斬魔大聖デモンベイン SS
『儚くとも…』
by Sin
探偵を生業としている俺だが、さすがにそれだけで食っていく事は至難の業だ。
それも俺だけ…いや、せめてアルと二人なら我慢するなりライカさんを頼るなりできたけど、リルを育てていくとなるとそう言う訳にも行かなくなってくる。
そんな俺に、アーミティッジの爺さんが魔導図書館で司書のアルバイトを世話してくれたので、最近では探偵仕事のない日にもこうして別仕事にありつく事ができるようになっていた。
「爺さん、終わったぞ」
「ん? おお、もうこんな時間か。ご苦労じゃったのう、大十字」
「ああ。それにしても今日はやけに仕事が溜まってたな」
「すまんのぅ、ちょうど3日前に司書が一人辞めてしまったから仕事が滞っておったのでな」
「それでか。やけに多いと思ったよ」
そう言って笑う俺に、アーミティッジの爺さんはなんとなくいつもより厚みを感じる給料袋を手渡してきた。
「ほれ、今日の給料じゃ」
「サンキュ、爺さん。あれ? なんだかいつもより多くないか?」
「仕事の量が量じゃったからの。少しばかり色を付けておいた」
「おっ、気が利くねぇ、爺さん。んじゃ、ありがたくもらっとくよ」
懐に給料袋を入れながら、アル達に何か買っていこうかと考えていたその時…
「アル・アジフ殿達は元気にしておるのか?」
「ああ、元気すぎるくらいだ」
「そうか、それはなにより」
「じゃ、二人が待ってるからそろそろ帰るよ」
「そうじゃな。二人によろしく言っておいてくれ、またいつでも遊びに来るようにとな」
「わかった、伝えとくよ。爺さんもいい加減年なんだから、あんまり無理するなよ」
「余計なお世話じゃ」
「ははっ、んじゃな」
「うむ、気をつけてな」
笑いながら挨拶を交わし、俺は帰路に就いた。
魔術と錬金術で高度に発展したこの街の夜……
平和に見えるこの街の裏……そこには澱んだものが存在している。
そして今もまた……
「GuGyoooooooooooooooooo!!」
悲鳴、怒号。
街の一角で顕在化した怪異が、人々に襲いかかろうとしていた。
「た、助けてっ!!」
怪異に追われ、逃げまどいながら俺の元へと走ってくる数人の人達。
「ったく、こんな日まで……」
「お、おい、あんた、早く逃げないと!!」
そう言った男に僅かに口元を弛めて答えると、俺は懐から一丁の銃を抜き出す。
「Gyauooooooooooooooo!!」
目の前まで迫る怪異。
周囲の人々から上がる悲鳴をよそに、俺は手の中の自動式拳銃―クトゥグァ―を怪異に向けて静かに引き金を引いた。
一瞬の轟音。
辺りが一瞬静まり返った後、クトゥグァの弾丸にその身体を貫かれた怪異が、断末魔の声もなく無へと帰る。
「ふぅ、またギャラも出ない仕事しちまったな」
苦笑しながら冗談めいて言ったその時だった。
辺りから少しずつ歓声が巻き起こり、それが爆発的に膨れ上がったのは。
「ス、スゲェ! スゲェよ、あんた!! いったい何者だい!?」
「た……助かりましたぁ……」
「う、うわっ、ちょ、ちょっと……」
結局、興奮した街の人達から解放されたのは、それから30分後の事だった。
「………やれやれ…ん?」
抱きつかれたり握手を求められたり…とにかく振り回されまくった後、疲れ切りながらふと目を上げると、そこに見えたのは……
「……へぇ……花火か……懐かしいな……」
まだ幼い頃、両親と一緒に花火をした思い出が蘇ってくる。
「アルも……まだやった事無いんだろうな……リルに到っては、言わずもがな……か」
込み上げてきたその思いに、俺はなんとなく…花火を買って帰る事にした。
「アル達、喜ぶかな……」
足取りも軽く、家路を急ぐ。
そして事務所のドアを開けた瞬間……
「ただい…う゛ぁぁぁぁぁぁっ!?」
中に入った瞬間、何か途轍もない衝撃を受けて、俺は部屋の外に吹っ飛ばされてしまった。
「あ………パ、パパ!?」
