護くんに女神の祝福を! SS
ありえないこと
by Sin

 最近、なんだか変…
 妙に怠くて……それに…
 
「くちっ!」

 またくしゃみ……もう今日はこれで何度目かしら…
 明日香の問題が片づいて、ようやくこれからなんの問題もなく護との演劇に取り組めるって言うのに…
 
「――くちっ!!」

 私が風邪なんてひく訳ないし……いったいなんなの…?
 なんとなく違和感を抱えたまま、今日もまた夜が明ける……
 

 いつもの放課後。
 護達と一緒に演劇の練習を続ける私達。
「ほら、そこで護くんが絢子に口づける」
「台本通りにやって下さらないと、先に進めませんわよ、護さん」
「え、えっと……」
「だから、キスシーンは削除しなさいって何度言ったらわかるの!? 絶対、やらないわよ! 護! あなたからもこのわからず屋たちになんとか言ってやって!」
「そ、そうですよ、無理! 無理です! 出来ませんっ!」
 いつものように会長や汐音にからかわれて……
 
「絢子? どうかしました? もしかして、疲れてます? なんだか顔色がよくないように思えますけど」

 そんなに…顔色悪い…?
 護が心配してたからあの時は平気って言ったけど…変なのは事実なのよね…
 
 それからも毎日忙しくて…学園祭の準備と演劇の練習に毎日追われて、きっとさすがに疲れたのよね…
 
 なんだか……頭……痛い……
 

 その夜、私はなんだか寝付けなかった……
 
 そして……学園祭まであと1日……
 明日はいよいよ待ちに待った学園祭。
 
 カレンダーに付けた印がちょっと恥ずかしいけど、護と一緒に回る初めての学園祭……
 とても楽しみなのに……
 
 なんだろう……ふらふらする…
 
 頭……痛い……
 
 でも…学校……行かなきゃ…
 
 護が……待ってるんだ…から…
 
 
 菊川に運転させた車でいつものように護を迎えに行く。
「お嬢様、間もなく到着しますよ」
 
 ………ぼ〜っとしてる…頭痛くて……何も考えられない……
 
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「え? あ、な、なんでもないわ」
「吉村さまの事でもお考えになっておられたのでしょう?」
「そんなんじゃないわよ……いいから黙って運転しなさい」
 いつもならなんて事ない菊川の冗談にも応じてる余裕がない……
 私……どうなっちゃったのかな……
 
 護が車に乗ってきた時も、なんだかぼーっとして……
 
「だ、大丈夫ですか……?」
 
 心配げな護……そんな顔させたくなくって、つい強がってみたけど……
 やっぱり駄目……頭……痛い…
 
 その日の放課後、私は護と美月と一緒に体育館に向かうと、汐音が駆け寄ってきた。
 手には何か丸めた紙を持っている。なんだか嫌な予感が…
 
「護さんと絢子に見せたい物があるんですの」

 と、切り出してきた汐音。
 
「な、なんですか?」
「どうせ、ろくな物じゃないんでしょう」
 そう答えた瞬間、また酷い頭痛が…
 思わず痛む額を抑えて溜息をついた。
 
「……?」

 不審そうな汐音。気付かれたかしら……?
 
「まあまあ、そう言わずに。とてもいい物ですわ。きっと喜びますよ、ふたりとも。……じゃんっ!」
 
 そう言って汐音が広げて見せた物……それは……
 
 私と護、そして明日香を描いた演劇のポスターだった。
 それもいつもみたいにからかっているような物じゃなく、本当に凄いって思えるような…
 
「いい出来だと思わないか? 護くん、絢子!」
「副会長に感謝しろよ、鷹栖!」
「吉村くんがかっこよく描けてますよねぇ」
「俺も汐音を手伝ったんだぞ! お前たちのために!」
 
 生徒会役員のみんながはやし立てるけど…今は、なんだか許せてしまえそう…
 
「汐音が、絢子の顔を見た通りに――つまるところ、悪ふざけなしに」
 瑤子が天井を見上げて、感慨深げに言う。
「描いている。嫌がらせの入っていない、真面目なポスターだ。そう思うと、いろいろ込み上げてくるものがあるな」

 スッと汐音が私にポスターを差し出してくる。
 思わず受け取ってじっと見つめた。
 
 確かに瑤子の言う通り……ね。
 
「どうですの?」
「少し恥ずかしいですけど、でも、ほんとに凄いです! 副会長、ありがとう………!」
「わあ、上手。汐音さん、凄いわ」
「ふふ、どういたしまして、護さん、美月。絢子の感想は?」

 答えられない……
 いつもみたいにからかってる物なら、引き裂いてすぐにでも焼き払ってやる所だけど…
 こんなに真面目な物を見せられて…文句のつけようが無いじゃない…
 
「絢子さん!」

 本当に嬉しそうに私に笑顔を向けてくる護。

「くっ」

 その笑顔に思わず怯んでしまう。
 まるで、こんな時は……? って言われてるみたいで……
 
 わかってる。わかってるわよ!
 嬉しいのは…嬉しいんだから……
 
「……ありがと」

 なんとか振り絞るような気持ちでそう言った瞬間、生徒会のみんなが一斉に拍手喝采を始めた。
 護まで嬉しそうに「絢子さん!」なんて満面の笑顔……
 
 あーもう! 言うんじゃなかった!!
 凄く恥ずかしい! 恥ずかしすぎるわよ!!
 
