斬魔大聖デモンベイン SS
『瑠璃の休日2』
by Sin
「はぁ……どうしてこうなるのかしら……」
思わず溜息が漏れる。
たまたま取れた休みに、また大十字さんの所に行こうかと思って一人で出てきたはいいのだけれど……。
「いいからちょっと付き合え」
「消えなさい」
唐突に絡んできた男性が数人。
さっきからお断りしてるのだけど、しつこくって……ほんとにもう、嫌になりますわ……。
こんな時に、ウィンフィールドが居てくれたら…そう思った瞬間、邸を出るときの事を思い出してまた溜息。
「こんなことなら、あの時…素直にウィンフィールドに送ってもらえば良かったですわ……」
呟きながら、出るときのやり取りを思い出す。
「お嬢様、お出かけになられるのですか?」
「ええ、少し大十字さんの所に行ってきますわ。たまの休みですし」
「でしたら、最近は物騒ですので大十字様の事務所までお送りいたします」
「心配ありませんわ、ウィンフィールド」
「しかし……」
心配そうな彼の様子に溜息。
「もう、そんなに私の事が信用ならないのかしら?」
「い、いえ、そのような事は……」
引きつった表情が何よりも言いたい事を物語っていますわね…でも……。
「それなら心配する必要もありませんわね。後の事は頼みます、ウィンフィールド」
「承知…致しました。お嬢様、どうかお気をつけて」
邸を出る時までずっと心配そうに見つめてくれていたけど、まさか本当にこんな事になるなんて……。
「おい、聞いてるのかよ!」
「貴方達と話すことなんて何もありませんわ。急ぎますから失礼」
そう言って彼等の間を抜けて行こうとしたその時だった。
「逃げられるなんて思ってるのか? へへへ……」
唐突に肩を掴まれて抱きつかれ、私は思わず悲鳴を上げてしまう。
「―――っ!? な、何をするつもりです!! 離し――むぐぅっ!?」
人通りが途切れてしまった瞬間、突然彼等の手に口を塞がれた。
必死に逃れようとするけれど、男性の力にはとても叶わず、そのまま暗がりに引きずりこまれてしまう。
本気で身の危険を感じて泣きそうになった次の瞬間――。
私を取り囲んでいた数人の男性がいきなり全員倒れ付した。
「な―――っ!?」
背後で私の口を塞いでいる男性が目を見張る。
そして……
「洒落にならない真似してんじゃねぇよ、クソ野郎が」
背後に感じる衝撃。
口を塞いでいた手が離れて……。
「大丈夫かい? ここいらは物騒だ、女の子が一人じゃ…って、姫さん!?」
その声に慌てて振り返ると、そこに居たのは大十字さんだった。
「……大十字……さん……?」
「なんで姫さんがこんな所に……って、それより怪我は無かったか?」
「あ……は、はい……」
信じられなかった。なぜこんな所に大十字さんが……。
それに……
「えっと…そんなにじっと見つめられると……照れるんだけど…な」
「――――っ!?」
そう言われて、私は大十字さんに見とれていた事に気づいた。
慌てて目を逸らすけど、なんなの…胸が……ドキドキする……。
「おい、九郎。何をやっておるのだ。妾を一人で置いて行くなと…ん? 小娘ではないか。ここで一体何をしておるのだ?」
「見りゃ判んだろ?」
「……ふむ、乱交パーティとは、金持ちのすることはいまいち判らぬな」
「乱っ!? だ、誰がそんな事をしますか!!」
そう言い返した瞬間、私の脳裏にさっきの情景が浮かぶ。
もしもあのまま大十字さんが助けてくれなかったら、あの数人の男達に――。
思わず身体が震え、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。でも……。
「アル、今それは洒落にならんからやめとけ」
「ん?」
大十字さんの荒っぽいけど優しさに満ちた言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが壊れた。
「……ぐすっ…うぅ…」
「あ……姫…さん…?」
「な、汝……」
溢れてしまった涙はもう止められない。
戸惑う大十字さんとアル・アジフ。
「…あ〜あ、泣かしちまった……」
「わ、妾の所為なのか……? あ、いや……済まぬ…状況を考えれば、言って良い事ではなかったな……」
「ほら、姫さん。もう大丈夫だからさ」
「「あ……」」
私とアル・アジフの声が重なる。
唐突に抱きしめられた驚きの声と、それを見ていた戸惑いの声。
