護くんに女神の祝福を! SS
『溢れた涙』
by Sin
どうしてあんな事をしてしまったんだろう……
思い出す度に出てくるのは後悔ばかり…
明日香を助けるために……それは解っていたじゃない……
あの時、護にしか明日香を助けることはできなかった…でも……
手に残る痛み…
護を……ぶってしまった……
あんな事したかったわけじゃないのに…
全ては……数時間前のこと……
演劇部を助けるために、護と一緒にやることになった劇の主役とヒロイン…
その打ちあげに≪ハイウェイ・スター≫で私達は食事を取っていた。
ふと、護がなにかに気付いたように顔を上げて……
「護? どうかしたの?」
「……絢子さん、あれ――」
そう言って護が指さす方向を私が見ようとした時……
ガタンッと音がして、護が立ち上がっていた。
びっくりして見ると、護は突然「すみません!」と言って駆け出した。
「ちょ、ちょっとまも……」
私が呼び止める暇さえない。
何が起こったのか分からなくて護の指さした方向を見てみると……
まるで逃げるように走り去る明日香の姿が…
「まさか!?」
嫌な予感。
明日香のあの態度。そして……護の慌てよう……
全てが頭の中で1つに繋がる。
「護!?」
戸惑う瑤子達を置いて、私は駆け出した。
全力で……ビアトリスの力全てを使い切るくらいに全力で走る。
そして護の姿が見えたとき、私は信じられない光景を見た……
まるで自分から飛び込むかのように、走ってくるトラックの前にふらふらと飛び出す明日香…そして護が彼女を助けようとトラックの前に……
「護―――――っ!!」
間に合わない、はねられる!?
あんなのにはねられたら、護は……護は………ッ!!
脳裏を過ぎる、最悪の光景。
それだけは……それだけは嫌!!
目の前が真っ白になって……
何も解らなくなって……
気が付いたら、私はトラックを受け止めていた。
間に……合った………
少し手首に痛みが走る。
無我夢中で受け止めたから、自分のことにまで完全には気が回らなかった…
でも……今はそんなことどうでも良い。
護の無事が心配で、振り返ると、護は弱々しい笑いを浮かべて……
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「絢子さん……」
「護、あなたね……」
怒り? わからない……でも……今の護に……言わずにいられない!
怖かった! 本当に怖かった…護を…護を失ってしまうかもしれない……
そう思ったら……怖くて……哀しくて……なのに!!
「なにを考えているのよっ! 私が間に合わなかったら、どうするつもりだった? へらへら笑って、いまどれだけぎりぎりだったかわかってるの!?」
「え、えっ? え」
護はまるで何も解っていないみたいに、呆然としてまともな返事すら返してこない。
「もう二度と、後先考えないでこんな馬鹿な真似はしないで!」
「絢子、さん? いまのは、だって」
何か言い返そうとしてくる護……
“だって”ですって?
何も……何も解ってない!!
そう思った瞬間、掌に感じる痛み…
「あ……」
自分でも信じられなかった……
護を……護をぶってしまうなんて……
叩いた手……そして護の頬を見て、赤くなっていくその様子に私は……
戸惑う気持ちを抑えて、私はもう一度口を開いた。
「いい? 聞きなさい。いまのは、ほんとにぎりぎりだった。私、店を飛び出して、このトラックにひかれそうになっているあなたを見つけたとき、間に合わないと思った。あなたがはねられたと思ったわ。ほんとに、はねられたと思った」
「でも、絢子さん、僕を――」
思い出すあの瞬間……
私は、込みあげてくる熱い物をぐっと堪えて続けた。
「間に合ったのは、奇跡よ。あともうコンマ何秒でも遅れていたら、護、あなたいまごろ交差点の向こうまで吹っ飛んでるわ。よくて大怪我、悪ければもっとひどいことになっていたかもしれない」
そう言って護を両手で引き寄せる。
「人を助けるのは、けっこうなことよ。それをできる力があれば。他人を救うのに、自分を犠牲にしないで済むことができるならね。……でも、そうじゃなかったら、あなたはいまみたいなこと、すべきじゃない。自分の身も守れないで英雄ごっこだなんて、周りに迷惑をかけるだけだわ!」
「そんなこと、言ったって………!」
私の言葉に、睨み付けてくるような護の視線。
わかってる! 護が言いたい事なんて!! でも、でもっ!
