護くんに女神の祝福を! SS
貴方のために…
by Sin

 護と仲直りできたあの後……
 生徒会室に向かう途中で護が行った言葉が私の中で何度も繰り返されている…

「もしかしたら、明日香さんって――ビアトリス研究じゃない他の道に進みたいって思っているんじゃないですか? 演劇の夢を捨てられなくて…でも、退学や東ビ大進学取りやめで受ける数多くの処罰――記憶の消去や長い監視…それが怖くて、悩んでいるんじゃ……」

 その通りかもしれない。

 明日香は誰よりも演劇を愛している。
 それは私にだって解る。

 東ビ大付属に入ってくる人の全てが、ビアトリス研究の道に進みたいと思っていない事も知っている……。

 でも、だからって……

 明日香の所為で、護が危険な目に遭った。
 だけど護はそれでも……

 そりゃ、なんとかしてあげたいって気持ちは、解らなくもない……

 でも……


 その時、ふと思い出す護の表情……

 なによりも魅力的なあの笑顔……
 頼り切って、まるで拾われるのを待ってる捨て犬みたいな瞳…

 甘くて…優しくて…

『絢子さんだって、明日香さんのこと、心配しているんでしょう?』
 
 脳裏を過ぎる護の言葉。

 否定したい。

 でも……

 あの打ち拉がれた明日香の姿……
 
 もし、自分がそんな姿になるような事があったら……
 1人で立ち直る事なんてできるんだろうか……

 もし……あの時…護を失っていたら……
 私が……あの姿になっていたかもしれない……


 思いを巡らせ……やがて、大きく溜息をついた。

「まったく……ほんと……ずるいわ……護……」

 ポツリと呟く……

 脳裏を過ぎるのは護の笑顔……そしてあの瞳……

 もう一度溜息をつくと、私は電話を取った。

「………護が出てくれると良いんだけど…」

 呟いて、電話をかける。……でも…

「あら? 話し中?」

 聞こえてくるのはツーツーといった話し中の音。

「………仕方ないわね…」

 それから何度かかけ直したけど、なかなか繋がらない。

「…どこかに電話してるのかしら……もし、お母さまや逸美さんだったら……」

 電話が終わった途端にかけてしまえば、出るのは当然……

「……お願い……護……出て……」

 祈るような気持ちでかけた8回目。

 ようやく呼び鈴が鳴り、すぐに電話の繋がる音がした。

「あ。――た、鷹栖と言いますが、ま、護くんは、いらっしゃいますか?」
『絢子さん! ど、どうしたんですか?」
「護?」
 良かった……護が出てくれて……
 思わずホッと溜息をつく。

「ああ、よかった。お母さまが出たらどうしようかと思っていたわ。――どこかに電話していたの? なかなか通じなかったわよ」
『ど、ど、どうか、したんですか? なにか、その』
 取り乱したような護の言葉。
 なに? ひょっとして迷惑だった?

「そんなに驚く事はないでしょう。迷惑だった?」
『いえそんなことはまったく!』
「あなたに、言っておきたい事があって」
『な、なんですか?』

 やけに緊張したような声が返ってくる。
 なにをそんなに緊張しているのか解らないけど……

「あなたは、ずるいわ。特にその笑顔と、拾われるのを待っている捨て犬みたいな目! ずるくて亀みたいに鈍感でガムシロップみたいにお人好しだわ。ああもうまったく! どうしてあなたはそうなのかしら! ――それじゃ、おやすみなさい。よい夜を。また明日ね」
 一息にそう言いきって、私は電話を切った。

 さあ、ここからよ…

 更に電話で菊川に車と飛行機と明日香のパスポートの手配をさせて、引き出しから取り出したリボンで髪をくくると、私は一気に窓から飛び出した。

 目的地は……明日香の部屋。

 一気に加速して屋根の上を飛び越えていく。

 そうして、ほんの数分の後には、明日香の部屋の前に立っていた。

 かけてある鍵をビアトリスに命じて開けさせると、ガラリと窓を開けて部屋に入り込んだ。
「お邪魔するわよ」
「え……た、鷹栖さん!?」
「明日香、あなたね…退学届けを出すくらい腹がくくれているのなら、今更悩む事なんて無いでしょう? そんなに思い詰める事はないわ」
「………でも…」
「あなたが、退学か東ビ大進学拒否を選ぶなら、全ての処罰をゼロにするのは無理かもしれないけど、私ができる限りの事はしてあげる。私を信じなさい」
「鷹栖さん……でも、私……」