「だ、大十字……さん……?」
「少しだけこうしててやるから、とりあえず泣いときな」
「……はい…」
躊躇いながらも、そっと大十字さんの胸に縋り付く。
アル・アジフは少し嫌そうな顔をしているみたいだけど、何も言っては来なかった。
それからしばらくして……。
ようやく落ち着いた私は大十字さんからそっと離れる。
「ん? もう大丈夫か?」
「はい……すみません、ご迷惑をおかけして……」
「全くだ……九郎に抱きついて良いのは妾だけだというのに……」
ぶつぶつと愚痴を漏らすアル・アジフに苦笑する大十字さんは、そっと彼女を抱き寄せると耳元で何かを囁いた。
「――っ!? う、うつけっ!! な、な、汝は何を戯けた事をっ!!」
「図星だろ?」
大十字さんの言葉に耳まで真っ赤になって俯くアル・アジフ。
一体何を言われたのかしら……
凄く気になるけれど、それ以上に大十字さんの胸に抱きしめられていた事を思い出し、激しく胸が高鳴る。
「……さん…姫さん?」
「――っ!?」
「大丈夫か? ぼーっとしてるけど……」
「だ、大丈夫ですわ」
「そうか? ならいいんだけど……」
「大方、九郎の格好良さに見惚れておったのであろう?」
アル・アジフの言葉に一瞬胸が締め付けられるような痛みを感じた。
自信に満ちたその表情は、大十字さんとの絆の深さを示しているようで……。
って、私ったら、何を考えているの?
大十字さんは素敵な人だとは思うけれど……生活力は皆無だし、特別に頭が良い訳でもないし。
あまりにも仲の良い所を見せ付けられるから、腹立たしく思うだけですわ……よね?
「小娘…九郎に手を出す事は許さぬぞ」
唐突に、耳元でそっとアル・アジフが囁いてくる。
「な、なんですの、いきなり……」
「……九郎の事が気になっておるのであろう?」
「べ、別に気になどしていません」
「ふふん、そう言う顔ではなかったがな」
「――――――っ!!」
思わず顔が赤くなる。
確かに、大十字さんに好意らしきもは抱いているかもしれない……。
でも、恋愛感情……なんてものとは違う……はず。
だって……私は、お爺様の様に優しく、包容力があって、とても温かな人が理想なのだから……。
ま、まあ、大十字さんも…優しくて…さっきみたいに辛くて泣きたいときにはそっと抱きしめてくれる包容力も……。
それに……。
思い出すだけで、恥ずかしくなる。
大十字さんのあの胸に抱きしめられて……少しも嫌じゃなかったなんて……。
「姫さん?」
「……え?」
「やっぱり変だぞ、今日の姫さん。すぐにぼーっとして……どっか具合でも悪いのか?」
「い、いえ、そんな事は……」
何をやっているのかしら、私……。
自分を見失ってしまうなんて事、初めてですわ……。
「……そうだ、姫さん」
「はい?」
「この前来てくれた時には、まともに相手も出来なかったし…これから護衛がてらに案内でもしようか?」
「えっ……」
思わぬ提案に、言葉を無くしてしまう。
呆然とする私に苦笑する大十字さん。
と、その時、アル・アジフが猛然と食って掛かった。
「何を言っておるのだ、九郎! 今は妾と……」
「姫さんには色々世話になってるしな。たまには返しておかないと……」
「……後味が悪い…と?」
「そういうこと」
大十字さんのその言葉にアル・アジフはしばらく納得できない表情で頬を膨らましていたけれど、やがて大きく溜息をついて呟いた。
「むぅ……汝がそう言うのならば…やむを得ぬが……」
「サンキュ、流石はアル。俺の性格判ってるな」
「人の域を超えた世界で生死を共にした我等だ。汝の性格など、百も承知しておるわ。大体、汝だって妾の性格を知り尽くしておるからそう言う言い方をするのであろうが」
「へへ、確かにな」
そう言って見つめ合い苦笑する大十字さんとアル・アジフ。
そんな2人を見ていたら、また胸が少し痛んだ。
あれからしばらくして、私は大十字さん達に連れられてあちこちを回った後、商店街へとやってきた。
邸にいる時は買い物なんてする必要など無かったから、自分がこんな所に来る事など想像もしていなくて……。
戸惑って辺りを見回している私に、唐突に差し出されるアイスクリーム。
「ほら、姫さん」
「え? 私に?」
「普段どんなの食ってるか知らないけど、庶民の味ってのもなかなかいいもんだぜ。ほら」
「あ、はい……頂きます」