「ち、違うわよ! いまのは心から言ったわけじゃなくて、そう言えって空気だったから……!」

 しどろもどろに抗弁する私の言葉なんて、もう誰も聞いてないし……
 
 その時、汐音がなんだかすごく嬉しそうに目元を細めながら、もう一枚の紙を取り出した。
 う…なんだか酷く嫌な予感が……
 
「実は、もう一パターン用意してみましたの。こちらはいかが?」
「あら、素敵」
 汐音が出してきた物に、美月は歓声を上げるけど…
 私と護は完全に固まってしまった……
 
 だって……
 
 目を閉じてる私のアップに、そこへキスしている護のアップ……
 じょ、冗談じゃないわ! こんなの張り出されたらそれこそなんて言われるか…
 それにこんなの恥ずかしすぎる!!
 
 思わず興奮した瞬間……また喉に酷く引っかかる感じが……
「こほんっごほこぼこほんっ!」
 酷く咳き込む。なんだか……段々酷くなってる感じ……
 
 とりあえず、汐音の手からそのポスターを奪い取る。

「ああっ、なにをなさるの!?」
「――こっちは、却下にしてちょうだい」
「わたくしが一所懸命に描きましたのに?」
「もっと違うことに労力を使いなさい! これ、破くわよ!?」
「どうぞ。コピーを取っていますから、破いても痛くもかゆくもありませんわ」
「……あなたね。毎回毎回、同じことを」

 その瞬間、まるで世界が歪んだような気がした。
 酷く気分が悪くて…立っているのも辛い……

「でも、あなたにはどうしようもありませんわよ。ふふっ、明後日には、このポスターが学校中に――って、絢子、なにもそんなに真っ青にならなくても。……絢子? ほんとに顔色が悪いですわよ? 大丈夫ですの? ね、護さん」

 汐音の言葉に思わずハッとして護を見つめると、護は本当に心配そうに私の事を見つめて……
 
「そうですよ、やっぱり……!」

 そう言いかけた瞬間、私はとっさに「どうともないって言っているでしょう」と言い放って護を黙らせる。
 
「始めましょう、明日香。馬鹿会長一同が見てる前でミスなんて、絶対出来ないわよ。本番のつもりで。私達がどれだけ真剣に練習してきたのか、笑う余裕を与えないくらいしっかり教えてやりましょう」
「うん。吉村くんも、ほら、舞台に上がるよ。――始めましょ。うーちゃん! 杏奈! 準備はできてる?」
「ばっちぐーだ」
「まあね。一応」

 2人の答えを聞いて、舞台へ向かおうとした明日香は不意に足を止めると護を不審げに見つめた。
「どうかしたの?」
「……ううん。気のせい、だといいんですけど。でも――」
「護!」
 不安げな護。
 今、私が弱い所なんて見せちゃいけない!
 そんな事になったら、護がもっと心配してしまう…
 大好きなあの笑顔が……見られなくなってしまう…
 それだけは嫌……嫌なの!
 
 ふらつく足を無理矢理に支えて舞台に跳びあがる。
 上がった瞬間、気が遠くなり描けたけどなんとか踏み止まれた。
 
「さっさと着替えるわよ。なんのために、昨日、あんなに朝早くに衣装合わせしたと思っているの! 怖じ気づく必要なんてないわ。昨日はみんな完璧だったんだから、あの通りにやればいいのよ」

 急がなくちゃ……
 少しでも早く…
 着替える時間ももどかしい……
 
 何が起こっているの……?
 私、いったいどうなっているの……?
 まさか…このまま学園祭に参加出来なくなるなんてこと……
 
 嫌! それだけは……それだけは嫌!!
 
 とにかく今は少しでも早く劇をやり遂げなくちゃ…
 
 立っている事すら……出来なくなる前に……
 
 
 劇は順調に進んでいた。少なくとも形だけは。
 でも……劇が半ばくらいまで進んだ時……
 
「……はぁ……はぁ………っ……」

 世界が歪む……
 息が苦しくて……
 全ての音が遠くに遠ざかっていくような……
 
「絢子さんっ!」

 悲鳴のような護の声……
 そっちに振り向こうとして……
 
 足から地面の感触がなくなった…
 
「絢子さんっ! 絢子さん――っ!!」

 護に抱かれているって気付いたのはしばらく経ってからだった。
 
「……大丈夫よ、私は、だから……」
 私がそう言うと、護はそっと私の額に手を当ててくる。
 なんだか酷く辛そうな顔して……
 
 なんとかして大丈夫だってわからせなきゃ……
 
 そう思って無理矢理身体を動かそうとした時……
 
「ダメですっ!」
 激しく言った護に強く抱きしめられて、身動き出来なくなってしまった。
「動いちゃ、ダメです。すぐに保健室に連れて行きますから――」
「私は、大丈夫だって、言ってるでしょう。護――」

