Original Story
『獣神変幻ビーストブラッド〜獣の魂〜』
by Sin
第3話 もう一人のビーストブラッド
あれから散々泣き続け、そのまま泣き疲れて眠ってしまった少女。
離れてくれない彼女の様子に溜息をつきながら、ユウマはその寝顔を見つめた。
あどけなさの残るその表情。まだ、15〜16歳といったところだろうか。
頬に残る涙の跡をユウマがそっと拭うと、少女はくすぐったそうな微笑を浮かべて眠り続けていた。
「もし…俺がビーストブラッドだと知ったら…この子もやっぱり怯えるんだろうな……」
そっと髪に指を通す。
この笑顔を恐怖に変えたくはない。
「明日…この子を安全な所まで送ったら、また一人……だな」
呟き、空を見上げる。
久しく感じることのなかった寂しさ。
抱きついてくる少女の温もりの所為だろう。
心の中で、何か満たされていたものが再び失われるような感覚。
ユウマは心の奥底が冷たく冷え切ってしまうのを食い止めようとするかのように、少女の身体を抱きしめて目を閉じた……。
「ん……ふぁ!?」
翌朝、ユウマよりも早く目を覚ました少女は、彼の腕の中に抱かれていた事を知って顔を真っ赤に染める。
慌てて離れようとしたその時……少女はユウマの頬に微かに流れた涙の跡に気が付いた。
恐る恐るその頬に触れる。
「泣いて……る…の?」
指に付いたその冷たい感触を確かめるように見つめていた少女は、少し躊躇いながらも彼の涙に何か暖かいものを感じでギュッと胸元で抱きしめると、その胸に頬を寄せて再び目を閉じた。
それからしばらくして……。
何かの気配に少女が身を起こすのと同時にユウマが目を覚ました。
「ん…何だ…?」
「……あ…起きた…」
「えっ?」
少女の呟きに思わずユウマが振り返ると、少女は「なんでもない」と言わんばかりにぷるぷると首を横に振る。
その時、再び感じる何かの気配。
「……下がってろ」
そう言って少女を背後にかばうユウマ。
感じる気配は4つ。
少なくとも人間の気配ではない。
四方から取り囲むようにじわじわと近づいてくるそれに、ユウマは木の幹を背に少女をかばいながら相手に死角を作らないように移動する。
やがて、木の影から気配の主が姿を見せた。
それは……。
「女!?」
確実に気配を殺しているその相手が妖艶な姿の女性だと知って驚きを隠せないユウマ。
だが、彼の野生の勘は彼女に対して異常なまでに警戒していた。
そして、周囲から集まってくる残る3つの気配。
姿を見せたそいつらは、昨日の……。
「あの虫人間か!? って事は、あの女もあいつらの仲間!?」
その時、こちらの気配に気づいたのか、女がこっちへと振り返った。
「気づかれた!? おい、逃げるぞ!!」
「えっ、あ、あの、鞄っ!」
「そんなの後だっ!!」
少女の手を引いてそう言いながら走り出そうとしたユウマ。
だが、相手の速度は彼の予想を遥かに上回っていて、すぐさま前に回りこまれてしまう。
「くっ! 囲まれたか!!」
周囲を取り囲むように集まってくる女と虫人間。
「俺達に一体何の用だ!! どんな目的があってこの子を付け狙う!!」
誰が何をしてくるか、わからない。
ユウマはなんとか少女だけでも守ろうと、ゆっくりと虫人間達から距離を取ろうとしたが……。
「逃げられると思っているのかい?」
突然の声に思わず足が止まる。
「おや、随分と格好いい兄さんじゃないの。ほら、そんな小娘じゃ、あんたも満足できないだろう? そいつを渡してくれたら、あたしがあんたを満足させてあ、げ、る……」
恐ろしいほどに艶っぽいその声は、まるで何か怪しい薬でも嗅がされたかのようにユウマの脳を侵していく。
その時だ。
「駄目ぇっ!!」
「―――っ!?」
少女の声が、陥落されかけていたユウマの意識を再び呼び戻した。
とっさに少女を抱きかかえてその場を飛びのくユウマ。
直後、つい先ほどまでユウマ達が居た場所に蜘蛛の巣が降り注ぐ。
間一髪。
腕の中、驚いた様子で目を丸くしている少女に「助かったよ」と笑いかけるユウマ。
その笑顔に、少女の頬が僅かに赤く染まる。
「ちぃっ、小娘がぁっ!!」
怒りに満ちた声で女が叫んだ瞬間だった。
「な、なんだと!?」
「―――っ!?」
驚くユウマ達の目の前で女の背中がバリバリと裂け、巨大な節だらけの足が左右併せて4本突き出す。
「シャァァァァッ!!」
その顔も、最早人間のものではなかった。
無数の複眼によって構成されたその顔はまるで……蜘蛛。
「さっきの蜘蛛の巣はこいつの仕業かっ!! 一体何なんだ、この虫人間はっ!!」
とにかくこの場を逃れようと、ユウマは少女を抱きかかえたまま大きく跳躍。
一足飛びに巨木の上へと登ったかと思うと、そのまま次々と枝を飛び越えて逃げ出す。
「ふぇっ!? あ、あの、あの、あのぉぉっ!!」
「今は少し黙ってろ! 話は後だっ!!」」
ビーストブラッドだということがばれたかもしれない。
