護くんに女神の祝福を! SS
今夜は一緒に夕食を
by Sin

「絢子さん、じゃ、行きましょう」
「え、ええ」
 会議も終わり、すっかり暗くなってしまった学校を護と一緒に出る。
 いつもなら、このまま護の家まで送って、その後は帰るだけ…でも、今日は……

「夕食、楽しみにしてて下さいね。逸美の奴、張り切って作るって言ってましたから」
「そ、そう…」
 あぁもう、なにやってるんだろう、私…
 どうしてこんな生返事しかできないの……?
 情けない……情けなさ過ぎる……

「……絢子さん?」
「な、なに?」
「えっと……」
「なんなの…?」
「………なんだか……いいですね、こう言うの……」
 そう言って笑いかけてくる護。
 ダ、ダメ、まともに護の顔が見れない……
 反則よ…あんなに…あんなに素敵な笑顔……

「そ、そうね……こ、こう言うのも、悪くないと……思う…わ……」

 胸が苦しい…
 こんなに高鳴っていたら……護に…聞こえちゃう……

「絢子お嬢さま、吉村様、お迎えに上がりました」
「あ、いつもご苦労様です、菊川さん」
 挨拶している護の姿を見ているだけで…もう、胸が弾けてしまいそう…

「お嬢さま?」
「………え?」
「どうかなさいましたか?」
「な、なんでもないわ。それより今日は護の家まででいいから、その後は待っていなくていいわ。先に帰りなさい」
「ああ、お二人で夕食をご一緒されるのですね。いや、実に羨ましい。私と家内の15年前を見ているようです」
「少し黙りなさい、菊川」
「照れているお嬢さまは、実に初々しくて可愛らしいですね。吉村様もそう思われますでしょう?」
「菊川! 黙りなさいと言っているのが解らないの!!」
「……そ、そうですね……とても…綺麗です……」
 なんとか質問をやめさせようとしていたのに、護ったら……

「こ、こんなくだらない質問に、いちいち答えなくていいの!!」
「あ、は、はい」
 身を竦ませて答えた護の姿に、ちょっと罪悪感……

「……ごめん……怒鳴る必要なかったわね……」
「い、いいえ…」
 そんな私達の様子を、菊川がまた笑いながら見ている……
 ……いい加減、本気で怒らないとダメかしら……

「では、吉村様。お嬢さまの事をよろしくお願い致します」
「は、はい」
 慌てて答えた護の視線が、私と重なって……
 私達は揃って真っ赤になってしまった…


 ようやく護の家に着いた時、私の胸はもういつ弾けてもおかしくないくらいに高鳴っていた。
 息をしているはずなのに…息苦しくて仕方ない……
 私…どうなってしまったんだろう……

 菊川は、私達を降ろした後、すぐに走り去った。
 去り際に魅せた意味ありげな笑い…理由は分からないけど、無性に腹が立つ…

「ただいま〜」
 その声に顔を上げると、護がもう家の扉を開けていた。
「ちょ、ちょっ…ま、待って……」
「絢子さん、どうぞ」
「え、あ、え、えっと……ええ、お邪魔…するわ」
 なんとかそう答えて、玄関に上がり込む。
 その時…

「鷹栖さん、いらっしゃ〜い!」
 満面の笑みで迎えてくれたのは、護の妹…逸美さんだった。


 目の前に広げられた沢山の料理。  
「どうぞ鷹栖さん、ばんばん召し上がってください!」
 本当に楽しそうに逸美さんはそう言ってくれるけど……
 落ち着かない……
 なんだか、すごく不安になってしまう。
「え、ええ……おいしそう。いただくわ」
 やっとの思いで答えた私の横に、護が座ってくる。
 まただ…
 また、胸が……

「その、遠慮しないでくださいね。絢子さんが家に来るって電話したら、逸美、張り切って作ったみたいですから。いっつもは、もっとおとなしい夕食なんですけど」
「そうですよ! 護だけだったら、お茶漬けで十分ですもん」
 逸美さんはそう言うと楽しそうに笑った。
「そ、そうなの」
 なんとか、ポツリと返事をしたけど、また護も黙り込んでしまった……
 どうしよう…
 どうしたらいいんだろう……
 間が持たない……

 護が急に飲み物を取りに行ってしまうと、今度は逸美さんが色々話しかけてくれた。
 でも…緊張して…満足に答える事ができない…

 しばらくして、護が持ってきてくれたお茶を受け取ると、それをちょっとだけ口に含む。 少しは落ち着いたかしら……
 ……だけど、まだなんて話し出したらいいのか……解らない…

