斬魔大聖デモンベイン SS
『力の意味』
by Sin
第11話
隼人が入院して既に2週間。
傷は完全に癒えていたが、未だに意識が戻らない。
とりあえず誰かが付いていた方が良いだろうということで、俺、アル、リル、それにクトゥグァとイタクァが交代で付き添っていた。
「まだ目が覚めないようですわね」
そう言って病室に入ってくる姫さんと執事さん。
「あ、姫さん。それに執事さんも」
「お疲れ様です、大十字様」
「様子はどうですか?」
心配そうに様子を伺う姫さんに横に首を振って応えると、明らかに落胆した様子で溜息をついた。
「ウィンフィールド、彼は本当に大丈夫なのですか?」
「担当した医師によれば、彼は脳死に到っているわけではないので、いつか意識を取り戻すだろう……とは申しておりましたが……」
答える執事さんの声も自信無さげだ。
そして隼人の枕元に置かれた『砕けた剣』に目を向ける。
「あの時、彼が身を挺して護ってくださらなければ、我等はここにこうしてはいなかったでしょう……せめて何らかの形で彼に恩を返したいと思うのですが……」
そう言って目を伏せる執事さん。
あの時……
溢れた暴威が覇道邸に直撃するよりも少し前。
結界の崩壊を察知したクトゥグァとイタクァは、僅かに残る魔力を結界として屋敷の直前に張り巡らせていた。
「クトゥグァさん!? イタクァさん!?」
「ぐ……くぅっ!? 早く逃げろ……長くは保たぬぞ!」
「汝等にもしもの事があれば、父上はこの上なく悲しむ事となるだろう…ぐ…ぅくぅっ………妾は…父上の悲しむ顔など見たくは無いのだ」
「で、でも!」
「今……この場であの力を止められるのは我等の他には…居らぬ」
「さあ…行け! 急がねば手遅れになる!!」
二人がそう言った瞬間だった。
「拙い!!」
爆発的に膨れ上がる輝き。
それは二人の結界を侵食し、屋敷に襲い掛かろうとする。
「こうなれば……クトゥグァ」
「…うむ……覇道瑠璃…父上達に伝えてくれ…」
「え……っ?」
「短い間ではあったが……家族として過ごせて……我等は幸せだった……とな」
微笑みながら告げられた言葉。
だがそれは、敢然たる決別の証。
止めようとする姫さんだったが、二人の身体から溢れ出す膨大な魔力に阻まれて近づく事ができない。
「やめて………やめて下さい!! 貴方達が命を落としても九郎さんは……!!」
必死に呼びかける。
何度も……何度も。
それでも、二人は止まらない。
クトゥグァの身体が徐々に炎に包まれ、イタクァの周囲にはダイヤモンドダストが舞い始める。
自らの存在を固定している魔力。
それを暴走させる事で、二人は襲い来る暴威から皆を護ろうとしていた。
「フングルイ・ムグルゥナフ・クトゥグァ・フォマルハウト・ンガァグァ・ナフルタグン……」
「フングルイ・ムグルゥナフ・イタクァ・ヤァ・ウェンディゴ・イグカズゥ・フグルムゥ……」
紡がれる術式。
その最後の一句が二人の唇に紡がれようとしたその時!