躊躇いながら受け取る。
安っぽいコーンの上に3段重ねに載せられたアイスクリーム。
でも……。
恐る恐るそっと舐めてみる……特別に高級って訳ではないけれど……冷たくて…美味しい……。
「気に入ってくれたみたいだな」
「ええ、とても美味しいですわ」
「そいつは良かった。ここのアイスはアルもお気に入りでさ。時々、買わされてるよ」
大十字さんはそう言うと、自分もアイスに口をつけた。
その子供のような笑顔に思わず微笑を誘われてしまう。
「……むぅ、良いではないか。普段は我侭を言わぬように控えておるのだ、この程度位は……」
「赤貧の時にもこれだけは譲らなかったよなぁ、アル?」
「汝の求めにはそれなりに応じておるのだ……一日二日食わずとも、この位は返さぬか」
少し頬を赤らめて呟くアル・アジフに苦笑する大十字さん。
求め……って? と、思わず聞いてしまいそうになったけれど、直前にその意味に思い当たって私は言葉を詰まらせた。
「そ、そのような話は、私の居ない所でして頂きたいですわっ!!」
顔が熱い。
多分、真っ赤になっていると思う。
そんな私の様子に、アル・アジフは少し意地悪そうな笑みを浮かべて耳元で囁いてきた。
「耳まで染めて何を想像しておるか、小娘」
「―――っ!?」
アル・アジフの指摘に心臓が飛び出てしまいそうなほどに動揺してしまう私。
あまりの恥ずかしさに慌ててアイスクリームを食べてしまい……。
「おいおい、そんなに慌てて食ったら…」
「〜〜〜〜〜っ!!」
頭がキーンと痛くなってしまった。
「言わんこっちゃない。大丈夫かい、姫さん?」
「え、ええ……大丈夫……ですわ」
痛む頭に手をやってしばらくすると痛みがひいてきた。
「ふぅ……こんな事、初めてですわ……」
「姫さんは、こんな形で食うこともないだろうしな。あ、ほら、口元にアイスが付いてるぞ」
笑いながらそう言うと、大十字さんは突然私の口元に手を伸ばして付いていたアイスを拭ってくれて……。
「あ…っ」
そのまま、自分の口の中へ。
突然の出来事に頭が真っ白になってしまって、呆然と大十字さんを見つめる私。
アル・アジフも同じだったようで、しばらく硬直していたのだけれど……。
「く、く、く、九郎――――っ!!」
「な、なんだよ、アル?」
「なっ、なんだよではないわ!! 汝、今何をした!!」
「何って……姫さんの口元についてたアイスを拭っただけだけど?」
「ならば、何故にそれを口にする!! それではまるで間接……っ」
思わず口籠もるアル・アジフ。
でも、その言葉が私の中のスイッチを入れてしまったようで……。
「―――――っ!?」
一瞬で、頭から湯気が噴出しそうなほどに真っ赤になってその場にぺたんと座り込んでしまった。
「あ、いや……そう言うつもりじゃなかったんだが…」
「妾と言うものがありながら……その目の前で汝は……っ」
そう言うアル・アジフの瞳が潤んでいる。
「………アル」
「うつけ! うつけうつけうつけっ!!」
「……ホントにそんな気はなかったんだって」
「どうだか!!」
本気で怒っているみたい……。
やはりこれは私の所為ですわよね。
そう思って仲裁しようとしたその時……。
「俺が愛するのは、お前だけだ、アル」
「そんな言葉などで誤魔化されは…んんぅっ!?」
「――っ!?」
目の前の光景に、再び頭が真っ白になってしまった。
だって……突然、大十字さんがアル・アジフの唇を奪って抱きしめたのだから……。
この場にいるのは2人だけではないし、見ているのも私だけではない。
昼日中、様々な人々が行き交うこんな場所で、こんなにも激しい……。
見ていられずに目を背ける私を余所に、2人は熱い口付けを交わし続け……周囲からの歓声が小さくなっていった頃、ようやく唇を離した。
「……九郎…」
「ごめんな……アル」
「えっ……?」
「その気は無かったと言っても、お前に嫌な思いさせちまったことは間違いないからな……」
そう言って、大十字さんはアル・アジフをしっかりと抱きしめる。
急に抱きしめられて驚いた様子で目を見開いていたアル・アジフだったけれど、やがて一滴の涙を零すとそっと頷いた。
「もう……よい。妾も少々短気過ぎた。汝が妾の事を裏切る筈など無いと言うのにな……」
「アル……」
少し寂しそうに呟くアル・アジフを抱きしめ、そっとその髪を撫でている大十字さん。
何故……?