その不安を感じながらも、ユウマはとにかくこの場を逃れる事を優先させた。
少女の安全をなんとしても確保しようと。
だが……。
「危ないっ!!」
少女の声に、飛び退くユウマ。しかし一足遅かった。
「痛っ!?」
突然足に感じた痛み。
見ると、ユウマの足には蜘蛛の糸のようなものが何重にも巻きついていた。
その先には先程の蜘蛛女が。
しかも体勢が悪すぎた。
ユウマは少女を抱きかかえたまま、地上へと……。
それでも、なんとか守ろうと少女の身体を抱きしめるユウマ。
次の瞬間。
「ぐっ…かはっ……!」
息が止まるほどの衝撃にユウマは呻いて咳き込んだ。
なんとか命は助かったが、油断できる状態とはとても言えない。
「しっかり! しっかりして!!」
「くっ……き、君は逃げろ……ここは俺が食い止めるからっ」
縋り付いてくる少女をかばいながら虫人間から逃れようとするユウマ。
だが、既に周囲は囲まれている。
逃がそうにもユウマから離れたが最後、確実に少女は虫人間の餌食だ。
このどうしようもない現状を打開する手段があるとすれば、1つだけ……。
だが、それは彼の正体をこの少女に知られてしまうことになる。
「だからって…このまま黙って見てられる訳、ねぇよなぁぁっ!!」
一瞬、ユウマの拳が消えたかと思うと、次の瞬間、虫人間の一匹が大きく弾き飛ばされた。
更に続けざまに囲んでいた全ての虫人間が何かに殴り飛ばされたかのように吹き飛び、木の幹に叩きつけられる。
その中間点に現れたその姿は、銀色に輝く体毛を風になびかせる人狼。
ビーストブラッドの力を解放したユウマの姿だった。
誰もが驚いて言葉を失った中、真っ先に溢れたのは……。
「あ、ああ…ああああっ!」
少女の口から迸る悲鳴…ではなく……。
「ビーストブラッド……本物の…本物のビーストブラッドっ!? 居たんだ…やっぱり居たんだぁぁっ!!」
歓喜に満ちた叫びだった。
「な…っ!?」
この少女の様子はあまりに予想外で思わず目を丸くするユウマ。
「き、貴様も、ビーストブラッドだと!? ば、馬鹿な、我等のデータにないビーストブラッドが存在するというのか!?」
唐突に聞こえてくる声に振り返ると、そこには顔だけ人の形に戻った虫人間の姿が。
「くっ、一匹でも二匹でも大差はないさ! お前達、やれっ!!」
蜘蛛女も顔だけ元に戻してそう喚き散らす。
だが、もはやユウマの敵ではなった。
「ウォォォォォォォォォッ!!」
裂帛の咆哮が森を貫き、銀色の旋風が吹き荒れる。
そして……。
「ギギ…ッ……ギィ…ギィ…ッ……」
纏めて倒れ伏す虫人間。
受けたダメージは大きく、とても立ち上がれるようなものではない。
その時だ。
「――――――――ッ!?」
一斉に虫人間達が悲鳴を上げ始める。
呆然と見つめる俺と少女の目の前で、虫人間の身体はいきなりぼろぼろと崩れ始めた。
「なっ!?」
「ううっ……っ」
あまりにおぞましい光景にユウマは言葉を失い、少女に到っては顔を真っ青にして気持ち悪そうに口元を押さえる。
「オ、オノレ……ジカンガ……ッ……ギャアアアアアアアッ!!」
最後まで残っていた蜘蛛女も、その蜘蛛の足が全て砂のようになって崩れ落ち、全身も悲鳴と共に崩れ落ちた。
「あ…ああっ……」
呆然と見つめる少女。
消えた虫人間の跡に残されたのは、その身体と同量の灰の様な物だけ……。
「…一体…どうなってんだ…」
元の姿に戻ったユウマが呟いた瞬間、呆然としていた少女が慌てて振り返る。
その瞳には、やはり恐怖はない。
こんな表情を向けられた事など初めてで、ユウマは戸惑いを隠せずにいた。
「ばれちまった…な」
「あ、貴方は…ビーストブラッド……なの?」
震える唇で訊いてくる少女に、苦笑しながらも頷くユウマ。
「……怯えないでくれよ…何もしやしないから。とりあえず安全な所まで送るから…そしたら……」
そこまで言った瞬間だった。
「――っ!?」
唐突に抱きついてくる少女にユウマは大慌て。
「ちょっ…ちょっと!」
「ビーストブラッドだ! ホントに、ホントに居たんだ!!」
「おい、ちょっ……」
「ぐすっ、ひっく、わあぁぁぁぁぁん!!」
更にいきなり大声で泣き出されて、ユウマの困惑の度は深まっていくばかり。
と、その時。
ユウマは不意に奇妙なものに気が付いた。
少女の頭の上にぴょこりと飛び出た2つの三角。
そして、スカートの下で忙しくパタパタと揺れ動くもの。
「………なっ!?」
思わず目を疑った。
だが、それは現実で……。
「お、おい、それっ…き、君は、一体!?」
叫んだユウマの様子に少女は少しきょとんとして、すぐに何を見られたのかに気づくと顔を真っ赤に染めて微笑み、一度大きく深呼吸するとユウマに向かって深々と頭を下げた。
「助けてくれて、本当にありがとう!! 私、ミーシャっていいます! 貴方と同じ…ビーストブラッドなんですっ!!」
「――っ!?」
驚きに頭の中が真っ白になりながら、ユウマは少女『ミーシャ』を呆然と見つめることしかできなかった……。