― Original Short Story ―
Love Mail
by Sin
――あなたが、好き。
ある日突然届いたメール。
着信時間はPM4:00。
悪戯だろうか? それとも間違い?
少なくとも俺にはこんなメールをくれるような知り合いは居ない。
ただ…何故だろう……
なんとなく気になって俺はこのメールを消せないどころか、しっかり保護までかけてフォルダに保存してしまった。
そして、3日後……
――私は、あなたが好きです。
同じアドレスからのメール。着信時間もまたPM4:00。
返事、送った方が良いんだろうか……
悪戯って事も考えられるし……
迷ったけど、とりあえず今回も保存だけして返事は送らずに済ませる。
そして1週間後……
――私と…逢ってくれますか?
再び送られてきたメール。今度もPM4:00着信だった。
「な、なんだよ、これ…逢ってくれるか…って…一体どこで……」
思わず背筋が寒くなる。
一体誰だ?
このメールを送っているのは、一体誰なんだ?
そして数分後…初めてPM4:00じゃない時間に送られてきたメール。
――もし、逢ってくれるなら、今週の土曜日…PM4:00に、あなたの家から最も近いところにある駅の改札前に来て下さい。きっと、すぐに私に気付いてくれると思います。
「どういう意味だ…? 気付くって……」
不安に思いながらも、何故か惹き付けられるものを感じて、俺は行くことに決めた。
――土曜日。
約束の時間まで後10分。
期待と不安が入り交じって、俺は落ち着かず辺りを見回していた。
と、その時……。
何気なく向けた視線の先で、俺は何故か一点から目を離せなくなった。
周囲には大勢の人がいる。
だが、その一方向だけはまるで誰もがその場を避けようとしているかのように、ぽっかりと無人の空間が出来上がっていた。
その中に立つ一人の少女……。
年は俺と同じくらいだろうか……。
次の瞬間、彼女と俺の視線が重なった。
「―――っ!?」
声が出ない。
まるで金縛りにあったかのようで、指の一本も動かせず、俺はゆっくりと近づいてくる彼女を見つめるしかなかった。
呆然と立ち尽くす俺の側に、彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。
「………嬉しい…来てくれて……」
「……き、君が…あのメールの……」
なんとか絞り出す声に頷く彼女。
普通なら周りから不審に思われそうだけど、周りの人達はまるで俺達が見えていないかのように通り過ぎていく。
しかもこんな人通りの多いところで立ち尽くしているというのに、誰もぶつからない。
「いったい…君は……」
「来て……」
質問さえも許されない。
ただ、彼女の導くままに連れて行かれる俺。
いったい、どこに連れて行かれるんだ……?
ふと気付くと、辺りは暗くなり始めていた。
やがて連れてこられた場所…そこは……。
「病院……?」
呟く俺の言葉に彼女は頷くと、そのままゆっくりと中へと入っていく。
「……私、あなたが好きだった……」
病院の廊下を歩きながら、不意に彼女が話し始める。
「…ずっと…ずっと見てた……」
それにしても……。
何故、過去形で話すんだろう……?
