DADDY FACE SS 『樫緒の野望』
by Sin



 春の陽気が心地よく感じられる頃、カト女近くの喫茶店に、やたらと人目を引きつける2人がいた。
 1人は、黒のシャツに同色のスラックスを身に纏った少年、結城財閥の次期総帥、結城樫緒。
 もう1人は、黒のタンクトップに白いブラウス、そして同色のスラックスを身に纏った女性で、樫緒の実の母親でもある麻当美貴だった。
 別段変わった事をしてるわけではないのだが、際だった2人の容姿はその場に存在するだけで、人目を引いてしまうのだ。

 いつもなら、美貴が鷲士の事を取り持って貰う為に樫緒とその姉、美沙を呼び出すのだが、今回は樫緒が美貴を呼び出していた。

「それにしても樫緒から呼び出してくれるなんて珍しいじゃない。いつもは私が呼んだって、忙しいってなかなか来てくれないのに」
「母さま、お聞きしたい事があります」
「うん、なにかな?」
 興味深そうに聞いてくる美貴に、樫緒はぐっと何かを堪えるような表情をしていたが、やがてキッと睨み付けると、美貴に詰め寄った。

「どうして、僕を先に産んでくれなかったのですか!?」
 あまりの樫緒の剣幕に思わず怯んだ美貴だったが、しばらくして何を言われたかわかると、今度はキョトンとした。
「え、えっと・・・どういう・・ことかな?」
 苦笑いを浮かべながら聞く美貴。当然、そのおでこにはでっかい汗が浮いている。

「もし・・もし僕が先に産まれていたなら・・今頃・・姉さまは・・僕を・・お兄ちゃん・・いえ・・兄様・・・と呼んでくれて・・・父さんよりも・・僕を頼りにしてくれていたはず・・・わずかでも・・・僕が姉さまより先に産まれていれば・・」
「あ、あの〜・・・もしも〜し・・・」
「この上はっ!! 一刻も早く父さんとの関係をはっきりさせて下さい!! そして、願わくば妹を! いつも僕に甘えてくれる妹をっ!!」
 身を乗り出して言ってくる樫緒に、美貴は周りを気にして顔を真っ赤にした。

「ば、ばかっ、いきなりこんな所でなんてこと言うのよっ!」

 辺りからの笑い声に更に耳まで真っ赤になった美貴は、そのまま喫茶店を出て行ってしまった。

「ま、待って下さい、母さま!」

 慌てて追ったものの、すでに美貴はどこかへ走り去った後だった。

「キミキミ、お勘定!」
「あ、ああ、すみません。じゃあこれで・・」
 樫緒はそう言って財布から適当に1万円札を掴むと、店員に渡した。
「え、ええっ、こ、これ、多すぎるよっ!」
「騒がせてご迷惑をおかけした分です。では」
 そう言うと樫緒はその場から姿を消した。
 立ち去るのではなく、文字通り、転移したのだ。

「ひっ・・き、消え・・・」
 思わず腰を抜かした店員だったが、持っている札束を思い出して数えてみた。
「・・・・にっ・・20万円っ!? ・・・お勘定、1050円だったのに・・」
 呆然と樫緒の消えた辺りと手の中の札束を見比べて、店員はそのまましばらく動く事ができなかった。

