Short Short 劇場
≪梁 明≫様 Ver.
第20幕
『月影』 オリジナルShortShort
東の空に、中秋の名月が浮かんでいる。
その光は冴え冴えと冷たく、曇りガラスの如き空気の澱みを打ち砕いて地上に降り注ぐ。
光に魅せられた虫達は、求愛の音を奏でることすら忘れているらしい。
静寂。
清冽。
そして、荘厳。
星の光は満天と言うに相応しいほど降り注ぎ、それを遮るのは皮肉なことに月光と、わずかに漂う雲のみである。
私は部屋の灯かりを落とし、浴衣姿で縁側にかけている。清浄な空気を吸い、夜空を見上げてはその美しさに溜息を吐く。
市街地から幾ばくか離れた山間の温泉宿は、私のお気に入りだ。十年前から毎年、今の時期に通っているが、やはり同じように感歎の溜息を漏らす。
傍らには徳利が三本。手酌で杯に注いでは月を映す。手の中の月は影。月の姿を真似ただけの影だ。
空の月と杯の月を見比べ、それを肴に手の中の月を飲み干す。
――うまい。
同じ銘柄で注文をするから、味は変わらずに美味かった。だが、感じ方が変わっていた。
哀しい。
どうしようもないくらいに哀しく寂しいのだ。
理由は解っている。
君がいないからだ。
肌寒く感じられた山の空気でも、君が寄り添っていた頃はほのかな暖かみがあった。
「こうすると、月を呑んでるみたいだろう?」
「そんな風流じゃまだまだね。どうせなら月を掴んでみせてよ」
そう言いながら、互いに差しつ差されつ、秋の夜長を楽しんだものだ。
だが、その相手がいない。病で遠くへと逝ってしまった。
床に伏せる君に何もしてやれない事が歯がゆく、苦しみを和らげることすら叶わない事に悔し涙を流した日々。
そんな生活に最後の刻が訪れたのが半年前のことだった。
君は笑ってこう言った。
「月を掴んでみせて……」
今宵は君を偲び、月影に君の面影を映して杯を空けよう。