DADDY FACE SS 『回避不能(3)』
by Sin
地に倒れ伏す虎雄。
慌てて駆け寄ろうとする美沙だったが、鷲士に止められた。
「離して、鷲士くん! 虎雄が…虎雄がッ!!」
振り解こうとするが、鷲士の手はしっかりと美沙の腕を掴んで離さない。
「…この程度か? こんな程度の事で挫けてしまう程度の覚悟だったのか? 虎雄!」
「う…くっ……ま、まだ……まだっ!!」
歯を食いしばり、口の端から血を溢れさせながら必死に立ち上がる虎雄。
その姿に、美沙の頬を涙が伝う。
「も、もうやめてよぉ! このままじゃ、虎雄が死んじゃう!」
泣き出した美沙を一瞥した鷲士だったが、スッと目を逸らすと美貴に任せ、再び虎雄の前に対峙した。
「立っているのがやっと……と言った感じだな……」
ふらふらとおぼつかない足取りで歩く虎雄にそう言うと、鷲士は一気に間合いを詰めた。
「……例えボロボロになっていても…相手は容赦なんてしてくれない……むしろ、好機を与える事にしかならないんだ」
その言葉と共に鷲士の手が霞む。
一瞬の間を置いて、虎雄の身体が大きく跳ね飛ばされた。
“九頭・右竜徹陣”
そのまま地面に叩きつけられ、2回、3回と跳ね上げられる。
「虎雄!!」
美沙の悲鳴に呼応するかのように、更に苛烈さを増す鷲士の攻撃。
幾度も空中に弾き飛ばされ、幾度も地に叩きつけられる。
だが、それでも虎雄は立ち上がった。立ち上がってきた。
「虎……雄……っ」
呆然とその様を見つめる美沙。
その瞳には涙が溢れ、震える足は身体を支えきれず、背後から美貴に支えて貰ってようやく立っていられる状況だ。
「どうして……どうしてここまでしなくちゃいけないの……」
呟く美沙。
すると、今まで黙って状況を見つめていた美貴が、そっと美沙の身体を抱きしめて囁いた。
「しゅーくんは、美沙達に自分と同じ思いを味合わせたくないのよ。そして、生まれてくる子供にもね」
「……美貴ちゃん…」
「前に話したよね? しゅーくんがお母さんに捨てられた事…」
「うん……」
「………自分を捨てた母親が憎い…でも、優しかったお母さんが大好き…しゅーくんの中では、いつもその相反する感情がぶつかり続けているの。だから…あなた達に知っていて欲しいのよ。産む覚悟……そして、育てていく覚悟…をね」
そう言って強く抱きしめる美貴の手に、美沙の涙がこぼれ落ちる。
大きく…そして時に厳しい両親の優しさ…
愛されているから…愛してくれているからこその厳しさ…
それが胸の奥でとても大きな温もりとなって溢れ出す。
いつしか、美沙の涙は哀しみの物から喜びの涙へと変わっていた…
「見届けてあげて。貴方が選んだ人の覚悟を。そして、美沙。貴方への愛情の深さを」
「………うん……っ」
歯を食いしばり、目の前で傷つきながらも戦い続ける虎雄の勇姿をしっかりとその目に焼き付ける。
そして、その想いが虎雄に力を与えた。
「美沙……俺は…俺はぁぁぁぁッ!!」
全身から闘気が迸る。
今、鷲士には見えていた。
虎雄の身体から溢れた闘気が、形作る巨大な猛虎。
その尾があらゆる外敵から美沙を守るように、その周りを優しく包み込んでいる様が、はっきりと。
「そう…それでいいんだ……」
微かに呟く鷲士の口元に笑みが浮かぶ。
だが、それは一瞬の事。すぐに引き締められた口から放たれる裂帛の気合い。
鷲士の踏み込みに地面が深く陥没し、その直後、その姿が皆の視界から消え去った。
「なっ!?」
美沙達が驚きに目を見張る。
だが、ただ1人…虎雄だけはその姿をハッキリと捉えていた。
左半身を動かす為の気すら踏み込みの力に変え、まさに天空から襲い来る鷲の如く迫る鷲士。
そして……
再び地面の陥没。
それは虎雄の数歩手前に2度、そして…3度目の陥没と同時に、虎雄の胸に突き刺さる正拳。
「がはっ!!」
その衝撃は右竜徹陣以上のもの。だが、まだ終わりではない。
