
 だが、粉砕した直後に新たな触手が現れ、また粉砕。
 そのいたちごっこを繰り返し……
 やがて、閃光が収まった時には砕け散った触手の破片を散らばらせながら、ガタノトーアは全く無傷で其処に在った。

「………な、なんつー再生能力だよ……っ!?」
「っ!? 避けろ、九郎!!」
 嫌な予感がしてシャンタクを全力起動させるのと、同時にアルが叫ぶ。
 間一髪の所でデモンベインの足をかすめて閃光が地面を吹き飛ばした。
 結界の中でこの威力……
 もし、結界の外でこんな攻撃をされていたらと思うと、ゾッとする。

 更に次々と襲い来る閃光。
 俺達もシャンタクをフル稼働させて避け続けているが、このままじゃ埒が明かない。
 それに……

「く………ぅぅっ!? く、九郎……結界が……もたぬ……!!」
 かわし続けている攻撃は結界へと衝撃を与え、そのあまりの威力に最早崩壊寸前にまで追い込まれていた。
「くそっ! ぜりゃぁぁぁああああっ!! アトランティス・ストライィィィィク!!」
 目の前に襲い来る触手を粉砕するものの、やはりすぐに再生。
「クトゥグァ! イタクァ!! 神獣形態!!」

 二挺の魔銃による神獣弾の攻撃も……

「駄目だ! いくら破壊してもすぐに再生する!! 本体を絶たねばキリがないぞ、九郎!」
「だったら、本体を叩くまでだっ!! ロイガー! ツァール!!」
「九郎、何を!?」
「邪魔な触手を……ぶった切れ!!」
 言の葉に魔力を込めて組み合わせた二刀を投擲。
 それはガタノトーアの周囲を飛び回りながら、再生を続ける触手を切り裂き続ける。
「もう一丁!! バルザイの偃月刀、ミラーコーティング! いっけぇぇぇぇぇっ!!」
 旋回しながら偃月刀も触手を攻撃。
 次の瞬間、ロイガーとツァールが触手に弾かれて遠くへと飛ばされてしまうが、俺は更に攻撃を畳み掛けた。
「ニトクリスの鏡!!」
 ガタノトーアの周囲を取り囲むようにして展開するニトクリスの鏡。
 そこへ……
「これでどうだぁぁっ!! フングルイ・ムグルゥナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカズゥ・フグルムゥ……イァ・イタクァ!!」
 一斉に放つ数百万の閃光。
 それがニトクリスの鏡やミラーコーティングしたバルザイの偃月刀に反射し拡散してガタノトーアを貫いていく。

「ををぅ……なんと……」
 あまりに凄まじい攻撃に目を見張るアル。
「再生能力がとんでもないって言うんなら、その再生が追いつかないレベルの攻撃を食らわせてやるだけの事さ。一気に決めるぞ、アル! ヒラニプラ・システム、アクセス!!」
「ナアカル・コード確認! 術式解凍!! やれ、九郎!!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!! 光差す世界に汝ら暗黒住まう場所無し!!」
「乾かず、飢えず、無に帰れ!!」
 展開する結界。
 発動する術式のエネルギーがニトクリスの鏡と偃月刀を弾き飛ばしたガタノトーアの動きを封じ……
 炸裂する。

「レムリアァァァァッ・インパクトォォォォォォォォッ!!」
 触手を失い、剥き出しになった本体へと叩き込まれるデモンベインの右手。
 そして……

「昇――っ!?」
 凄まじい衝撃と共に、デモンベインは粉砕された結界もろとも弾き飛ばされ、覇道邸の端へと叩きつけられた。
 その全身を、瞬く間に再生した無数の触手に貫かれて……

「が……はっ……」
 デモンベインのコクピットの中……
 俺の口から溢れる、鮮血……
 魔術は破られるとその魔力が術者に逆流する事がある。
 そして今、俺達は逆流した昇華呪法の魔力によって、酷いダメージを受けてしまっていた。
「ア…ル………無事……か……?」
「ば…かな……レムリア・インパクトの結界が……破られるなどと……」
 そう呟いたアルは額から一筋の血を流し、そのまま意識を失ってしまう。

 先程の衝撃で多次元呪法結界も完全に崩壊し、今、ガタノトーアはその異形をアーカムシティに……いや……
「……どうやら……向こうもただじゃ……済まなかったみたいだな……」
 目の前の空間……つい先程まで結界を展開していた場所には何も無くなっていた。
 そして遥かに上空から感じるガタノトーアの神気。