「………奥義の壱…無明!」
姫さん達の傍らから響いた声。
その瞬間、クトゥグァ達から一瞬で魔力が失われる。
「こ、これは……!?」
「魔力が……!?」
驚きに目を見張る二人だったが、最早立っている事もできず、その場に屑折れた。
「……汝…何のつもり……だ……!」
震える腕で身体を支えながら、声の主――隼人を睨みつけるクトゥグァ。
「二人が犠牲になっても、あの人達は絶対に喜ばない……そうだろ?」
「だからと言って……このままでは!」
「……ようやく……判ったんだ……」
「……何?」
「どういう意味だ……?」
怪訝な表情で見つめるクトゥグァとイタクァ。
だが、その問いに答える事無く隼人は剣を抜き放ち、その切っ先で陣を描く。
「奥義の弐……蓮水!」
その瞬間、隼人の身体から溢れ出すクトゥグァ達をも凌ぐ膨大な魔力。
「馬鹿な!? ただの人間である汝にそんな魔力が……真逆!?」
「命………生命力を糧に……!? うつけが! 死ぬつもりか!!」
クトゥグァ達の言葉に目を見張る姫さん達。
「………力の意味……ようやく少し判ったよ……大十字九郎……」
「隼人――――――――――っ!!」
それは誰の叫びだっただろう。
遅い来る力の本流に向かって駆け出す背中にその声を受け止めて、隼人の剣が閃く。
「……咲き誇れ……奥義、沙羅双樹!!」
とてつもない力と力の衝突……そして…咲き誇る命の輝き……
全てを飲み込むような閃光が治まった後には……
まるで命を燃やし尽くしてしまったかのような、隼人の姿だけが残されていた……
「あの瞬間、私は正直……目を奪われました……」
どこか悔しそうな表情で呟く執事さん。
「……沙羅双樹……その名に恥じぬ見事な技です……もし、彼が居なければ屋敷は崩壊……我等も命は無かったでしょう」
「執事さん……」
目を伏せる執事さんの姿にいたたまれなくなって、俺は隼人に視線を移す。
「隼人……お前の事を思う人がこんなに待ってるんだ……早く目を覚ませよ……」
そっと隼人の髪を撫で付けて呼びかけても……意識を取り戻す様子は無い。
皆の想いとは裏腹に、隼人が目を覚まさないまま、それから更に数週間が過ぎようとしていた――
そして……一ヶ月が過ぎたある日……
いつものように隼人の見舞いに訪れていた俺達だったが、相変わらずの状況に溜息をつきつつ病室にリルを残して飲み物を買いに自販機に向かっていた。
「……まったく…一体いつになったら目覚めるのやら……寝坊助にも程があるぞ……」
溜息をつくアルに俺も苦笑。
確かに寝坊しているのだとしたら、一ヶ月はとんでもない寝坊助だろうな。
「このまま……目を覚まさぬなどと……」
「アル」
不安げな声で最悪の予想を口にしようとする前に、口を挟む。
「………すまぬ…言って良い事ではなかったな……」
そう言って目を伏せたまま自販機でジュースを買うアル。
「妾達は良いのだ……妾達は……だが……」
「リル……か……」
呟く俺の言葉に頷く。
今も隼人の側で心配げに看病を続けているリルが隼人の事を好きなのは間違いないだろう。
これまでの言動もそうだけど、これだけ毎日見舞いに来て、その間ずっと側を離れずに手を握り続けているなんて他には考えられない。
「不憫でならぬのだ……愛しく思う相手がいつまでも目覚めぬというのは……」
「アル……」
「もしも九郎が隼人と同じように一月を過ぎても目覚めぬ状況になってしまったら……きっと妾では耐えられぬ……今、あの子がそんな思いをしているかと思うと、妾は……」
そう言って僅かに涙を零す。
「九郎……」
「大丈夫だ……大丈夫に決まってる。あいつがそう簡単にくたばる奴かよ」
「だが……」
「信じようぜ、アル。リルだって隼人がいつか目覚めるって信じてるから、ああやってずっと側で見守り続けてるんだからさ」
「………ああ…そう…だな……」
まだ不安げながら笑顔を見せるアルに俺も笑みを返す。
そうして俺達が病室に入ろうとしたその時だった。
『お兄ちゃん!?』
突然に上がったリルの声。
「「……真逆!?」」
最悪の状況が頭に過ぎり、俺達は慌てて病室に飛び込んだ。
「リル! 隼人…は…………」
「何があったと……言、う……の……」
絶句する俺達。
扉を開けた目の前にあったのは……
ベッドから身を起こす隼人―――うん、これは良い。ようやく目を覚ましたんだな。
開かれた窓から吹き込むそよ風に揺らめくカーテン―――うん、これも良い。気にする事じゃない。
ベッドの上に乗っているリル―――何故?
