斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大騒動』
by Sin


第6話

 今にもアルの魔力が放たれようとした瞬間……。
「ママ、やめてぇぇぇっ!!」
 リルの叫びがアルの魂すらも揺さぶる。
 翳された手が震え、集められた魔力が霧散した。
「アル……!?」
「ママぁっ!!」
「く……うぁ……ぁあ………九…郎……」
 その時、意思の光を完全に失っていたアルの瞳に僅かな揺らぎが。
 ゆっくりと流れ落ちる涙。
「バ、バカな! 死霊秘法の意思は完全に奪い去ったはず……ちぃっ、やれ! 大十字を殺せっ!!」
「う……く……ああっ!!」
 必死にレイリーの言葉に逆らおうとするアル。
 だがその瞬間、アルの胸に浮かび上がった邪悪な紋章が蠢いて侵食する。
 それでも何とかしてその呪縛から逃れようと苦しみもがくアルの様子に、俺の中で何かが音を立てて切れた。
「殺れ! この私の命令が聞けんと言うのか!!」
「……レイリー、もうそれ以上口を開くな」
 そう言うと俺はゆっくりとアルに向かって歩き出す。
「き、貴様……」
「アル、すまない。俺が遅くなったばかりにお前をこんなにも苦しませてしまった……」
 歩み寄る俺の身体をアルから溢れた魔力の一部が引き裂き、打ち砕く。
 頬が切れ、腕や足からも大量に血が溢れた。
「今……助けてやる……」
「殺れ! 殺らないか、死霊秘法!!」
 半狂乱になって叫ぶレイリー。だが、俺は歩みを止めない。
 どれほどに傷ついても血反吐を吐こうとも……。

 その時だ。

「九郎さん!」
「大十字くん!!」
 突然、姫さんと柘植の声が背後からかけられた。
 だが、俺はそちらに振り返る事もせずにアルに向かって足を進める。
「どうなってるの!? なんでアルちゃんが!?」
「アル・アジフ! 一体どういうつもりです!」
 戸惑ったような柘植の言葉に続いて、姫さんもアルに問いかけるがやはり無反応。
「答えなさい、アル・アジフ!」
「姫さん……。今のアルには答える事が出来ないんだ…」
「ど、どういうことですの?」
 俺の言葉に姫さんは戸惑いを隠せない。
「あいつに…操られちまってるんだ……」
 歯噛みして呟く俺。
 その言葉に姫さん達は息を呑む。
「そんな……アル・アジフ! 貴方の九郎さんへの想いは、そんな簡単に操られてしまうようなものだったのですか!? お願いだから、目を覚まして!!」
「アルちゃん!! しっかりして、お願い!!」
 姫さんと柘植の必死の願い。
 その声に再びアルの瞳が揺らぎ、俺への魔力放射が弱まる。
「俺達の声、聞こえてるのか……? それなら…いいか、アル。俺を信じろ!! 今から何があってもお前を助けてやる! だから…何があっても俺を信じろ! 理屈なんてどうでもいい。とにかく無条件に俺を信じろ!!」
 そう言い放って、俺はアルに向かって走り出す。
「………九……郎……」
 微かに聞こえたアルの呟き。
 そして、頬に零れた一滴の涙……それだけで、俺を動かすには十分すぎる。
「九郎さん!?」
「大十字くん、危ない!!」
 姫さんと柘植の悲鳴が一瞬聞こえた気がしたが、構わない。
 アルから放たれた魔力で俺の身体はすでに大量に出血している。
 今も頬や手足が切り裂かれて辺りに鮮血を散らし続けているから、出血量は相当なものだ。
 クトゥグァ召還で一度大量出血しているから、この出血は正直かなりまずい。
 意識も少し朦朧としてきたが、今…気を失うわけには行かない……もう一度唇を噛み切って意識を保つ。
 どんなに傷ついても足を止めない俺に、レイリーは……。
「な、何をしている、死霊秘法! 大十字を近づけるな!!」
 そう、喚き立てる。
 その声に再びアルの周りへと魔力が集まっていく。
 だが、それが解き放たれるよりも俺の方が早かった。
「アル!!」
 何とかアルの側に辿り着いた俺は、しっかりとその身体を抱きしめて耳元で名を呼ぶ。
 その瞬間、アルの周りに集まっていた魔力は瞬く間に霧散し、身体から力が抜けた。
「もう……大丈夫だ。俺がついているからな…」
 ぐったりとした身体を力強く抱きしめて、俺は耳元で囁く。
 うっすらと開かれた瞳に溢れる涙が、一滴、頬に零れ落ちた。
「九郎……」
 弱々しい声で涙ながらに呟くアル。
 そっと涙を拭って、俺は唇を重ねた……。