 そこまで言った瞬間、全てが遠くなっていく気がした……
 …………ダメ……今……は……まだ……
 
 まも……る……
 
 
 
 気が付くと、見慣れた風景……私の部屋だった……
 
 堀内教授が丁度私の診察を終えた所みたい……ね…
 護は……? みんなはどうしたのかしら……
 
 教授が出て行ってしばらくして……またドアが開いた。
 
 入ってきたのは……
 
「護……?」
「絢子さん、大丈夫ですか!?」

 血相を変えて駆け寄ってくれる護。
 心配させたくなくて……「平気」なんて言ってみたけど……
 
「どこがですか。どうして、こんな無茶をしたんですか……!」

 必死な護の瞳……
 だって……仕方ないじゃない…
 どうしても…参加したかったの……
 護と……あなたと一緒に、学園祭に参加したかったの……
 
 でも…こうなってしまったら……もう…
 
「足を引っ張っちゃったわね」
「なんでそうなるんですか。そんなこと言うのは、やめてください……」

 まるで泣きそうな護の視線をそれ以上受け止めるのが辛くて……そっと目を逸らす。
 
 もう……どうしようもない……
 
 今の私の身体がどうなっているのか――教授の説明では、私が昔、身体を初めて壊した時と同じ状況だって言っていたから…
 
 どうしたって、回復するには数日かかってしまう……
 
 でも……でも………っ!
 明日……明日なのに!!
 
 それからしばらく後…生徒会長の説明を受けて、みんなも私の体に何が起こったのか理解してくれたみたい……ね…
 
「でも、それじゃあ、どうすれば………?」
「心配しなくてもいいと教授は言ったよ。安静にしていればそのうちバランスを取り戻して数日で完治するだろうとのことだ」

 その言葉に、一瞬みんなの間に安心したような空気が流れた。
 でも……
 
「数日……」
 汐音の呟きに、和んだ空気が凍り付く。
 
「どうにも、できないんですか……? だって」
 悲鳴のような護の声。
「学園祭は、明日と明後日なんですよ!」

 みんなの間に痛いくらいの沈黙が流れる…
 
「すまない」

 生徒会長のただ一言の答え。
 それが全てを物語っていた……
 
 酷く辛そうに……泣きそうな顔をしている護…
 
「私のことは、いいから。護」
「絢子さん?」
「私のことを心配してくれるなら、想ってくれるなら、役に立たない私の代わりに、きちんと劇を成功させなさい。明日も、明後日もよ。私は、平気だから。……情けないわ。よりによって、こんなときにね」

 護を励ますつもりで、精一杯の気力を振り絞って伝える。
 でも……本当は……本当は………ッ!!
 
 私の言葉に、生徒会長と明日香がこれからの事を決してくれた。
 
「鷹栖さんの熱が下がらなかった場合、鷹栖さん抜きでいく。……残念、だけど。台本は初期の物を使うから、忘れているなら、みんな、今晩は一所懸命に暗記して」

 その言葉が、胸に突き刺さる。
 
 これで……私は……
 もう、何も言えそうにない…
 今は溢れそうになる涙を堪えるのが精一杯……
 
 その時だった。
 
「絢子さん!」

 突然の護の声。
 びっくりして振り返ると、私だけじゃなくって生徒会長達も護に注目していた。
 
「僕は、絢子さんといっしょに学園祭に参加したいから……だから、絶対にあきらめません! 絢子さんががんばってきたことを、そんな熱なんかでダメにするもんですか。明日がダメでも、明後日までにはまだ二日あるんです。僕が、きっとなんとかします! ――信じて下さい。僕が、きっと」
 真剣な瞳……
 迷いなんて感じさせない、とても強い瞳……
 
「きっと、絢子さんに最高の学園祭をプレゼントしますから!」

 護のその言葉が、私の砕けた心に染み渡って癒してくれる…
 呆然と見つめていた私に、護は満面の笑みで微笑んでくれた。
 
「……ありがとう」

 絶対に無理……
 そう思う気持ちが…無い訳じゃない……
 でも……ひょっとして……もしかしたら……
 
 そう思わせてくれる何かを……護の笑顔が感じさせてくれて……
 ぎこちなく微笑もうとしたその時…
 突然、護に抱きしめられた――!?
 
「ま、護!?」

 びっくりしてどうする事も出来ない私。
 生徒会長達も完全に固まってる。
 
「約束します。だから……負けないで下さい……そんな……哀しい顔しないで下さい……絢子さんは……強くて……綺麗で……優しい笑顔が……一番似合っているんですから」

 驚きのあまり、しばらく答える事すら出来なかったけど……ゆっくりと護の温もりを感じて……
 思わず微笑んでしまった……
 
「ええ……ありがとう……護……」

 震える手をそっと護の背中に回して抱きつくと、護は一瞬身体を硬くしたけど、すぐにもっと強く抱きしめてくれた……
 生徒会長達の冷やかしの声が遠くに聞こえるけど……今は……この温もりの中で……少し……眠らせて……
 
 護の温もりに包まれたまま……私の意識はゆっくりと遠ざかっていった……
 

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