虎雄の右上から打ち下ろされるように襲い来る最後の一撃。
これが決まれば、おそらく虎雄の命はない。
今、鷲士に使える最大の一撃。
“九頭・双竜涅槃撃”
通常はゆっくりとした踏み込みから放つ技。しかし、鷲士はこれを最大級の移動速度を保って放った。
決まれば……必滅の技となる……
「(動けない……!?)」
虎雄には今の時間が恐ろしくゆっくりと感じられた。
振り下ろされる鷲士の左手。
「(あれを食らえば…死ぬ……)」
迫る…迫る……悪意も、殺意も、狂気も、一切含まない、純粋たる破壊の力。
「(死ねない……死ねない……死ねない……死ねない………死ねないっ!)」
今、まさに鷲士の左手が虎雄の胸元を、捉え………
「死んで……たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その瞬間…
「虎雄っ!」
「鷲士!?」
弾き飛ばされたのは……虎雄だった……
「虎雄!? 嫌ああああああああっ!!」
悲鳴を上げて駆け寄ろうとする美沙。
だが……
「え……っ?」
思わず立ち止まる美沙。
その視線の先には、ふらつきながらもしっかりと自分の足で立ち上がる虎雄の姿があった。
「と、虎雄ッ!」
「はぁっ……はぁっ……ゴホッ!」
僅かに血の混じった咳。
だが、それ以上酷くなる事はなく、そのままゆっくりと鷲士に向かって歩き出す。
呆然と見つめる美沙。
そして……
「……師匠…」
そう、虎雄が語りかけた瞬間……
ぐらり…と、鷲士の身体が蹌踉めいた。
「師匠!」
「鷲士!?」
「鷲士くんっ!!」
慌てて支える虎雄。
美貴達も慌てて駆け寄ってくる。
「師匠! しっかりして下さい!!」
「鷲士っ! 鷲士!! しゅーくんっ!!」
「鷲士くん! 鷲士くんっ!!」
必死に呼びかける声が届いたのか、ゆっくりと鷲士が瞼を開いた……
「う……っ…ぐ……はぁっ……虎雄……くん……それで…いいんだ……」
「師匠……」
痛みに呻き、咳き込みながらもゆっくりと身体を起こす鷲士。
美貴が慌ててその背中を支えた。
「どんなに……相手が強くても…自分よりも……ずっと強い相手でも……心が負けなければ……君は…絶対に負けない……」
そう言ってぐっと虎雄の手を握ると、側に立つ美沙の手を取って重ねた。
「師匠……?」
「え、えと……鷲士……くん?」
戸惑う2人。
その様子に鷲士は優しく微笑むと、そっと告げた。
「……2人とも…幸せに……虎雄くん…美沙ちゃんの事、よろしくお願いします…」
微笑む鷲士の瞳に浮かぶ涙…
それは……最愛の娘へ贈る、最高の贈り物……
「鷲士……くんっ……ありがと……ありがとう……お父さん……っ…」
泣きながら抱きついてくる美沙の肩をそっと抱き寄せて、優しくその頭を撫でる。
「幸せになるんだよ……美沙ちゃん…」
「うん……うんっ!!」
いつまでも泣きじゃくる美沙の側で虎雄が、美貴が、そして鷲士が、暖かい微笑みを浮かべていた……
ちょうど、その頃………
「山岡さん、それは……事実なのですか……?」
「はい。幾度も検査をした結果、間違いないと」
「……そう…ですか……」
「坊っちゃまも、美沙お嬢さまの所へ行かれるのですか? でしたらすぐに車を……」
そう言って山岡が部屋を辞そうとしたその時だった……
「必要ないっ!!」
突然の激しい言葉に、驚きと共に振り返った山岡の目に映った物…
それは……
紫電のごとき閃光を撒き散らしながら荒れ狂う樫雄の力。
「ぼ、坊っちゃま!?」
「赦さない……赦さないぞ、高峰虎雄! よくも姉さまを……この僕の姉さまを傷つけたなっ!!」
見開かれた瞳が、樫雄の力の象徴でもある青い光を放つ。
「お、お待ち下さい、坊っちゃま!!」
「今すぐに……八つ裂きにしてくれるっ!!」
その瞬間、樫緒の姿は屋敷から消え去った……
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