 未だ放たれ続ける魔力が俺の身体を傷つけていくが、そんな痛みなど気にもならない。
 今はただ、アルを助ける……それだけだ。
「アクセス……」
 重ね合わせた唇の中でそっと術を紡ぐ。
 アルの内側。その全てを構成する記述全てに意識を巡らせ、呪いに侵された部分を正しい形へと戻していく。
「ん…っ……」
 微かに吐息を漏らしてアルは身体を震わせる。
 それと共に胸に浮かんでいた邪悪な紋章は少しずつ消え、それに伴うように魔力の放出も緩やかになっていき、やがて紋章が完全に消え去ると同時に魔力も通常の状態に落ち着いた。
「ば、馬鹿なっ! 神から頂いた宝玉の力が失われただと!?」
 驚愕するレイリーの声を尻目に、俺はそっとアルの胸に手を当ててその内側を侵食している宝玉へと強制介入する。
「ぐぁぁっ!!」
 身を引き裂かれるような痛みが宝玉にアクセスすると共に全身を襲う。
「い、今だ! 今なら大十字は動けん! 殺せ! 殺してしまえぇぇぇっ!!」
 レイリーの言葉に、数人のフード連中が襲い掛かってくる。
 普段ならなんてことない相手だが、今は駄目だ。
 たとえ殺されても、今動く事は出来ない。
 だが、その時だ。

「させませんっ!!」
 その声と共に俺達に襲いかかろうとしていたフード連中の数人が何かで殴り倒された。
 突然の出来事に奴等の足が止まる。
 どうやら姫さんが助けてくれたらしい。
 転がっていた木材を手に、俺達を守るように構えてフード連中と相対している。
「貴方達に、これ以上九郎さんを傷つけさせはしない! 九郎さんが愛するアル・アジフの為に命を賭けると言うなら、私も九郎さんの為に命を賭けます!!」
「小娘がぁぁっ、構わん、まとめて殺ってしまえぇぇっ!!」
 再び遅い来る奴等に姫さんは恐怖に震えながらも唇を噛み締めて立ち向かう。
 だが、多勢に無勢。
 防ぎきれなかった奴等が俺達を……しかし、再び俺達を守る影が。
「せいやあああああああああっ!!」
 襲ってきた一人をそのまま投げ飛ばす柘植。
「私だって、大十字君が傷つけられるのを黙って見てる事なんて出来ないわ!」
 驚いたように見つめる姫さんに柘植は……。
「あ、こう見えて私、合気道六段だから」
 そう言って笑った。
 姫さんと柘植のコンビは即席ながらなかなか強い。
 俺達に襲い掛かった連中は尽く2人に返り討ちにされている。
 
「レイリー教授! こんな事をして恥ずかしいと思わないんですか!! 仮にも教師だったんでしょう!?」
「ククク、私は何も恥じる事などしてはいない。本来動き回るはずのない魔導書がたまたま人の形を取って動いていただけの事だ。それをまともな状態に戻してやろうとしているだけの事。感謝こそされ、恥じるなどありえんわ」
 柘植の言葉に馬鹿にしたような表情で答えるレイリー。
 その言葉を聞いて、柘植は怒りに身体を震わせる。
「なんて……人なの!!」
「腐りきってますわね……許せませんわ!」
 姫さんも完全に怒り心頭のようで、襲ってきた奴を木材で殴り倒した。
 だが、やがてまともに立っている人数が少なくなってくると、自分の不利を感じたのかレイリーは……。

「こうなればその写本を!」
 以前と同じように隠し持っていたナイフを振りかざし、リルへと襲い掛かろうとする。
「ま、待ちなさいっ!!」
 思わず上がる姫さんの悲鳴。
 しかし、レイリーの目論見は達成されなかった。
 突然、飛び込んできた影にレイリーは大きく蹴り飛ばされる。
 姫さん達が思わず注目したそこには……。
「すまない、遅くなった!」
 全力で走ってきたのか、少し息の切れた様子のレアンの姿があった。