だから……お願い……それ以上言わないで……
そう思った私の願いは……届かなかった……
「だからって、じゃあ、なにもしないで見てればよかったって言うん――」
途切れる護の言葉……
じっと私を見つめている……
「あなたがいま助かったのは、運がよかっただけよ。次はない、わ。きっと。次にあなたが同じようなことをすれば、そのときは、私も助けてあげられないかもしれない」
護の襟首を掴む手に力が籠もる。
溢れそうになる想いを、必死に堪えて……言葉を紡ぐ……
「ビアトリスはなんでもできる力。だから、簡単に行きすぎる。あなたに才能があるからなおさら。あなたがいまみたいに人を助けたいと願うなら、ビアトリスは力を貸してくれるでしょう。あなたに、危険へ飛び込めるだけの力は与えてくれる。……でも、あなたは未熟で自分の身を守ることまで気が回っていない」
「……絢子さん」
「自分の命を大事だと思わない人間に、ビアトリスを扱う資格はないのよ。そんな人間がビアトリス制御に手を出せば、取り返しのつかないくらい痛い目に遭うわ」
護のすぐ側で……息がかかるくらい近くで……私は言葉を続ける……
でも……もう……堪えきれない……
「もう少し、自分を大切になさい。でないと、あなたはこの先、きっと――」
言葉が……出ない……
込みあげてくる想いが……溢れてしまいそう……
必死に少しでも堪えようとしたけど……ダメ……もう……
「どうして、店を飛び出す前に、私に言ってくれなかったのよ。私なら、もっと安全にあなたを軽トラックの前に放り込まなくても、明日香を助けることができたわ……」
声が震える……
確かに、あの時私は明日香に気づくことができなかった……
護が取った行動は結果的には正しかったのかもしれない……
本当は……護が私に言っても、助けられたかどうかわからない…でも!
「私は明日香に気がつかなかった。明日香に気づいて、異変を察知したあなたは大したものだし、結果的に明日香が無事だった以上、あなたが正しかったのかもしれない。ほんとは、とても明日香を助けられたとは思えない私に、あなたを責める資格はないのかもって思う……。でもね」
強く……精一杯の気持ちで護の瞳を見つめる。
私の想いを全て伝えようと……
「私はいま、ほんとにあなたがひかれたと……思った。ほんとに、間に合わないって思ったの。私の目の前で、あなたが……」
怖かった……護が……トラックにひかれて……
もしかしたら死んでしまうかも……そう思ったら……
護を失ってしまうかもって思ったら……っ!!
そっと私の頬を拭おうとする護の手……
その時、私は自分が涙を零してしまっていることに気付いた。
嫌! こんな弱い私を護に見られたくない!
私は……いつも……いつも護に格好良く……素敵に見られていたいの!!
「……絢子、さん。ごめ――」
伸ばされた護の手が頬に触れそうになって……
慌てて私はその手を振り払ってしまった。
わ、私、なんてこと……
必死に気持ちを堪えようとしたけど……
ダメ……
もう、護の顔を見ていられない……
その日…私は二度と護と話すことはできなかった……
翌日も……護と仲直りはできなくて……
ぶってしまったことを謝りたい……でも……
どうすればいいのかわからない…
護になんて言えばいいの……?
あの日以来、私は護に対して酷く冷たい態度を取ってしまっている……
もう…嫌われてしまうかもしれない……
枕に顔を伏せると、私は……溢れてくる声を堪えて……一晩中…泣いていた……
そして…その翌日……
生徒会長に頼まれて、私は護と美術室に向かった。
そこで護が汐音と何かを話していたのが、なぜかやけに気になる…
しばらく我慢していたけど、どうしても気になって……
「汐音と、なんの話をしていたの?」
私がそう聞いたら、護は酷く焦っているみたい。
そんなに私に聞かれたくない?
まさか…私なんかとは……もう、話したくないとか……
嫌われて……しまったの……?