そして……
触れ合うほどに近くにある二人の――唇――
今の状況を考えると、これは……
「リ、リル? 汝…真逆……」
「あ、あのあのあののののっ……」
急速に耳まで真っ赤になっていくリル。
呆然とした様子で見つめる俺達。
「……い、今……キ……」
「―――――――――――――ッ!!」
決定的な一言を口にしようとした俺の口を大慌てで塞ぐと、リルは真っ赤になったままゆっくりと振り返り……
「お、おはよ……お兄ちゃん♪」
そう言って本当に嬉しそうに微笑んだ。
それからしばらくの時が過ぎ……
ようやくの事で落ち着いたリルから何があったかを聞き出すと、それはまるで『眠りの森の美女』逆バージョン。
眠り続ける隼人の顔をずっと見つめていたら、つい……という事らしい。
それで目を覚ました隼人はと言えば……
「えっと……なんて言って良いか……」
そんな事を良いながら、リルと視線が合う度に頬を掻いて目を逸らしている。
病室内の誰もが気まずい雰囲気に包まれて何も言えなくなった…その時、唐突に病室のドアがノックされた。
「あ、は、はい?」
『私ですわ』
「姫さんか、どうぞ」
「失礼しま………あ……っ……目が覚めたんですね!!」
病室に入ってきて、ベッドに身を起こしている隼人の姿を目に留めるなり、姫さんは満面の笑みで側へと駆け寄る。
「本当に良かった……御身体の具合は如何ですか?」
「あ、えっと……何となく気だるい感じですけど……大丈夫です」
「それは寝過ぎの所為であろう……うつけが……」
溜息混じりにそう言うアルだったが、その表情には安堵の色を隠せていない。
「ずっと目を覚まされなかったので、皆心配していたんですよ」
そんなアルの姿に苦笑しながら言った姫さんの言葉に始めて気が付いたのか、辺りを見回す隼人。
「そう言えば、ここは……?」
「覇道財閥直営の病院。しかもVIP専用個室……って、俺の時より待遇が良い気がするのは気の所為か、アル?」
「仕方あるまい。一ヶ月も眠り続けるような奴を一般病室に入れる訳にもいかぬだろうし、いつ救急患者が運ばれてくるかも判らぬのに、ICUに入れたままにしておく事もできぬからな」
「それに、覇道財閥の恩人を例え個室であっても一般の者と同じ扱いにはできませんわ」
姫さんにそう言われて少し照れくさそうな隼人の姿に、リルは僅かに頬を膨らませている。
「リル、妬き餅か?」
「――っ!? ち、違うもん……」
慌ててそっぽを向くリルの姿に笑いながらアルがその頬を突付く。
「ふふ…その独占欲の強さは妾譲りだな」
「違いない」
「あうぅ……」
俺達の言葉を聞いて姫さんや隼人からも上がる笑いに、リルは恥ずかしそうに俯いた。
「龍崎隼人さん」
「あ、はい?」
「改めて……助けて下さって、本当にありがとうございました。貴方が居なければ、今頃私の命は無かったでしょう。覇道財閥総帥として……そして、覇道瑠璃個人としてお礼を申し上げますわ」
そう言って深々と頭を下げる姫さんに、恐縮しまくる隼人。
と、その時。
隼人の視線がベッド脇に置かれた折れた剣に向けられた。
「……折れるだろうとは判ってたんだけど……まあ、人の命には変えられないしな……」
呟くように言う隼人の瞳に宿るのは、長年の相棒を失った悲しみだろうか……
「本当にすみません……私達を助ける為に、大切な剣まで………」
姫さんの言葉に苦笑で答えた隼人は、折れた剣に手を添えて静かに術を紡ぐ。
「………長い間…ありがとう……おやすみ……」
「あ……っ……」
それは誰が漏らした声だっただろう。
皆が見つめる中で、隼人の剣は一瞬輝いたかと思うと光の粒子となって完全に砕け散ってしまった。
「隼人……」
「………これで…良かったんだよ……きっと…」
そう呟いて、隼人は少し寂しさが混じった笑みを浮かべる。
「歴代の継承者に受け継がれて色んな血に塗れたあいつが、最後に人の命を救う為に力を出し切れたんだから……」
舞い踊る粒子が一粒、また一粒と消えていく。
「さよなら……白百合……」
飛び散った粒子の最後の一粒が消え去るまで、隼人はじっと相棒の最後を見届けていた………
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