「告白……したかった……」
1つの病室の前に辿り着くと、彼女は足を止めて振り返る。その瞬間、俺は完全に言葉を失った。
涙。
止めどなく、溢れ続ける涙。
「大好き…だったよ……」
「――っ!?」
彼女の姿がうっすらと霞んで……。
「き、消えた……」
呆然と見つめる俺の目の前。
そこにあったのはひとつの病室へ続く扉。
「まさか……な……」
震える指先を押さえながら、ゆっくりと扉を開く。
そこには……。
「な、なんです、貴方は!?」
病室の中にいたのは、夫婦らしき40歳代の男女と俺よりも少し年上の女性。それに、ベッドに眠る……あの少女……
「なんなんだ、君は!? ここはうちの娘の病室だぞ!?」
「……その子に連れられてきました……」
俺の言葉に戸惑う3人。
そりゃそうだろう。俺だって訳が解らない。
「どういう…事だ? 娘は1週間前からずっとこのままだ。君を連れてくることなどできるはずが……」
そう言う父親に向かって、俺は携帯に保存していたメールを見せる。
「このアドレス、覚えがありませんか? 1週間前、俺に送られてきたメールです」
「……な…なんだと…? 馬鹿な! このアドレスは確かに娘の…だ、だが、この着信時間は……」
「彼女は、何故?」
戸惑いながら聞く。
彼女の名前は倉崎仁美。
俺と同い年の16歳で、1週間前に交通事故に遭い、それっきり生死の狭間を彷徨っているらしい。
その事故の時間が…PM4:00だった。
俺と待ち合わせたあの駅前広場。
彼女はあの場所で、暴走運転をしていたバイクに跳ねられた。
「なぜ、仁美があんな場所に居たのか、家族の誰も知らないんです」
そう言って俯く仁美さんの姉らしき人の言葉に、彼女の両親も頷く。
だが、俺にはその時間と場所に覚えがあった。
「彼女、俺に言ったんです。俺の事が好きだった。ずっと見ていた。告白したかった。大好きだったよ……って。彼女が事故に遭ったって言うその時間と場所は、俺がいつも学校から帰ってくる所だから、ひょっとしたら仁美さんは俺が帰ってくるのを待っていて……」
そう考えれば辻褄が合う。
彼女が通学に使う駅はあの駅じゃないらしいし、あの近所に親しい友人がいるわけでもない。
となれば、あと考えられる理由はそれしかないのだから。
「どうして仁美さんが俺のことを知って好きになってくれたのかは判りません。でも…あのメールを貰ったとき、俺は何故かとても気になったんです。自分でも理由は判りません。ただ……」
「ただ……?」
「強く惹かれるような気がして……」
「そう…仁美、良かったわね…貴方が思い続けていた彼が、貴方の事を気にかけてくれたみたい……」
俺の言葉に、彼女の姉らしき女性がそう言って瞳さんの頬に触れたときだった。
「泣い…てる?」
その言葉に部屋中が動揺に包まれる。
「馬鹿な! 何をしても反応が無かった仁美が!?」
彼女の父が焦った様子で彼女の頬に触れ、その指を濡らす感触に驚愕の表情を浮かべた。
「仁美…何を泣いているの? どうして……」
「もしかしたら…彼が…来てくれたから……?」
思わず息を呑む。
意識が無いのに。命すら危うい状況だと言うのに……。
そんな状況の中で、ただ俺が来ただけで…泣いてくれた?
それほどまでに俺を…好きでいてくれのか……?
そんなにも好きでいてくれたから……。
心だけで…会いに来てくれたのか……?
その瞬間、俺の中で何かが大きく膨れ上がり……。
「すみません、少しだけでいいんで、彼女と話をさせて下さい……」
気が付けばそう口にしていた。
しばらく躊躇っていた様子の両親だったが、彼女の姉に促されて頷くと俺の為に場所を開けてくれる。
「そう言えば、まだ名前も聞いてなかったわね? 貴方のお名前は…?」
「木崎漣です。えっと……」
「私は倉崎聡美。仁美の姉よ」
「倉崎聡一郎です。こっちは妻の美紗都……」
「仁美の母です。木崎さん…こんな事がなければ、いつか仁美から紹介されていたかもしれませんね」
