護くんに女神の祝福を! SS 『手作りのお弁当』
by Sin



 ジリリリリリ………
 鳴り響く目覚ましの音。だが、普通の生活を送る人達にはかなり早い時間だ。
 辺りは暗く、まだ空には星も見えている。

「う……ん………っ……もう……時間……?」
 眠そうな表情でゆっくりと身を起こす絢子。
 ごそごそとベッドから起き出すと、いそいそとパジャマを脱ぎ始めた。

「ふわ……ぁ………」
 いつもの制服に着替えながら、込みあげてくる眠気をうーんっと伸びをして振り払う。

 着替えも済んで、部屋を出た絢子は、シンと静まりかえる屋敷の中を手に持ったメモをしっかりと握りしめながらある場所へと向かっていた。

「さて……と……」
 目的の場所−キッチン−に着いた絢子は、数枚のメモをしっかりと読む。
 そこには『心理テストに見る吉村護攻略法』と書かれていた。

「………あの会長の手に乗せられるのは嫌だけど……背に腹は代えられないわね……」
 そう言うと、椅子にかけてあったエプロンをして、メモに書かれた情報を元に絢子は料理を始めた。
「護が好きな物は……コロッケと……ウインナー……あ、護って蛸の形にしてあるのが好きなんだ……ふふっ……あとは……」
 楽しそうに口元を弛める絢子は、初めの内こそ、ややもたついたものの、すぐに慣れたのか手際よく次々と作っていく。
 その量は膨大で、とても1人2人で食べきれるような品数ではない。

「多く作っておく方が良いって書いてあるけど……本当に護ってそんなに食べるのかしら……? まぁ……足りないって言われるよりは……マシ……かな……?」
 首を傾げつつも、更に品数を増やしていく絢子。
 重箱2段分のおかずができあがった所で、今度は重箱の1段全てに色とりどりのおむすびを詰めていく。
 1つ、また1つ、自分の思いが伝わるように……そんな願いを込めて、絢子はおむすびを握っている。やがて……何とも豪華な3段重ねのお弁当が完成した。

「………できた……久しぶりに作ったけど……なんとか……なったわね」
 完成したお弁当を満足げに見つめながら、絢子はこれを護と一緒に食べる様子を思い描いていた。あの微笑みを浮かべて喜んでくれる護……
 そんな護の笑顔を想い、いつしか絢子の頬は赤く染まっていた。

 だが、ぼーっと思いに耽ってばかりもいられない。
「あっ! 時間……っ……もう4時半!? 急がないと……」
 大急ぎで弁当を包み、エプロンを外すと、絢子は菊川に電話を入れた。

『……はい、菊川です』
「すぐに車を回しなさい。いいわね!」
『えっ、あ、あの、お嬢さま!?』
 慌てた菊川の言葉など全く取り合わずに電話を切ると、絢子は急いで準備を整えた。
 そして苛立たしげに車の到着を待っていたが、ふと鏡台にある口紅に気付いた。
「………たまには……いいかも……べ、別に……な、なんとなく……なんだから……」
 まるで誰かに言い訳するかのようにそう言いながらも、護の事を意識しているのは間違いない。
 護の微笑みを思い描いて、絢子は頬を赤らめながら、唇に薄く紅を引く。

 絢子が準備を終えてから十数分後、ようやく菊川が到着した。

「お待たせしました、お嬢さま。こんなに朝早くからどちらへ?」
「遅い!」
「しかし、お嬢さま。私は朝食もとらずに来たのですが……」
「………減棒、1ヶ月ね……」
 苛立たしげな絢子の言葉に、菊川は一瞬硬直する。
「それで、どこへ向かえばよろしいのですか?」
「………住所は……ここ。分かる?」
「いえ、初めての場所ですので……地図で確かめながら参ります」
「急ぎなさい。どれだけ迷うか分からないのよ」
「はい」
 本当は色々文句も言いたい所なのだが、あえてこの場は何も言わずに従う事にした。
 大きな包みを抱えた絢子を乗せ、車は屋敷を離れる。
 そして……

「お嬢さま、どうやらあそこのようです。玄関前にお停めすればよろしいですか?」
「………ええ」
 ふと、菊川はミラーに映る絢子の表情にいつもと違う物を感じた。
「……お嬢さま、緊張……しておられるのですか?」
 その言葉に先程までの表情は一瞬にして消え去り、そこには慌てきった絢子の姿が。
「な、何を言ってるの!? とっ、とにかくっ! 車を家の前に停めたら、あなたは待っていなさい!」
「はい」

 やがて、車は護の家の前に停まった。
 ガチガチに固まる程、絢子は緊張しきっている。
 振り返って見ている菊川が僅かに笑いかけているのを見逃さず、ジロリと睨み付けた。
 緊張を解きほぐすかのように絢子は大きく深呼吸すると、ゆっくりと車から降りようとした。だが、その瞬間………

 カチャ……

 唐突に開く玄関の扉。
「…………っ……ぅ」
 思わず息を呑んだ絢子の目の前に姿を見せたのは、1人の少女だった。

 少女は目の前に停まった黒塗りの外車に息を呑み、その視線をゆっくりと絢子に向ける。
 戸惑いと不安に彩られた視線に、絢子は一瞬たじろぐが、やがて……
「あ、あのっ! ま、護くんはいますか!?」
「えっ、は、はいっ! い、今すぐにっ!!」

 大慌てで家の中に駆け込んでいく少女。
 その様子に家の中から護の母らしき人も姿を見せ、目の前の車と絢子を見比べて酷く驚いた様子で軽くお辞儀をすると、家の中に駆け込んでしまった。

「……や、やっぱり迷惑だったのかしら……」
 思わず落ち込みかけた絢子だったが、護に会った時に少しでもかっこいい自分を見せたくて、毅然とした態度を取り繕い、腕を組んで護が出てくるのを待った。

「鷹栖さん!?」
 慌てて飛び出してきた護の姿に、絢子は顔が赤くなってしまいそうなのを、必死に堪えた。
「お、おはよう」

 心臓が爆発しそうなくらいに高鳴っている。
 そして、それ以上にとても暖かい気持ちで満たされた。

 お互いに緊張のあまり、ぎくしゃくした挨拶を交わす護と絢子。

 その緊張は、先程の少女−護の妹、逸美−の一言でピークに達した。
「ふへへ、いいな、彼女の手作り−」
「馬鹿っ!」
 慌てた護の声も絢子の耳には届かない。

− 彼女……彼女………彼女………彼女…………
 エンドレスで繰り返される『彼女』という言葉。
「彼女………?」
 思わず呟いて護と目を合わせてしまい、慌てて揃って俯いた。

 ドタバタとした朝の出来事をなんとか乗り越え、そして昼休み……
 広げた大きなお弁当に目を丸くする護。

 不安、期待……色んな物が入り交じった複雑な感情で絢子は護を見つめる。

 そして………

「おいしい!」

 その護の一言が、朝早く起きた事や菊川にからかわれた事のイライラなど、全て吹き飛ばしてしまった。

 本当に美味しそうに笑顔を浮かべながら食べる護の様子に、絢子の心は満たされていく……そして……

「鷹栖さんのお弁当、凄くおいしかったです。ほんとにもう、これまで食べたことがないくらいに! あの、わがままなんですけど………、また作ってきて貰えませんか?」
 その一言に、絢子は倒れてしまいそうなくらいの嬉しさに包まれた。
 胸の高鳴りを優しく包み込むかのように満面の笑みで呟く。

「……ええ……また……ね」

 そう言って微笑む絢子の様子に、護は顔を赤く染めて微笑むのだった……




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