彼女が…羨ましく思えてしまう……。
「それにしても……」
「ん?」
「…あれは反則だぞ、九郎……あんなに情熱的な口付けをされては、何も言えなくなってしまうではないか……」
そう言いながらも、微笑むアル・アジフ。その笑顔に大十字さんの頬が赤くなった。
照れくさそうに苦笑しながら、大十字さんはアル・アジフと見つめ合い……またそっと唇を重ねる。
「ん……っ……九郎…また…」
「悪ィ、お前のそう言う顔見てたら……つい…な」
「まったく……汝は……」
頬を赤らめて微笑むアル・アジフ。
その表情はとても幸せそうで……。
「随分と、仲が宜しくて良かったですわねっ」
じっと見詰め合う2人に、何故か酷くいらついて思わずそんな言葉を投げかけてしまう。
そんな私をアル・アジフは目を丸くして見つめていたけれど、やがて……。
「ふふん……」
絶対的な自信を取り戻した笑みで見つめてきた。
それがまた酷く悔しい……。
何故……?
私は大十字さんの事などなんとも思っていないはずなのに……。
「姫さん?」
「―――っ!? な、な、何ですか、大十字さん?」
「あ、いや……驚かすつもりはなかったんだけど……そろそろ日も暮れかけてるし、邸まで送ろうか?」
「えっ……? もう、そんな時間なのですか?」
大十字さんの言葉に、懐中時計を取り出して見ると、確かにもう帰らなくてはいけない時間になっていた。
「……こんなに時が過ぎるのが早く感じたのは初めてですわ……」
「あんまり多くは回れなかったけど、楽しんでもらえたかい?」
「ええ、大十字さんのお陰で充実した休日を過ごす事が出来ましたわ」
「そいつは良かった」
「妾と九郎の時を邪魔しておいて、楽しくなかったなどと言ったならば即座に消し飛ばしてやる所だ!」
「こら、アル」
「ふんっ」
少し拗ねた様子でそう言うアル・アジフ。
確かに今回は彼女にも悪い事をしてしまった……。
大十字さんとの時間をどれほどに楽しみにしているのか、私だって知っているはずだと言うのに……。
「大十字さん、ここまでで構いませんわ」
「え?」
「邸に連絡を入れて、ウィンフィールドに迎えに来てもらいますから」
「あ、だけど……」
「……今日は一日本当に楽しかったですわ。でも、その為にアル・アジフに辛い思いをさせてしまいましたから……ですからここからは彼女の為に……ね、大十字さん」
「姫さん……」
「小娘……汝……」
「また別の休日には……今日とは違う場所に連れて行ってくださいね、大十字さん。楽しみにしていますから」
「あ、ああ。わかった」
「……汝…本当に…良いのか?」
戸惑うようなアル・アジフの声。
「ええ。それに……」
「それに?」
「少し、一人で考えてみたい事がありますから……」
「……汝がそう言うのであれば……九郎、行くとしよう」
「だけど……」
「女が一人考えたいと言う時に、男が邪魔をするものではない。小娘にも何か考えがあるのであろう」
そう言う彼女の言葉に頷きを返す。
大十字さんはそれでもしばらく迷っていた様子だったけれど、やがて……。
「わかった、姫さんがそこまで言うなら俺達はここから別行動させてもらうよ」
「ええ、そうなさって下さいな」
「んじゃ、姫さん…またな。アル、行くぞ」
「うむ。ではな、小娘」
そう言って去って行く2人。
寄り添いあうその姿は本当に仲睦まじくて……少し、羨ましくなってしまう……。
「大十字さん……」
無意識に呟いたその名前は、夕暮れの町並みの中へと消えていく。
迎えに来たウィンフィールドが運転する車の中、私は胸の奥に留まったままの暖かい想いに戸惑いながら、そっと唇に触れる……。
「私は……」
「何か仰られましたか、お嬢様?」
「いえ……ねぇ、ウィンフィールド」
「はい?」
「……いいえ、何でもありません……」
不思議そうな様子のウィンフィールドの視線から目を逸らすように外の風景へと目を向ける。
流れる風景を見つめながら、私の脳裏には大十字さんのあの笑顔がいつまでも消えることなく残り続けていた……。
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