そう言って俺の手を握ってくれる美紗都さん。
「お母さんったら、気が早いわよ……」
苦笑しながら、聡美さんは俺を仁美さんのベッドの側へと招いてくれる。
「さ、木崎くん。仁美に話しかけてあげて」
「は、はい」
ベッドの側の椅子に座り、俺は仁美さんに声をかけた。
「始めまして…でいいのかな? こうして顔を合わせるのは初めてだけど…君は、ずっと俺の事…思ってくれていたんだね」
じっと見つめるその横顔は、あのメールで呼び出してきた少女に間違いない。
一体、どれほどの想いで俺を待っていてくれたんだろう……。
それを思うと、胸が痛い。
俺を待ってさえいなければ、こんな事にはならなかったはずなのに……。
「君が、今どんな気持ちで眠っているのかは判らない…でも……」
そっと手を握る。
聡一郎さんは思わず声を漏らしそうになったけど、なんとか堪えたみたいだ。
「駄目だよ…このまま居なくなってしまうなんて…そんなの、ずるいじゃないか。まだ俺、何も返事してないんだよ?」
握る手に少し力が籠もる。
「好きだって言って…そのまま消えてしまうなんて…駄目だ……」
「木崎くん…泣い…て……」
聡美さんが震えるような声で呟く。
「告白だけして…俺の返事も聞かずに、勝手に過去のことなんかにしないでくれよ!!」
ただ眠り続ける仁美さんの姿が悲しくて、知らず涙が溢れてくる。
「好きになるかどうかなんてまだ判らないけど…始まってもいないのに、終わりになんてしないでくれよ、仁美さんっ!!」
その瞬間、俺の涙が握り締めたままの仁美さんの手に零れ落ちた……。
「――っ!?」
思わず息を呑む。
今、確かに……。
「どうした…の、木崎くん?」
「…仁美…さん?」
呼びかけてくる聡美さんの声も聞こえないまま、俺は仁美さんに呼びかける。
さっきのは…気の所為なんかじゃない……。
祈るような気持ちで握り締める彼女の手……。
その手が…そっと、握り返された……。
「仁美さんっ!?」
一気にざわめく病室。
「仁美!?」
「仁美!!」
「仁美ぃっ!!」
ベッドの側に駆け寄り、みんなが彼女の手を握る。
そして……。
ゆっくりと彼女の瞼が…開かれた……。
あれから一週間が過ぎた。
仁美さんはメールの事も、俺に会いに来た事も覚えていないらしい。
でも、やっぱりあの事故の日は俺に告白しようと思って待っていたそうだ。
目覚めてすぐに俺が側にいることに気づいて真っ赤になった彼女の様子に、聡美さんや彼女の両親も涙を流して笑っていた。
そして……。
彼女は俺に一週間後、あの駅前で待っていて欲しいと言うと、耳まで真っ赤になって布団に潜り込んでしまう。
お願いだから、それまではお見舞いにも来ないで…と言った彼女の願いに素直に従って今日まで待っていた。
駅前に辿り着いた俺が時計を見るのと同時に、背後から誰かに肩を叩かれる。
「えっ……?」
思わず振り返ると、目の前にいたのは制服姿の仁美さんだった。
「仁美さん!? もう、身体は大丈夫なのか!?」
「は、はい。木崎さん…あの時は…その…ありがとうございました……」
耳まで真っ赤になって言う彼女の言葉に、こっちが赤くなる。
「い、いや、俺は別に……」
戸惑って口籠もる俺。
「少し…歩きませんか?」
「あ、ああ」
街中を、2人肩を並べて歩く。
すると、辺りから漂ってくるチョコレートの香りに気が付いた。
そういや、今日はバレンタインデーだったな……。
今まで一度も貰った事無かったから、完全に忘れていた。
「今日…バレンタインデーだったんですよね…私、昨日まで入院してたから、何にも用意できなくて…本当は、もっと前に告白してて…もしそれで付き合えたりしてたら初めて恋人に送るチョコになってたのかな…なんて考えてたんですけど…えへへ……」
「仁美さん……」
照れくさそうに微笑む仁美さんの姿に思わず胸が高鳴る。
「木崎さん…一緒に来て欲しいところがあるんです」
彼女の言葉に、思わずデジャブを感じる俺。
「駄目…ですか?」