 どうやら、あの瞬間に起こった術式の崩壊によって向こうはアーカムシティ上空を突き抜け宇宙空間に強制転移したようだ。
 しかし、向こうはまたすぐに攻撃できる状態なのに対して、こっちは……

「ヒデェ……有様だな……デモンベインは……シャンタクも脚部シールドも……駄目か……アルも気絶しちまってるし……くっ……このままじゃ……」
 全身を走る痛みは半端なものじゃない。
 少しでも気を抜けば、確実に意識を奪うだろう。
 だがその瞬間には、このアーカムシティが……いや、地球そのものが宇宙から消滅してしまう事になる。

「今は……気絶してる暇なんて……無い……くっ!」
 全身から流れ落ちる鮮血。
 それと共に身体から命が失われていくのが嫌になる位に判ってしまう。

 その時だった。

 モニターの片隅に見えた人影に目を向けると、そこには泣きながらこちらへと走ってくるリルの姿が。
 後を追うようにして姫さんや隼人達もこちらへと向かってきている。

 やがてデモンベインのコクピット前へと辿り着いたリル達の呼ぶ声に、途切れかけた意識が再び蘇ってきた。
「パパっ! ママぁっ!!」
「九郎さん! アル! 返事をして下さい!!」
「リル…姫さん……ま、待ってろ……今、開ける……から……」
 
 痛む身体に鞭打ってハッチを空ける。
 と同時に、リルと姫さんが中に飛び込んできた。
 入ってくるなり、姫さんはあまりの惨状に目を見開き、リルは泣きながらアルに抱きついて何度も呼びかける。

「ママ! ママぁっ!!」
「う……く…ぅ……」
 その声が聞こえたのだろう。僅かに呻いてアルの瞳が開かれた。

「リル……妾は……気を失っておった……のか……?」
「ママぁぁっ!!」
「お、おお? リ、リル……?」
 泣きじゃくりながら抱きついてくるリルの様子に戸惑うアルだったが、俺の姿を見るや大慌てで立ち上がろうとして……痛みでその場にくずおれた。
「アル!!」
「う……ぐ……っ、く、九郎……その傷……」
 その言葉に現状を思い出したのか、姫さんが悲鳴を上げて俺の側に駆け寄る。
「九郎さん! しっかり! しっかりしてください!! ああ……なんて酷い……こんなに血が……血が………」
「姫…さん……」
「お願いです! 死なないで……死なないでください!! 私は……貴方を失ってしまったら……」
「し、死にゃ…しないって…とりあえず、落ち着いてくれよ…姫さん……アルも…無理するな……俺なら、大丈夫だから……」

 既にデュアル・マギウス・スタイルは解除されていた。
 限界を超えたダメージに、術式が耐えられなくなってしまったのが原因だ。

「クトゥグァ、イタクァ、居るか……?」
「ここにいる」
「父上をこれ程までに傷つけるとは……無事か?」
「無事とは……言い難いな……二人とも、まだ魔力は残ってるか? 残ってたら悪ィけど、俺達に分けてくれ……」
「それは構わぬが……その身体で、まだ戦うと言うのか?」
「ああ…このままほっとくのは……後味悪ィからな…」
「……全く、父上の性格にも困ったものだ……これ程に心配する者達が居ると言うのに、後味悪いという言葉だけですぐに無茶をする……少しは我等の気持ちも考えて欲しいのだがな……」
 そう言って苦笑するクトゥグァに俺も頬を掻いて苦笑する。
「悪ィな……頼む」
「……承知した。イタクァ、汝も力を」
「ああ、判っている」
 呟くように言って、二人は俺とアル、そしてリルへと魔力を分け与えてくれた。
 その魔力を使い、俺達は再びデュアル・マギウスへと姿を変える。
 同時に魔力によって全身の傷を癒す。

 と、その時だった。
「そんな傷で、一体何が出来るって言うんだ……」
 姫さん達の背後から聞こえてきた声。
 血に塗れた俺達の姿に立ち尽していた隼人は、そう言うと辺りに飛び散るその惨状に唇を噛み締める。
 クトゥグァ達から分けて貰った魔力のお陰で傷がかなり癒えたとは言え、溢れ出した血の海がコクピットの中に広がっている事は隠しようも無い。

