−歌パロShort story−
『ラブストーリーは突然に』
by Sin
「早瀬くん、ほらぁ、早く〜!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、日下さ〜ん」
一緒にこうして遊びに行くようになってどのくらいになるだろう。
「もぉ、『はやせ』なんて名前負けしてるよ〜」
「陸上部のエースと、帰宅部の凡人を一緒にしないでくれよ〜」
彼女は日下 まなみさん。
うちの学校…豊野羽学園高等部の陸上部でキャプテンをしている。
彼女と知り合ったのは、本当に偶然だった。
それは1年前…
いつものように終業と同時に帰ろうとした俺は、たまたま体育館裏に歩いていく日下さんを見かけた。
彼女はうちのアイドル的存在だったから、告白されるなんて殆ど毎日。
またいつものようにふられて終わりだろうな…なんて思いながら、ちょっとした好奇心で見物してみようと後をついていったんだ。そしたら…
「あの、貴方とのお付き合いは、もう3度も断ったはずですけど?」
睨み付けるようにして言う日下さんの視線の先にいたのは、隣のクラスで女子の人気ナンバー1の高遠 晋。まあ、正直俺はこいつの事嫌いなんだけどな。
勉強もスポーツも出来て、オマケにルックスも良い。
性格も悪くないって女子達は言ってるけど、どうだか…
俺は以前、高遠が何人もの女の子と同時に付き合っていたのを見た事がある。
それに、あいつのスケジュール帳には、女の子の名前だらけらしいしな。
しかし…まさかあいつが日下さんまで狙っていたなんて…
「それはちょっとした気の迷いってもんさ。俺以外の男が君のような美しい女性に似合うわけがない。俺だけが君を幸せにしてあげられるんだ」
うげ…聞いてて気持ち悪くなる台詞だな…
「少なくとも、貴方と付き合った方が不幸になるのは目に見えてると思うわ。一体これまで何人の女性に、そうして声をかけてきたの? 私が知らないとでも思ってる?」
きざったらしく迫る高遠に日下さんは凛とした態度を変えないままに言い放った。
こう言う所がかっこいいんだよな。女性に人気が出るわけだ。
「……素直に俺と付き合った方が良いと思うけどな」
「キザに決められなかったら、今度は脅し? ホント、わかりやすいくらいの最低男ね」
「なっ……」
「はっきり言ってあげる。私は貴方の事が大嫌いなの。今日だって後輩の女の子を口説き落として私の事を呼びつけるなんて……みんなの前で断られるのが嫌だからって、こんな所で脅し混じりの告白。ううん、こんなの告白でも何でもないわね」
日下さんの言葉に高遠の奴、完全に頭に血が上ってるな…
もしかして…やばい状況か?
「もう、二度と私に近寄らないで。言いたい事はそれだけよ。じゃ、さよなら」
そう言って日下さんが立ち去ろうとしたその時だ。
突然、高遠が日下さんに襲いかかった。
俺もあまりの事に動けない。
「何するのよ! 離して!!」
なんとか振り解こうとする日下さん。だけどあいつだってスポーツ万能って言われるような奴だ。力で叶うわけがない。
無理矢理に押さえ込まれて声が出せないように口を塞がれてる。
「君が悪いんだ…俺の言う事を聞かないから……」
薄気味悪い笑みを浮かべて、高遠が日下さんの唇を奪おうと…
− 頭の中が真っ白になった −
気がついたら、俺は高遠に飛びかかって何度もあいつの顔を殴りつけていた。
何が起こったのか分からない。それは俺だけじゃなく高遠や日下さんも同じだったみたいで、みんな呆然としている。
一番早く正気に戻ったのは日下さんだった。
「は、早瀬くん!? どうして…」
その言葉に、俺が、そして高遠が正気に戻る。
「貴様ぁぁぁぁっ!!」
一気に振り落とされる俺。
今度は逆に高遠が俺を何度も殴りつけてくる。
メチャクチャ痛いし、わけがわからない。
だけど…すぐ側で顔を青ざめさせて見つめている日下さんの姿に、俺は…
「高遠ーーっ! テメエも男なら、汚ねえ真似してんじゃねぇよ!!」
必死に跳ね飛ばしてまた組み敷く。
何度も何度も殴り、殴り返され、2人とも顔の形が完全に変わってしまうくらい殴り合い続けた。
どれ程そうしていただろう…
いつしか俺は高遠を完全に叩きのめしていた。
もちろんこっちだってボロボロだけど…
「……はぁ……はぁ……や、やった……」
空を見上げて、思わずガッツポーズをした俺は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「早瀬くん……」
そんな声と共に、俺の頭がなんだか暖かい物の上に載せられる。
それが日下さんの膝枕だって事に気付いたのは少し経ってからだった。
「く、日下さん!? え、えっと……あの……」
慌ててどけようとする俺を、日下さんはそっと押しとどめて微笑んでくれる。
「どうして…ここに……?」
「あ、い、いや……実は、また日下さんが誰かに告白されるのかと思って…」
「気になって見に来てたの?」
「ああ…まさかこんな事になるなんて思ってなくて…災難…だったな……」
俺がそう言うと、日下さんは俯いて目を閉じた。
頭の下にある日下さんの身体が震えているのが分かる。
「日下……さん?」
「怖かった……あのまま酷いコトされるんじゃないかって…すごく…怖かっ…た…」
震える日下さんの閉ざされた瞼から溢れた涙が、俺の頬で弾けた。
「う…ひっく…ぐすっ……怖かったよぉ……」
耐えることなく溢れる涙。
凛としていたあの姿はもうどこにもなく、恐怖に震える1人の女の子がそこにいた。
「怪我……してないか?」
しばらくして、ようやく泣きやんだ日下さんに声をかける。