不安げなその様子に苦笑すると、俺は首を横に振る。
「いや、いいよ。行こう」
「はいっ」
満面の笑顔で答える仁美さんに連れられて、やってきたのは展望台だった。
「うわ…夜景は綺麗だけど、結構風が強いな…仁美さん、大丈夫?」
「はい。あっ!?」
一瞬、彼女の足がふらついてよろめく。
「っと!! だ、大丈夫か!?」
「は、はい、すみま…あっ…」
思わず抱きかかえるようにして支えてしまったから、彼女に急接近してしまう。
すぐ目の前には彼女の戸惑ったような表情。
その瞳に俺の間抜けた顔が映り込んでいる。
しばらくそのまま見詰め合った後、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「…恥ずかしい…です…」
「あ、ご、ごめ…」
慌てて離れようとした俺だったが、その瞬間、彼女の手が俺の胸に縋り付いてくる。
「仁美…さん?」
「…好き…です……」
「えっ……?」
「この場所で…貴方に初めて会って、ずっと素敵な人だなって思って……」
「ひ、仁美…さん……」
頬を染めて告白してくる仁美さんと急接近したまま、俺は離れる事も抱きしめる事も出来ずに戸惑う。
「……事故に遭って…意識の無い間、ずっと不安な気持ちで一杯でした。もう、告白できないんだ…好きだって伝えられないんだって…泣きたくて…泣く事も出来なくて…でも、そんな時でした……」
伏せられていた視線が、しっかりと俺に向けられる。
その瞳は潤んで、今にも泣き出しそうにも見えた。
「真っ暗な闇の中で…貴方の声が聞こえたんです……」
「お、俺の?」
「はい。始まってもいないのに、終わりになんてしないでくれ…って」
言った。確かに俺はそう言った。
あの時の声が聞こえていたのか……。
うぁ…今思い返すと、メチャクチャ恥ずかしい……。
「凄く…嬉しかった……」
そう言うと共に、彼女の手に力が籠もる。
「…こんな形になっちゃいましたけど…木崎さん…」
じっと見つめてくる彼女の瞳はとても真剣で…俺の抱きしめる手にも自然と力が籠もってしまう。
「私、貴方が好きです…大好きです!」
はっきりと言い切った仁美さんの言葉。
彼女との出会いはあまりにも不思議すぎる出来事だった。
もし普通に告白されていたら、今のような気持ちになっただろうか……。
そう思いながら頭を振る。
いや…多分、どんな出会い方をしていたとしても、変わらなかっただろう。
この目の前で恥ずかしさも不安も必死に堪えて、ただ俺の事だけを見つめて告白してくれた彼女の心が、あんな事故1つで変わったもののはずが無い。
「木崎…さん?」
不安げに見つめてくる彼女の身体を、ゆっくりと抱きしめる。
「え? えぇ? あ、あのっ!?」
「…ありがとう」
「ふぇっ!?」
余程驚いたんだろうか…思わず奇声を上げた彼女に苦笑する俺。
「あ、あの…わ、私……」
「ほんとに…俺でいいのかな?」
「えっ?」
戸惑うような彼女の声。
ゆっくりと彼女の身体を離して真正面からその瞳を見つめる。
「俺でよかったら…喜んで」
そう言った俺の顔を呆然と見つめていた彼女の瞳に少しずつ涙が溢れ……。
「嬉…しい……」
呟くと同時に、俺にしっかりと抱き付いてきた。
「大好きです、木崎さんっ!!」
涙を零しながら言った仁美さんの身体を強く抱きしめる。
「漣でいいよ。仁美さん」
「は…はいっ、漣さんっ」
しっかりと抱きしめ合う俺達。
展望台を吹き抜ける風が俺達の間をすり抜けて、彼女の嬉し涙を空に運んで言った……。
その日の夜……。
一通のメールが、俺の携帯を鳴らした。
それは……。
――漣さん…私、貴方の事が大好きです。
あの日と同じアドレスから届いた、彼女からの初めてのメール。
思わず苦笑しながら彼女に返信すると、俺はあの日のメールと同じようにしっかりと保護をかけて保存した。
画面に並んだ5つのメール。
それは俺達の不思議な出会いの証。
あの日のメールに思いを馳せながら、俺はそっと携帯を置いた。