「き、貴様ぁっ! この、この私を足蹴にするとは、どういうつもりだ!!」
「どういうつもりも何もあるか。大体、子供を人質にとって女の子を脅迫するような奴に足蹴程度なら軽すぎるくらいだ!」
「言わせておけばぁぁっ!!」
 怒った様子で編み上げる魔術。
 確かに以前とは比べ物にならない位、魔力が上がっている。
 まるで別人だ。
 だが……レアンは元々才能がある上、この数ヶ月、俺とアルで徹底的に教え込んだから生半可な魔術師では太刀打ち出来ない位に成長している。
 今も、レイリーが放った炎をそのまま蹴り飛ばした。
 魔術防御に関しては特に秀でた才能を見せるレアンにとって、この程度の魔術など蚊に刺された程にも感じない。
 これは完全にレアンの天性の才能だ。
 俺にだってここまで完璧な魔術防御を魔導書なしでできるかどうか。
「な――――っ!?」
「教授。あんたのやり方は俺、前からメチャクチャ腹が立ってたんだよな。才能がある奴は目の敵にして、自分を否定されたらすぐにキレる……。教師失格だと思ってたよ」
「なんだと!!」
「そして今回のこれだ。テメェ、それでも人間かよ。九郎がやるまでもない…この俺が引導を渡してやる!」
 そう言ってレイリーに向かって構えるレアン。
 マーシャルアーツを基本とした自己流の体術だが、格闘大会で優勝経験もあるから、その実力もかなりのものだ。
 今も襲い掛かってきたフード連中を3人まとめて蹴り倒している。

「自分でかかってきたらどうだ、レイリー教授! いや、もう教授じゃないか」
「く、くっ……ク……ククク……クカカカ…ヒャハハハハハハハ! 面白い事を言うな、だが、貴様如きがこの私に敵うと思ったか? この……神に選ばれし私になぁぁっ!!」
 狂ったような笑いが辺りにこだまする。
 そして……姫さん達はその光景に言葉を失った。

「なん……だと!?」
 息を呑むレアン。
 その目の前ではレイリーの身体が人にあらざるものへと変化していく。
 口が耳まで裂け、目は赤黒く輝き、全身が緑がかった色へと染まる。
 そして……。

「ヒ、ヒハハ、ヒャハ、ヒャハハハハハハハハハハ!!」
 怪異へと姿を変えたレイリーの狂笑が辺りに響き渡った……。


「―――――――――――っ!?」
 あまりにおぞましいレイリーの姿に、姫さんは声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ち、柘植は唇を戦慄かせて身動きひとつできぬままその姿から目を離す事も出来ずにいた。
 そしてレアンは間合いを計りながらレイリーの隙を窺っていたが、どうする事も出来ずに膠着状態が続いている。
「クククク……どうだ、素晴らしいだろう? これこそ神が私に与えたもうた偉大なる力!」
「な、何が神だ……その姿、完璧に悪魔そのものじゃないか!」
 動揺を隠せない震える声で言い放つレアンに、レイリーは狂笑を上げるながら襲い掛かってきた。
「ちぃっ!! せいっ、せやぁぁっ!!」
 続けざまの攻撃。
 だが、怪異と化したレイリーの動きはすでに人間のものではなく……。
 逆に蹴り足を掴まれて持ち上げられるとそのまま床に叩きつけられる。
「か…はっ……!!」
 あまりの衝撃に一瞬息が止まるレアン。
 その強烈な痛みに意識が飛びかけるが、何とか転がって追撃を逃れた。
 しかし、もはや戦闘不能になっているのは間違いない。
 立ち上がろうとするが、ガクガクと足が震えて立ち上がることすらままならないのだから。

「ククク……覇道………まだまだガキだが…なかなかにいい女だ……ヒヒ……ククク……ヒャハハハハ!」
 すでにレアンが何も出来なくなった事を知って、レイリーは次の標的を姫さんに定めた。
 その欲望に彩られた邪悪な瞳に睨まれて、姫さんは身動きひとつできず震えている。
「覇道さん、逃げてぇっ!!」
 柘植が必死の思いで叫ぶが、こちらも足が震えてその場から動けずにいる。
 まさに絶体絶命。
 近づいてくるレイリーの姿を瞳に映して、姫さんは……。