「魔力でいくら治療したって言っても、それだけの怪我をして、戦える訳が無いじゃないか!」
 震える声。
 俺達の負った傷を見て、ガタノトーアの強大さを思い知ったのだろう。
「あんな……あんな奴を相手に、人間が何を出来るって言うんだ!!」
「……ならば、諦めるのか?」
「―――っ!?」
 隼人にも判っているんだ。
 俺達が諦めてしまったら、待っているのはこの街が…この国が…いや、この世界そのものが死に絶えるって事を。
「諦める訳にはいかぬのだ。勝ち目の無い相手だろうが、なんだろうがな」
「アル・アジフ……だけどこのままじゃ……」
「汝が九郎に及ばぬのはそう言う所だな」
「えっ……」
「九郎ならば、例え己が死に瀕しても決して諦めるなどと言わぬ。何しろ、自らの命を失う事よりも後味の悪い状況に甘んじる事の方が嫌だと言うような男なのだから」
 そう言うと、アルは少し辛そうな表情で俺を見つめてくる。
「なら…アル・アジフ! あんたは大十字九郎がどうなっても良いと思っ――」

「妾とて九郎の身を案じぬものか!!」

 一喝するその言葉に思わず後ずさる隼人。
「誰が好き好んで愛する者を死地に追いやりたいなどと思うものか……だが…九郎はそういう男なのだ……」
「でも……だからって……」
「妾はそんな九郎を誰よりも…何よりも愛している。そして…九郎が望む道を未来永劫共に歩む。それが妾の望みであり願い。汝にはまだ判らぬかも知れぬがな……」
 そう言って微笑むアルに隼人は戸惑った様子で視線を逸らした。

「アル、リル、そろそろ行くとするか」
「そうだな。ガタノトーアがどの辺りまで飛ばされたかは判らぬが、彼奴の攻撃力とその範囲を鑑みれば、あまり時間は無い筈だ」
「お姉ちゃん達は離れててね。リルも頑張る!」
 俺達が言うと、姫さん達は心配そうにしながらもデモンベインの中から出て行く。
 そして隼人がその後に続こうとした時だ。

「あ、お兄ちゃん」
「えっ……?」
「大好きな人護るのに、理由なんて要らないんだよ♪」
 唐突に呼び止め、微笑みながらそう言ったリルに戸惑った表情の隼人。
「リル・アジフ……」
「お兄ちゃんの事は、パパとママとリルが護るから、お兄ちゃんはお姉ちゃん達を護ってね♪」
「あ、ああ。君も……気をつけて……」
「うんっ♪ じゃあ…元気と勇気の出るおまじない♪」

 ちゅっ……

「――――――っ!?」
 頬に触れる柔らかい感触に隼人の顔は耳まで真っ赤に染まった。
 何かを言おうとするものの、うまく言葉にならない。
「えへへ……じゃ、行ってくるね、お兄ちゃん」
 隼人をコクピットから押し出すと、こちらも頬を赤らめてそう言うリルの目の前で、ゆっくりとハッチが閉まる。
 3人だけになったコクピットの中は、何となく微妙な沈黙が支配していた。
「あ―――んん、なんと言うか……娘の成長を喜ぶべきか、寂しがるべきか……」
「親としては……少々複雑な気分では……あるな……」
「え、えへへ……」
「まあ……今はそれは良い……とにかくデモンベインの回復を急がねば……」

 ガタノトーアの攻撃によって、デモンベインの装甲はボロボロに砕かれ、内部の機関を曝け出していた。
 いたる所が爆ぜていて、紫電が散っている。
 中枢がやられてないから致命傷ではないが損傷はかなりのものだ。

「王冠、叡智、理解、慈悲、苛烈、美、勝利、栄光、基盤、王国……巡れ巡れ生命の樹(セフィロト)を巡れ」
 アルの編み上げる術式がデモンベインの全身へと魔力を巡らせ、破損箇所が自己修復を始め、装甲を復元していく。
 ものの数分で、デモンベインは完全な姿を取り戻して大地に立ち上がった。

「先程は結界の維持に力を使いすぎて不覚を取ったが、今度は護る対象の少ない宇宙空間。我等の本領を彼奴に見せ付けてやろうぞ、九郎!」
「応よ!」
「リルも頑張る!」
 俺達の声に応えるように、獅子の心臓(コル・レオニス)が膨大な魔力を汲み上げていく。
「「「凍てつく荒野より翔び立つ翼を我に! シャンタク!!」」」
 大いなる魔力の光を放ちながら、デモンベインは天に向かって飛翔する。
 着かなかった決着を、かつて友と共に戦ったあの暗黒に満ちた空で着ける為に。





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