DADDY FACE SS 『遠い国のサムライ(加筆修正版)』
by Sin



「今頃…どうしているかしら……」
 そう言ってノイエは窓の縁に頬杖を付いて溜息をつく。
 脳裏に浮かぶ姿は気弱そうな青年の笑顔だった。

 あの時、ミュージアムに追われて日本へ逃げたことが彼との出会いを生んだ…
「あれから…もう2ヶ月もたつのね……」
 と、その時、奥の部屋からノイエを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はい。今行きます」

 奥の部屋でノイエを待っていたのは彼女の祖母、マレーネだった。
 最近では、あの事件での傷も殆ど癒えて通常の生活を送る分にはこまらない程に回復し、あの毒舌で周りを振り回している。

「ノイエ…お前、日本に戻りたいかい?」
 突然のマレーネの言葉に戸惑いを隠せないノイエ。
 だが、しばらくの逡巡の後、小さく頷いた。
「そうかい……」
「あの…おばあさま?」
 黙り込んだマレーネの様子に不安になったノイエが呼びかけると、わずかに彼女に目を向けてじっと見つめた。
「……いいよ…お行き……」
 その言葉に思わず目を見張るノイエ。
 戸惑っている彼女の額をマレーネは軽く小突いた。

「なんて顔してるんだい。どうせ、あの男に会いに行きたかったんだろう?」
 そう言われて、ノイエは顔を真っ赤に染めた。
「お、おばあさま! わ、わたしは別にシュージの事は……」
「おや、草刈の坊やの事だったのかい? わたしはあの男としか言ってないけどねぇ」
 その言葉にノイエは更に真っ赤になってうつむく。
 …と、その時。

「日本に行くの!? わたしも行く!」
 そう言って部屋に飛び込んできたのは、ルイーゼだった。
「ルイーゼ!?」
 驚いて振り返ったノイエに抱きついてきたルイーゼは、期待に目を輝かせている。
「ね、おばあちゃん、わたしも行っていいでしょ?」
「ルイーゼ、私は日本に留学しに行くのよ?」
「でも……美沙ちゃんのパパにも会いに行くんでしょ?」
 笑顔でそう言われてはさすがにノイエも否定はできない。
「う、ま、まあ、彼には色々お世話にもなったし……挨拶くらいは………」
 何とかごまかそうとするものの、しどろもどろだ。
 その様子に、ルイーゼが気づかない筈がない。

「ずるい…お姉ちゃんだけ美沙ちゃん達に会いに行くなんて……」
 ノイエが連れて行ってくれそうにもない事が解ったのか、先程までの元気もどこへやら、いつもの大人しいルイーゼに戻ってしまった。
 ルイーゼの落ち込み様に、ノイエも思わず言葉に詰まる。
 重い沈黙……その沈黙を破ったのは、意外な一言だった。
「………いいよ。行っておいで」
 しばらく迷った末に、マレーネはそう言うと、ルイーゼは途端にパッと表情を輝かせる。
「お、おばあさま!」
「ほんと! おばあちゃん!!」
 詰め寄ってくるノイエとルイーゼに少し引きながらもマレーネは頷いた。

 その日の夜……

 あの後、なんとかルイーゼを置いて行こうとしたノイエだったが、結局最後には泣き落とされて、連れて行く事になってしまった。
 急な事ではあるが、明日の昼頃にはこちらを発つ事になる。
 ルイーゼの事やマレーネの事など不安はつきないが、今のノイエにはそれ以上に楽しみな事があった。

「明日……明日になれば……会える………」
 あの日、抱きかかえられてホームを跳び越えた事が頭を過ぎる。
「お姫様だっこ……って言ったかしら……ふふっ……」
 身体に残る、彼に抱きかかえられた感触……
 まるでその余韻に浸るかのように、ノイエはそっと身体を抱きしめた。

 その時……。
「……お姉ちゃん………」
 突然の背後からの声に驚いて、ノイエはベッドから落っこちてしまった。
「あ、あいたたた……」
「だ、大丈夫、お姉ちゃん……?」
「えっ、ええ、大丈夫。それにしても…ルイーゼ……こんな夜中にどうしたの?」
 ノイエがそう聞くと、ルイーゼは照れくさそうにもじもじとしている。
「眠れないの?」
「……う、うん……」
「そっか……わたしもよ……」
「お姉ちゃんも?」
「ええ……」
 そう言って微笑むノイエの横に、ルイーゼはちょこんと座った。
 
「……お姉ちゃん」
「なあに?」
「鷲士お兄ちゃんの事……好き?」
「なっ…!?」
 ルイーゼの言葉に思わず絶句するノイエ。
「おばあちゃんが……お姉ちゃんは鷲士お兄ちゃんの事が好きだから……早く会いたくて……うずうずしてるって……」
「そ、そんなこと……べ、別に私は……」
 真っ赤になってごまかしてみても、これでは丸わかりだ。
 それからも必死になって言いつくろおうとするが、更にドツボにはまっていく。
 結局、その言い訳は、ルイーゼが眠ってしまうまで続いたのだった。

 月の光に照らされて眠るルイーゼ。
 その傍らでノイエはその空をずっと眺めていた。
「シュージ……早く…会いたいな……」
 そっと紡がれた言葉は、誰の耳に聞こえることもなく、夜空へと消えていった………






                     
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