「九郎さんっ!!」

 叫んで強く目を閉じる。
 唇を噛んでその時が来るのを待つ姫さんだったが……その時は一向に訪れなかった。
 恐る恐る目を開ける姫さん。その瞳に写ったのは……。
「グ……ガァ……」
 のけぞり倒れるレイリーの姿。
 その額には、あのアルに埋め込まれていた宝玉が。
「あ、あれは……?」
 ちょうどこの直前、摘出に成功した宝玉に魔力を目一杯込めてレイリーに投げつけたんだが、どうやらうまくいったようだ。それと引き換えに、俺の右腕は限界を超えてへし折れてしまったが……。
「何とか……間に合ったな……」
 背後からの声に身体を震えさせながらゆっくりと振り返る姫さん。
 その視線が気絶したままのアルを抱きかかえている俺の姿を捉えた。

「く………九郎さんっ!?」
 恐怖に染まっていた姫さんの瞳が喜びの色に満ちる。
 だが、それもつかの間。俺達の足元に広がる膨大な出血量に顔色を変えた。
「九郎さんっ、血、血が! 血がぁっ!!」
「へへ……出血大サービスには……ちょっとばかり出しすぎちまったかな……」
 アルを呪いから解放する為に受けた傷は半端じゃない。
 今、アルを抱きかかえているのと逆の手は完全に骨折しているし、アバラも何本か逝ってる。
 目も片方は殆ど見えない。どうなっているのか見たくない気分だな。
 泣きそうになりながら俺を見つめている姫さん。
「大十字くん……っ」
 柘植も震えながら俺を見つめ、涙を零した。
 腕の中に抱きしめたアルの白い服が、俺の血で赤く染まっていく。

「パパ! ママ!!」
 その時、俺達の所にリルが泣きながら走ってきて抱きついた。
「ぅあっ! リ、リル!? どうして……」
 ぶつかってくる衝撃に全身の骨がきしみ、思わずうめき声を上げそうになったが、必死に堪える。
「ぐすっ……レアンお兄ちゃんが出してくれた…」
「レアンが!?」
 驚いて檻のあった辺りを見ると、レアンが壁際にもたれかかるようにして座り込んでいる。
 俺と視線が合うと、軽く口元を緩めてサムズアップして見せた。
 立ち上がるのも辛そうなのに、必死に魔力結界のかかった檻を開けてリルを助けてくれたんだな……。
「そうか……」
 呟いて心底感謝する。
「リル、怪我はないか?」
「うん、大丈夫……でも、パパとママが……」
「大丈夫だよ、リル。アルは気を失ってるだけだから」
「パパは……? こんなにいっぱい血が出て……痛くないの?」
 瞳を涙で潤ませてそう言うリルに俺は苦笑しながら答えてやった。
「大した事ないさ。リルやアルを傷つけられる痛みに比べたら、こんなのなんでもない」
「ぐす……っ……パパぁ……」
 泣きじゃくりながら俺に縋り付くリル。
 軽くコツンと頭をくっつけてやると、少し驚いたようで目を丸くしたが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。
 だが……。

「ク……クク……クククク……やってくれたな……大十字!」
「やっぱり、あの程度じゃくたばらねぇか……お前の頭をぶっ飛ばしてやるつもりで投げたんだけどな……」
 忌々しい思いで奴の姿を見つめる。
 どうやら宝玉でのダメージは殆ど無いみたいだ。
 しばらく大人しかったのは頭を直撃したから一時的に意識がぶっ飛んだだけらしい。
 こっちは殆ど身動きできる状態じゃない……くっ……。
「まさか神より授かったこの宝玉の力を無効化するとは……だが、その見返りに貴様はもはや動く事も出来まい! ククク……ヒャハハハハハハ!! 勝ちだ! この私の勝ちなのだよ、大十字! これで判っただろう! 最強と言われる死霊秘法のマスターとして最も相応しいのは私だ。この私こそ、真のマスター・オブ・ネクロノミコンなのだ!!」
 レイリーの狂ったような声が辺りに響き渡る。
 奴の言葉を認める事は出来ない。だが、現実に俺の身体がすでに限界を超えているのは確かだ。
 今のままでは死を待つ以外の事が出来るはずも無い。

「あの時はよくもやってくれたものだ。存分に礼をさせてもらうとしようかぁぁぁぁっ!!」
 一気に襲い掛かってくるレイリー。
 俺は動けないしアルも意識を失ったまま。姫さん達も動く事は叶わない。
 一番元気なのはリルだけど、リルにこんな奴の相手をさせるわけには……。
 そう思った瞬間……。
「パパとママをいじめちゃだめぇぇぇっ!!」
 爆発するかのような凄まじい魔力が俺達とレイリーの間で弾けた。



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