 奇妙な沈黙が続いて……
 私……どうすればいいのか……

 その時……

「――あの」

 突然、逸美さんが今までよりもずっとトーンを落とした声で話しかけてきた。

「さっきから、なんだか……。もしかして鷹栖さん、いや、護もだけど、ものすっごい緊張してません? ふたりとも、もの凄い汗」

 逸美さんの言葉に、思わず、ぎくっとして、慌てて汗を拭う。
 どうしていいのか解らなくて護を見ると、護も同じように汗を拭っていた。

「あの、鷹栖さん。あたしのお料理、口に合いませんでした?」
 不安そうに訪ねてくる逸美さん。
 そんな訳じゃないと、首を振って否定する。
「いえ、そんなことはないわ。別になんでもないから、気にしないで」
「でも、だって、さっきからあんまり喋らないし――」
 何かを言いかけて、ふと逸美さんの言葉が止まる。
 不思議に思って見ると、逸美さんはなにを思いついたのか、不思議な表情を浮かべていた。
「あ、そう言えば逸美」
 護が何かを言いかけた途端、急に逸美さんは立ち上がると、「ちょっと、すみません」
と言って笑いかけてきた。
「鷹栖さん、ゆっくりしてくださいね。今日は母さんいないけど、母さんも鷹栖さんを家に連れてこいってずっと言ってたんですから。うちの家は鷹栖さん大歓迎です」

 逸美さんのその言葉…
 とても驚いたけど……でも、それよりも……
 嬉しい……
「護のお母さまが、私を……?」
 涙を堪えていたら、無性に喉が渇いたのでコップのお茶を飲んだ。
 なんだか照れくさい……護のお母さまが私の事を歓迎してくれるなんて……
 恥ずかしくて俯いていたら、逸美さんが「もちろん」と頷いた。

「あたしも、鷹栖さんがきてくれて凄く嬉しいです。……護、ちょっときて」
「な、なに? トイレならひとりで……」
「いいから! ちょっとだけ」

 なんだか、護と逸美さんが話していたけど、私は……

「護の、お母さまが……」

 頭の中では妄想が錯乱して大暴走していた……

 純白のウエディングドレスを着た私…
 私の隣で微笑んでくれる護は素敵なタキシード姿で……
 護のお母さまが、「護のこと、よろしくお願いします。絢子さん」なんて言ってくれて……私は護のお母さまに……ううん、これからは私のお母さまにもなるんだから……

 ふと、なにかの音で現実に引き戻される。

「わ、わ、わ、私、な、なに考えてたの!?」

 顔が熱い。きっと真っ赤になってるわね……
 と、その時。はたと気がついて、慌てて周りを見回すと、護の姿も、逸美さんの姿もない。思わずホッと胸をなで下ろしたけど、今度は不安になった。

「2人とも……どこに行ったのかしら……」

 その時だった。

「違うよっ!」

 突然聞こえてきた護の大声。

「いったい……どうしたのかしら……」

 気になって仕方なくて、恐る恐る扉を開けてみる。
 そこには、壁際で話をする護と逸美さんの姿が――。

「護? 逸美さん? えっと、どうかしたの? 違うよ、って、なにか大きな護の声が聞こえたんだけど」
「な、なんでもないです!」
 私の声に、護が慌てて振り返るとそう言った。
 耳まで真っ赤になってる……いったいどうしたのかしら……