「な……っ、九郎!? な、なんと間の悪い……」
「い、いつつつつ……な、なんだぁ?」
痛む頭を抱えて見ると、リルがおろおろと俺を見つめている。
「だ、大丈夫……パパ?」
「あ、ああ、平気だけど…」
「よかったぁ……」
「よもや、このタイミングで帰ってくるとは思わなんだぞ」
「いったい何してたんだ? しかも今のはいったい……」
「え、えっとね、ママに突っ込み教えて貰ってたの」
「突っ込み?」
「うん」
「…………アル?」
訝しげに見つめると、アルは少し照れくさげに頬を掻きながら呟いた。
「ふむ、妾がリルに教える事ができる事など、さほど無いからな…だが、やはり母から娘へ伝えるものの1つくらい無くてはと思って……」
「で、何を教えてたんだよ?」
「突っ込みだ」
「だから、それはなんだって聞いてるんだ」
「分からぬか? 何度もくらっておるだろうに。リル、九郎にやって見せてやれ」
「うんっ。えっとぉ、『このぉぉぉぉっ』って右手に魔力集中して振りかぶって……『うつけがぁぁぁぁぁぁっ!!』って殴り飛ばすっ! えへ、これで良いんだよね、ママ?」
「うむ、だがもう少し踏み込みを鋭くな」
「はぁい」
「九郎もこれで分かっただろう?」
「ああ……って、んなもん伝えるなぁぁっ!!」
俺にそう言われてアルは思わず身をすくめるが、やがて……
「だったら、何を教えろと言うのだ……」
「そりゃあもちろん炊事とか……」
「妾が…か?」
「う……っ…じゃ、じゃあ、洗濯とか掃除とか……」
「だから……妾が?」
確かに、アルの家事スキルではリルに教えられる事など何もないかも知れない……
炊事……まともに料理と言えるものは100回中1〜3回の成功率。なんとか食べられるレベルで10回中1〜2回。これでは教えようがないのも無理はない。
洗濯と掃除……これも無理だ。前に何度かやらせてみたが、成功確率は料理よりも低い。
ダンセイニの方が上手いというのもかなり問題があるのだが……
「………悔しいが、妾の家事能力には著しい問題がある。これでは娘に伝える事など……」
そう言って俯くアルに苦笑すると、俺は手に持った袋をアルの頭に乗せた。
「にゃっ!? な、何?」
「土産だ。今日はアーミティッジの爺さんに給料貰ったし、たまには……な」
「土産……だと?」
訝しげに頭に乗せられた袋を手にとって覗き込むアル。
「ををぅ、これは……」
「え? なになに〜?」
「喜べ、リル。九郎がこんなものを買ってきてくれたぞ」
そう言ってアルが袋の中を見せると、リルは目を丸くして驚いていたが、やがて満面の笑みで俺に抱きついてきた。
「うわぁ、花火〜〜〜っ!! パパ、ありがとうっ!!」
「アルもリルもやった事無いだろ? 帰りに偶然売ってるのを見かけてさ。お前達に体験させてやりたくて買ってきた」
「相も変わらず優しいな、汝は」
微笑みながら、アルは俺に口付けて微笑む。
その瞳が嬉しさで潤んでいた。
そして……
探偵事務所の裏にある空き地で、俺達は花火に興じる事にした。
消火用の水もちゃんと用意した上で、点火用の蝋燭に火を灯す。
「じゃあ、始めようか。ほら、アル、リル」
二人に1つずつ花火を手渡して促すが、二人とも初めての体験に少し腰が引けている。
「こうやって火を点けるんだ」
「う、うむ……」
恐る恐るアルが花火の先端を蝋燭に近づけ……
「あっ……」
先端の点火部分に火が点くとアルは思わず声を漏らしたが、次の瞬間……
「ををぅ………」
「わぁ………っ」
花火から吹き出した炎のシャワーに、目を輝かせて見入るアルとリル。
「美しいものだな……長い間生きてきたが、初めての経験だ……」
「へへ、感動してるみたいだな」
「うむ……あっ…」
その時、燃え尽きた花火が光を失った。
「もう、消えてしまったか……」
「こんなもんさ。ほら、次はリルの番だぞ」
「うんっ♪」
嬉しそうに花火に火を点けるリルの様子を微笑んで見つめていたアルだったが、不意に表情を暗くして俯く。