 それ以来、その店には美少年の幽霊が、大金を持って現れるという噂がまことしやかに囁かれるようになったらしい。


 それから数年。
 ようやく鷲士に打ち明ける事のできた美貴は、それから間もなく鷲士と結婚した。

 美沙はなんとなく寂しそうだったが、それでも嬉しそうに笑っていた。
 だが、樫緒はそれ以上の期待をふくらませていた・・

「・・・ようやく・・これでようやく・・・ふふふ・・・」

 怪しい笑みを浮かべる樫緒の様子に、美沙は本気で病気と思ったのか、FTIの医療スタッフを総動員する騒ぎになったのだが・・それはまた別の話。

 ・・春・・夏・・秋・・そして結婚して2度目の冬・・
 草刈家に、新たな命が誕生した。
 だが・・

「お、男・・ですか・・」
「うん、ほら美貴ちゃんによく似た可愛い男の子。名前は雪人って決めたよ」
「そうですか・・」
「新しい弟かぁ・・よーし、色々トレジャーハントとかに連れてってあげよ〜っ! 樫緒みたいにヘナヘナのもやし君にしちゃったら可哀想だもんね〜♪」
「も、もやし君・・・」
「こら美沙! トレジャーハントなんてやめなさいって言ってるだろ! それに、雪人を連れて行くなんて絶対ダメ!」
「いいじゃない。ゆーくんだってお姉ちゃんと一緒にトレジャーハントしたいよね〜?」
 そう言って美沙がにっこり笑いかけると、雪人は手をバタバタとさせて暴れた。
「ほら、ゆーくんも行きたいって」
 美沙の言葉に更に雪人は暴れる。
「嫌がっているように見えるんですが・・」
「絶対行きたいって言ってる!」
「なぜそう思うんです?」
「う〜ん、女としてのカンね。だから樫緒にはわかんないの」
「そ、そういうものですか・・?」
「そういうもの、そういうもの」
 にこやかに言い切った美沙の横で、雪人は暴れ疲れて眠ってしまっていた。

 そして・・また時が過ぎた・・

 美しい月の輝く夜。
 草刈家にまた新しい命が誕生した。

「女!? 女の子なんですか!?」
「うん、今度は女の子」
「美月って名前にしたの。こんなに綺麗な月が出てるから・・まるで夜空に祝福されたみたいでしょう?」
「美月・・いい名前です・・」

− これで・・これでやっと・・

 そんな樫緒の思惑は、思わぬ形で裏切られる事になった。

「美月〜早くしないと置いてくぞ〜」
「あ〜ん、雪人兄さま、待って〜」
 仲むつまじい雪人と美月・・
 それを見つめながら、樫緒の手はわなわなと震えていた。
「ふふっ、まるでカルガモの親子みたいね。いっつも雪人の後ばっかり着いていくんだもの」
「なぜ・・なぜ僕ではないのです・・・」
「ん? なんか言った?」
「いいえっ、なんでもありませんっ!」
 そう言うなり、樫緒はその場から転移した。
 そして誰もいない海の上で叫んだ。

「なぜだ、なぜなんだぁぁぁぁっ!!」

 そして・・それからまた数年・・
 再び草刈家に新たな命が誕生した。

「こ、今度も女の子なんですね!?」
「どうどう、そんなに興奮しないの」
「ぼ、僕は馬ですか・・! そんなことより・・」
 詰め寄る樫緒の目の前に、可愛らしい赤ん坊が差し出された。

「美しい花で美花。可愛いでしょ?」
 そう言う美貴の言葉も聞こえないかのように、樫緒はそっと指先を美花の頬に触れさせていく。
 すると、美花は嬉しそうに笑い、樫緒の指を握った。
「へぇ〜、樫緒、美花にはずいぶん気に入られたみたいねぇ。美月なんて樫緒の事見向きもしなかったのに」
「ようやく・・ようやくこの日が・・」
「樫緒?」
「ふふ・・ふふふ・・・」
「・・・あんた・・やっぱり病気ね・・」
 額にでっかい汗を浮かべた美沙を気にも留めず、樫緒はその日、授乳時間になって美貴に追い出されるまで、美花の事を離そうとはしなかった・・

 そして数年・・

「樫緒兄さま〜♪」
「美花、よく来ましたね。山岡さん、僕はちょっと出かけてきます」
「はい、坊っちゃま」
「じゃあ、美花、行きましょうか。今日はどこが良いです? 遊園地か・・それとも動物園か・・」
「うんとね〜、樫緒兄さまといっぱい遊べるところ〜♪」
 そんな美花の言葉に顔が緩みっぱなしの樫緒。
 楽しげに美花と出かけた樫緒を見送った山岡は深い溜息をついた。

「美花さまの事が大切なのはわかりますが・・こう毎日では、業務に支障が出てしまいますよ・・樫緒さま・・」

 そんな山岡の思いなど知るよしもなく、樫緒はそれからも毎日のように美花と遊び歩いた。

 結局、美沙に『ふっとべ君・ば〜にんぐば〜じょん』でしばき倒されるまでその日々は続いたのだった・・







                     
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