 なんとか説得しようとしてるんだけど、やっぱり生徒会長や汐音達がいくら言っても聞かなかっただけあって、なかなか強情ね。
 でも……私が決めた以上、明日香には絶対に舞台に上がってもらうわ。

「来なさい」
「えっ?」
「ほら、早く」
「え、ええっ!?」
 驚く明日香を一気に窓から連れ出す。
 そして少し離れた所で車を止めて待っていた菊川の傍に降り立つと、明日香を後部座席に押し込んで私もその横に乗り込んだ。

「お嬢さま、それではまるで拉致ではありませんか……」
「いいから出しなさい」
「……はい」

 訳が解らず目を丸くしている明日香。
 だからって、このまま終わらせやしない。

 そのまま空港に連れて行くと、手配した飛行機に乗り込んで3時間。
 
「あ、あの……鷹栖さん?」
「……この時間だと、国内でいい劇をやっている所を私は知らないから――」
 不安げに聞いてきた明日香にそう言って、再び視線を窓の外へ。
 
 夜の上海に到着すると、私は明日香を連れて、上海で最も大きな劇場へと連れて行った。

 私が知る限り、ここで今上演しているオペラは、かなり素晴らしいものだから、きっと明日香の心を揺さぶるに違いない。
 そう思って明日香の様子を窺うと、明日香はポロポロと涙を零して劇に見入っていた。

 やがて劇が終わると、再び明日香を連れてまた日本へ。
 その途中、私はビアトリスの力を使って空中に虹を描いて見せた。

「明日香、窓の外を見なさい」
 私の言葉に従って、窓を覗いた明日香の顔が驚きに彩られる。
「た、鷹栖さん!?」
「ビアトリスを発光させて虹を作ってみたのよ。明日香、これと、さっきの演劇。あなたが感動した方を目指せばいいのよ。それだけ。これ以上ないくらいわかりやすくて簡単でしょう?」
 そう言いきって私が笑うと、明日香はしばらく呆然としていたけど、やがてまたポロポロと涙を零して頷いた。

 明日香の家に着いたときには、もう空が白み始めていた。

「明日香、私にできるのはここまで。あとはあなたが答えを出すだけよ」
 私がそう言うと、明日香は微かに微笑みを浮かべて頷く。

「鷹栖さん……」
「え?」
「ありがとう……」
「別に、あなたのためにした訳じゃないわ……」
「えっ?」
「………護があなたの事を心配してるから…これ以上…護にあんな思いをさせたくないから……だから……護のためにやっただけよ」
 そう言い残して、私は明日香の部屋を出た。

 あとは、明日香次第……

 でも、きっと大丈夫。明日香なら……きっと……

 家に戻った私は、リボンを解き、服を脱ぐとゆっくりとシャワーを浴びる。

 明日、護がどんな顔をするのかを思って、込みあげてくる笑いを堪えつつ、私は弾ける水の感触を楽しんだ。

 身体にバスタオルを巻き付けて濡れた髪を拭きつつ窓の外を見つめると、もう空は半ば明るくなっていた。

「護……」

 机の上に隠すように置いた一枚の写真。

 以前に美月から取り上げたこの一枚……
 なんとなく捨てられずに持っているけど……

「ほんとにあなたって……」

 思わず笑みがこぼれる。
 護の事がとても愛おしくて……

「ずるくて……甘くて……でも……とても素敵な人だわ……護…」

 バスタオル姿のまま、護の写真を見つめ続ける。

 もし、今ここに護が入ってきたら、どんな顔するかしら……

 そんな事を思って、顔が熱くなる。

 護を思って見上げた空……

 私の心に反応したビアトリスの悪戯か…

 雲が、まるで護みたいな形になって流れていった……


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