 その後、逸美さんが急に出かけてしまって、私は護と一緒に部屋に戻った。

 改めて2人で食事を再開する。
 さっきまでより少し落ち着いたせいか、ようやく味を感じられるようになってきた。

「こ、これ……おいしいわね。こういう味、嫌いじゃないわ」

 いくつか煮物を食べた後、何気なさを装いながら、なんとか口を開く。
「ほんとですか?」
 そう聞いてくる護はなんだか嬉しそう。
 妹思いなのね……

「逸美、煮物が得意なんです。母さんが好きで、よく作ってくれって言われるから」
「そう。……ほんとに、おいしいわ」

 また流れる沈黙……
 でも、さっきまでみたいに胸が苦しくなるような物じゃなくって……
 なんて言うか…胸の奥が、暖かくなるような……

 なんだか嬉しくなって、よく見もしないで箸を伸ばした。

 ―と、掴んだはずの物がうまく取れない……
 
 不思議に思って目を向けると……

「――っ!?」

 思わぬ光景に、呼吸すら止まるかと思った……
 もう、顔から火が出そうなくらい…
 
 私が掴んでいたのは、煮物のにんじんで……そして…
 護も、同じにんじんを……

「ご、ごめんなさいっ!」

 そう言って護が慌てて離すと、私も思わず手を離してしまった。

「そ、その……、これは…なんて言うか、その、とにかく、ごめんなさ――」
「ああ、そう言えば鷹栖さん。言い忘れたことがありました!」
 
 護が言いかけた瞬間、突然、逸美さんが顔を覗かせて声をかけてきた。
 私も護もビックリして「は!?」とそちらへ顔を向ける。

「これからも護のこと、よろしくお願いしますね。もう、護ときたら、鷹栖さんを好きで好きで仕方がないんですから! 家ではいっつも鷹栖さんの話ばっかりなんですよ。ここ最近、照れくさくて鷹栖さんと上手く会話できない、どうしよう、とかって、うじうじうじうじ。情けないですよね」

 その言葉に、私は思わず「え……?」と、聞き返していた。

 護の慌てた様子を見ると、多分、逸美さんの言ってる事は半分本当で、半分は冗談……
 でも…
 きっと…

 護が……私の事を思ってくれていたのは……本当……

「鷹栖さん、あたしちょっと席を外しますから、護をこき使って我が家のようにくつろいで下さい」
 そう言ってなんだかガッツポーズみたいな事を護にしてみせる。

「煮っ転がし、誉めてもらってありがとうございます。えへへ」
 言い残して、ぱたん、とドアは閉まった。

 ………正直、ビックリして言葉も出ない…

 でも…あれが本当に護の気持ちなら……私……
 それにしても……ホント……おかしい……

「くすっ…」
「あ、絢子さん。いまのは、その――」
「……もしかして、同じだったの?」
「え……?」
「護も、私と同じだったってことでしょう?」

 恥ずかしい。
 もう、顔じゅう真っ赤になってるのがわかる。
 でも……すごく嬉しい……

「こんなこと、悩む必要なんてなかったのかしらね」
「……そうですね」
 私の言葉に、護はそう答えるとゆっくりと椅子に座り直した。

「絢子さんの笑顔が見られたら、急に元気が湧いてきました」
「な、なに言ってるの」
 もう、そんな恥ずかしいこと、真顔で言われたら……私……
 恥ずかしくて上目遣いで護の顔を盗み見ると、本当に最高の笑顔で微笑んでくれる。

「――っ!?」

 もう……ダメ……
 反則よ……あんな……あんな……素敵な笑顔なんて……

「なんだか、僕が緊張しっぱなしだったせいなんですけど、ずっと違和感ばっかりで……。その、絢子さんの……恋人、だって言葉が、凄く恥ずかしくて、嬉しくて、あの……」
「ほんと、馬鹿みたいね、あたしたち。一週間以上も、なにしてたのかしら」
 溜息。
 ほんとに……馬鹿みたいね……
 でも…分かり合えて……よかった……
 逸美さんのお陰ね…

 その後、私達は向かい合って座ると、楽しく談笑した。
 照れくささもいっぱいだったけど……でも、護と過ごせる時間は……すごく楽しくて……本当に…幸せな時間だった。

「学園祭、忙しくなりそうですよね」
「そうね。私、参加するって言ったけど、当日にどれだけ自由時間が取れるかは疑問だわ。警備に手を抜くわけにはいかないし」
 ………だから…護と一緒に……
 口にしようと思うのに、何故か言葉にならない……

「あ、あのね……えっと……その……」
「そのこと、なんですけど……」
 不意に護に言われて、「な、なに?」と聞くと…

「学園祭の日、いっしょに…ふたりで、いろいろ回りませんか? 見回りとかだけじゃなくて、それ以外でも」
 
 嬉しかった……
 護がそう言ってくれた事が……
 嬉しくて……嬉しくて………恥ずかしくて……とても護と顔を合わせる勇気が出ない……だから……
 私はテレビ画面を見つめながら…そっと呟くように答えた…

「そ、そうね……まあ、それも悪くないかもしれないわ」

 口調はきつかったかもしれない…
 素っ気ない態度だったかもしれない…

 でも、きっと護ならわかってくれる……
 私の本当の気持ち……

 今、どれ程私が幸せな気持ちでいるかを……


 今年の学園祭は…きっと、素晴らしい思い出になるわ……
 そんな事を思いつつ、私はテーブルの上に置かれた護の手に、そっと指を絡めた……



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