「な、なにをそんなに驚いてるの。いまなにを話していたのか、訊いただけでしょう」
「ちょっと、副会長に訊いてみたいことがあって――」
「私は、それがなにかって訊いてるんだけど」
「――明日香さんのことで、もしかしてって思うことがあるんです」
「どういうこと?」
「あの、これを生徒会室に運び終わったあと、ふたりで話をしませんか? 絢子さんに相談したいことが、あるんです。……それに」
護は一瞬目を伏せたけど、すぐにまた私を見つめてくれて……
「絢子さんに、謝りたいんです」
看板を生徒会室まで運んだ後、私達は屋上へと来ていた。
周りには他に誰も居ない。
私は、護に今の崩れてしまいそうな気持ちを悟られたくなくて、わざと腕を組んでそっぽを向いたまま話し始めた。
「それはほんとに、心の底から反省してるっていうこと?」
「はい。心の底からです。あのとき、絢子さんはすぐ傍にいたのに、なにも言わずにひとりで飛び出して、絢子さんを心配させることになって……」
ぐっと握りしめられた護の手が視界の端に映る。
私は思わず声をかけたくなるのを必死に我慢した。
「それに……絢子さんの涙を、僕はきっと、ずっと忘れられません。絢子さんに涙を流させたっていうのは、ほんとに、どうしようもないくらいに、ひどいことだと思います。……僕が馬鹿でした。ごめんなさい」
護の言葉が、私の胸の中で熱く燃えるように広がっていく……
「もう二度と、絢子さんをあんな気持ちにさせたりは、しません」
「もし、今度同じ状況になったら、無茶をしないと人を助けられないような状況になったら、あなたはどうする?」
一番不安だったこと…
もし、また護が今回みたいに1人で無茶をしたら……
私の目の前で……今度こそ……最悪のことになってしまったら……
震える想いを堪えて、じっと護の言葉を待った。
「……わかりません。ただ、絢子さんに声をかけないでひとりで飛び出すなんて、そんな馬鹿なことだけは絶対にやりません。でも――」
「でも?」
「わからないから、きっと……絢子さんを安心させられるくらい、あんな気持ちにさせないで済むくらい、強くなります。努力します。僕は絢子さんっていう素晴らしい人に会えたことにほんとに感謝してて、だから、ええと、上手く言えないんですけど、絢子さんに追いつけるまで、……ごめんなさい。ほんとに、上手く言えないですね」
「護……」
嬉しかった。護が私のことを……私と出会えたことを、こんなにも思ってくれていたなんて……
ただそれだけで、私の心は溢れんばかりの温もりに満たされた。
「助けてくれて、心配してくれて、僕のために泣いてくれて――ありがとう、ございます」
じっと見つめてくる瞳…
護の想いが伝わってきて……すごく嬉しい……でも…ちょっと恥ずかしい……
「あなたは……もっと、私を頼っていいのよ。いえ、頼りなさい。あなたは……、私にとって」
言葉にするのが……恥ずかしい……
護への気持ち……護への想い……
でも……
「いちばん大切な人なんだから」
頬が熱い…
胸が激しく高鳴ってる……
「あなたはこれから強くなる。それまでは、私がいくらでもあなたを助けてあげるから」
私の言葉に、護がようやく微笑んでくれた。
「――はい」
その返事……それをどれ程待ちわびたか……
それと……もう一つ……
「……勘違いさせていたら悪いから、言っておくけど」
照れくさい……
恥ずかしいのを誤魔化して、頬を掻きながら私は口を開いた。
「私、この間から、別にあなたを怒っていたわけじゃないからね」
そう言った途端、今までよりもずっと輝いた護の笑顔が……
もう……その笑顔…反則よ!
私がそんなことを思っていると……
「――くしゅんっ」
護がくしゃみをした。
私は思わず笑ってしまって……
照れくさそうな護に、「校舎に入りましょう」
そう促した。
四階へと続く階段を降りていく途中、私は背後の護に振り向かずに声をかけた。
「あのね、護」
「……? なんですか?」
「ごめんなさい」
「え――」
「この二日、ぎくしゃくしていたのは……私のせいよ」
立ち止まって振り返ろうとした……でも……護の気持ちがわからなくて……怖い……
結局振り返られないまま、話を続ける。
「護に涙を見せちゃって、それが情けなくて、恥ずかしかったの。護の顔を正面から見つめられなかった。ほんとは、私の方から謝らなくっちゃいけなかったのにね。ごめん。頬をぶってごめん。どうやってあなたに謝ればいいのかずっと悩んでて、でもわからなくて、あなたに冷たくしていた気がする。……許して」
私の言葉に、しばらく帰ってこない護の返事……
不安になって振り返ろうとしたその時…
「許してあげます」
冗談っぽく言ってくれた護の言葉。
「あり、がとう。それじゃあ、この話はこれで終わりね」
そう言って振り返る。
恥ずかしかったけど、護に精一杯の笑顔で微笑んだ。
あの後、護と明日香のことで話し合ったけど……
それよりも……
護とようやく仲直りできたことが嬉しくて……
階段を下りる一歩一歩が、まるで飛んでるみたいな気分…
「大好きよ……護……」
聞こえないように口の中でそっと呟いて、私は階段を駆け下りていった。