「うん…大丈夫…ちょっと擦り剥いただけ…」
「よかった。今怪我したら、来月の競技会に響くもんな」
「……早瀬くん…助けてくれてありがとう……」
「あ、いや……正直俺も何がなんだか……」
「えっ?」
「……その…日下さんが襲われそうになってるの見た時さ、一瞬身体動かなくなっちまって…それで…気がついたらあいつ殴り倒してた…」
「早瀬くん……」
「だからさ…その…助けようとか…あいつやっつけてやろうとか……そんなかっこいいもんじゃないんだ。なんて言うか……その…無我夢中で……」
照れくさくなって頬を掻いて言った俺に、日下さんはクスクス笑うと…
「ありがとう…早瀬くん……」
そう言って微笑んでくれた。
あれからすぐ、日下さんの方から俺を遊びに誘ってくれるようになった。
そう言えば、なんで俺の名前知ってたんだろう。
ふと思って聞いてみたら……
「だって、私の事いっつも見てたでしょ? でも、他の人みたいにいやらしい感じしなかったし、かといって私の前だからってかっこつけるわけでもないし…学校終わったらさっさと帰っちゃうし。あんまりにも他の人と違ってて不思議だったから、貴方と同じクラスの女の子に聞いたの」
「ろくな事言ってないだろ?」
「まあ…ね。『変わり者』って意見が多かったかな?」
「たはは……まあ、確かにそうかもな…」
俺の言葉に、日下さんがクスクス笑う。
なんだかいいな、こういうの。
そんな感じで話すようになって1年…
ずっと友達以上な付き合いできたんだけど…恋人ってわけじゃなかった。
だから未だに名字で呼んでるし…
だけど…
本当はもっと深い付き合いがしたい…
悲しそうな顔をしてる時は抱きしめて慰めてあげたいし…
辛い事だって…みんな受け止めたい…
だから…
今日、俺は初めて日下さんを遊びに誘った。
いつも通りのサイクリングコースを2人乗りの自転車で走る。
そして沢山の花が咲いている所で走り回って…
花や鳥たちと戯れる日下さんの姿に見とれた…
その時、突然降ってきた夕立に俺達は慌てて木陰で雨宿りした。
「あはっ、すごい雨だね〜」
真っ黒になった空を見上げながら言う日下さんの顔はどこか楽しげで…
もしかしたら、今なら言えるんじゃないだろうか…
「日下さん」
「なぁに?」
「あ……えっと…その…」
「なんなの?」
「…い、いや、なんでもない」
「……変な早瀬くん…」
本当は今すぐにも伝えたい。
でも…
何から伝えたらいいのか…わからないまま時間だけが過ぎていく。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「い、いや、なんでもないよ」
「そう?」
そう言って微笑む日下さん。
本当に……自分の勇気の無さが情けない…
考えれば考えるほど…ありふれた言葉ばかりが浮かんでは消えていく。
あまりに日下さんが素敵すぎて…ただ素直に『好きだ』って言葉が言えない…
多分もうすぐ雨も上がってしまう…そしたら……
二度と言う機会を失ってしまうかもしれない…
あの日……あの時…あの場所で日下さんの姿を見かけなかったら…
そして後を追いかけなかったら…
もし……日下さんを助ける事が出来なかったなら…
今の俺達は無かった…いつまでも見知らぬ2人のままだったんだ…
でも……俺達は出会えた。
こうして一緒に遊びに行けるような関係にもなれた。
きっと……大丈夫……
俺達の道は…きっとひとつになっているはずだ。
誰かに甘く誘われても、もう心を揺らして欲しくない。
そう思っていたって、心を縛る事なんて出来はしないだろう。
明日になれば、俺は日下さんを今以上に好きになるだろう。
今、想いを伝える事が出来れば…日下さんとの距離を、もっと近づける事が出来るかもしれない……これまでの思い出が、俺の中で大きく弾ける。
「日下さん!」
「えっ、な、なに?」
「……俺…俺っ!」
日下さんの為の翼になりたい。
いつまでも日下さんを守り続けたい。
日下さんを柔らかく包み込んでいる、あの風になりたい!
「早瀬……くん?」
「俺っ……君の事が……日下さんの事が……」
あの日、あの時、あの場所で……出会えた事は……きっと偶然じゃない……
「日下さんの事が好きだ!」
息を呑む音が聞こえた。
時が止まったかのようにすら感じる。
1秒が長く…いつまでも時計の針が動かないんじゃないかってくらいに…
そして……
「……も…」
僅かに呟かれる声。
「日下……さん?」
拒絶されてしまうのだろうか。不安で……たまらない…
「……私……も…」
はじめ、聞き間違えたのかと思った。
自分でも信じられなかったから……
だけど、そんな俺に日下さんはそっと肩を寄せて、頬を赤らめながら微笑んでくれた。
「好きよ……早瀬くん…」
潤んだ瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
思わず抱きしめた俺にはじめは驚いた様子だったけど、すぐに日下さんも俺の背中に手を回して抱きしめてくれた。
「俺、一生忘れない…この日の事……」
「早瀬くん……」
「君の事、他の誰にも渡さないよ」
「……嬉しい…」
繋がった想いを確かめるように抱きしめ合った俺達…
あの日、あの時、あの場所で、出逢う事がなかったら…
俺達はいつまでも見知らぬ2人のままだった…
でも、出逢えた…
「日下さん…」
「嫌…まなみって呼んで…」
本当は、名前で呼ぶのって照れくさかったけど…
「……まなみ…」
「……孝史…っ…好きよ……大好き!」
しっかりと抱きしめ合う。
二度と離れないように…
雨の上がった空に、7色の架け橋が美しく輝いていた…