「どうした、アル?」
「………いや、ふと考えてしまってな……」
「何を?」
「…人の一生というのは……妾やリルにとってはあまりに儚い……まるで……この花火のようにな……」
そう言って視線を落とすアル。
「今……妾はとても幸せだ……愛する汝が側にいてくれて、娘まで授かったのだから……だが…」
「……俺が人である以上、アル達と同じようには生きられない。いずれ終わる時が来る……そう言う事か?」
俺の言葉に頷いて、アルは僅かに瞳を潤ませる。
「汝との幸せの時……永劫に続くように思えるこの時も、いつかは終わる時が来る……そうなった時……妾は……妾は……」
「アル……」
そっと抱き寄せてやると、アルはそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「妾は怖い……いつか汝を失う時が来るかと思うと……恐ろしくて仕方ないのだ……」
「………確かに、俺はお前達と同じように不老不死って訳にはいかない。段々歳取ってくし、どんなに健康だって寿命が尽きれば死ぬ……」
腕の中で、アルの身体が震える。
「だけどさ……」
「……え…っ?」
「いつか死ぬからって……今を楽しまない理由にはならないだろ?」
「……だが…」
「これから先、俺と重ねていく想い出……その全てが、俺を失った瞬間に全部消えちまうのか?」
「―――っ!? そんな事はない!! たとえ何年……いや、何億年経とうとも、九郎への想いを……九郎と重ねた想いを忘れる事などあろう筈がないっ!!」
「それなら……良いじゃねェか」
「なっ……?」
「俺と重ねた想いが永遠に続くなら……たとえ俺の寿命が尽きたって……俺はずっとお前の中にいる…」
「九郎……」
「だから…1つ1つ、想い出を重ねていこう。俺は命の尽きるその時まで……いや、それからもずっと…誰よりもお前を愛しているから……」
「………うぅ……ひっく……ぐすっ………妾も………妾も汝を……九郎を愛し続ける!! たとえこの世界が終わる時が来ても……妾という存在の全てをもって汝を愛し続ける!! 九郎―――――――――――――っ!!」
微笑みを浮かべながら涙を流すアル。
俺の腕の中で、その身体を震わせながらしっかりと抱きついて泣きじゃくった……
そしてしばらくの時が流れ……
「ママ……泣いてるの?」
ふと、かけられた声に目を向けると、リルが火の消えた花火を手に心配そうに見つめていた。
「ぐすっ……大丈夫…だ。花火を見ていたら色々と考えてしまってな……さぁ、折角九郎が買ってきてくれたのだ。存分に楽しもう、リル」
「あ、うんっ♪」
「今度は九郎の番だぞ。ほら、早く!」
そう言って俺の手を引くアルの表情に、もう憂いはない。
「次はどれをするのだ? 早く選ばぬか、九郎!」
「へいへい、全くお前って奴は……」
苦笑しながら、アルの髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
「こ、こらぁ!」
「あはは、んじゃあ次はこれでも行くか!」
点火した花火が綺麗な炎を吹き上げて、アルとリルは歓声を上げた。
「綺麗だな……」
「ああ……本当に…」
「うわぁ………」
様々に色を変えながら吹き上がる炎。
それを見つめながらアルの肩を抱き寄せると、俺はその耳元でそっと囁いた。
「お前の方が……綺麗だけどな…アル」
「な……っ……」
俺の囁きに顔を真っ赤に染めていたアルだったが、やがて俯きながらそっと呟く……
「そんな恥ずかしいことを…真顔で言うでない…うつけ……」
「本心だからな」
「………まったく……汝ときたら……ふふ……ふふっ…」
「ぷっ……あはははっ」
ひとしきり笑った後、俺達はじっと見つめ合い、そして……
「「愛してる……」」
2つの声が唇と共に重なった……
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