斬魔大聖デモンベイン SS
『キャンパスライフは大騒動』
by Sin
最終話
アーカムシティーの外れにある廃墟ビル。
人気の無いその最上階へと俺はアルを連れてきた。
「……ここ…は…?」
不安気に辺りを見回すアル。
その瞳は潤んだまま、またいつ零れてもおかしくない状況だ。
「ま、とりあえず適当に座れ」
促されるまま、近くにあった箱の上に座る。
俯いた視線は俺を映さず瞳は何かに怯えるように揺れていて――。
「んじゃ……言えよ」
俺の言葉に一瞬身体を震えさせ、両手で肩を抱く。
唇を噛み締め何かを必死に耐えていたアルの頬を……涙が伝った。
何を言うでもなく、抱きついてくるでもなく、ただ自分の身体を抱きしめて嗚咽するアル。
溢れた涙が足元に小さな水溜りを作り出した頃、俺はそっと口を開いた。
「……そろそろ…許してやったらどうだ?」
「…っ」
「お前自身を……さ」
そう言った瞬間、アルはまるで堰を切ったように大声で泣きながら抱きついてきた。
身体を震わせて泣きじゃくるアル。
「九郎…九郎っ…九郎―――――――――――――っ!!」
その肩をしっかりと抱きしめる。
アルの悲しみも苦しみも、全てを包み込むように……。
そして……。
「妾は……自分が情けない……」
どれほどの時が流れたのか、ようやく泣き止んだアルがぽつりと呟いた。
「アル…」
「あんな呪い如きにいいように操られ……最愛の汝を傷つけてしまった…」
「もういいんだって……」
俺がそう言っても、アルは首を縦には振らない。
「助かったのは運が良かっただけだ!! もし…もしあの時、リルの力が無かったら……図書館の魔導書達の力添えが無かったら、妾は汝を殺してしまっていたのだぞ!! この手で! この手で汝を!!」
再びアルの声に涙が混じる。
どれ程に辛かったのか……それを思うと胸が痛い。
「こうして汝に抱きしめてもらえる資格など、妾には無い……いっそ、あのまま炎にでも焼き尽くされてしまえばよか――っ!?」
アルの頬に激しい音が鳴る。
赤くなった頬を押さえて、アルは呆然と俺を見つめた。
「九郎……」
「……そんなこと……言うな……」
そう言って、アルの身体を強く抱きしめる。
「痛っ……痛い…ぞ、九郎……」
「うるさい……」
絶対に離さない。
どんなに嫌がったって、どんなに苦しがったって、離してなんかやらない。
だって俺は……。
「たとえ何があっても…俺はお前が好きだ。誰よりも…愛してる」
「……九郎…」
「だから、あんな事は絶対に言うな」
「だ、だが……ん、んぅっ!?」
いきなり奪う唇。
深く、貪る様に…何度も、何度も奪い続ける。
息は荒く、激しく。
「むぅっ、ん、んくぅっ!? んぁっ! っっっぅっ、んんぅぅうぅっ!!」
身動ぎすら許さない程にしっかりと抱きしめて、奪い続けた。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
「ん……っ…んぅ……九郎……んっ……はぁ………んんぅっ……」
いつしかアルの手は俺の背中に回されていた。
縋り付き、涙を零しながら幾度もアルの方から唇を求めてくる。
絡み合う舌の感触。
交じり合う吐息。
その全てが俺とアルを結び、溶け合うような心地よさを感じていた。
それはアルも同じだったんだろう。
もはや一切の抵抗は無い。
俺の全てを受け入れ、自分の全てをさらけ出して、俺を求めてくるアル。
「…もう…汝の側にいられないと思った……」
「アル……」
「……あんなに汝を傷つけて……おめおめと汝の腕に抱かれてなどいられないと……」
「…馬鹿だな…」
そう言うと、アルは自嘲の笑みを浮かべて頷いた。
「馬鹿だ……本当に……汝は……九郎はこんなにも妾を愛してくれていたと言うのに……」
俺の背に回された手に力が籠もる。
「……九郎…1つだけ……頼みを聞いては…くれぬか……?」
「頼み?」
聞き返すと、アルは少し恥ずかしそうに頬を赤らめてゆっくりと口を開いた。
「………妾を…抱いて……」
呟いて、耳まで真っ赤になったアルは俺の胸に顔を埋めて震えている。
「ここで……か?」
辺りを見回す。
廃墟のど真ん中だから、ベッドなんてものがある訳も無く、むき出しの壁やかつてあったテナントの名残と思われる資材の数々。そんな物が散らばってるこんな場所で……。
「……場所を移しても……かまわぬ…ぞ……」
もうアルの顔は真っ赤を通り越して火を噴きそうな程だ。
その身体を、俺はしっかりと抱きしめた。
「……とりあえず、一旦みんなの所へ戻ろう。心配してるだろうから」
「…え……っ……」
落胆したような表情のアル。
だが、その後に続けた言葉で、表情が一変する。
「その後…俺達の家で朝まで……な。アル」
真っ赤に染まった頬で、アルは涙と笑顔を浮かべて頷いた。
それからしばらくして、俺達はミスカトニックへと戻ってきた。
流石に時間が経ち過ぎていたから、あの場にリルや姫さん達の姿は見当たらない。
戦いでぶっ壊れた場所も、建物に施された魔術が少しずつ修復を始めていた。
「リル達、何処に行ったんだろうな」
辺りを見回す俺達。
と、その時。
「ようやっと戻って来おったか、大十字」
その声に振り返ると、そこにはアーミティッジの爺さんが。
「なかなか戻って来なんだから、皆心配しておったぞ」
「悪ぃ、まあ…色々あって…さ」
俺がそう言うと、アルは少し照れくさそうに目を伏せる。
「それで、リル達は?」
「魔導図書館の方で待っておるよ。ここに居っては何かと騒ぎになりそうだったのでな」
「レアンや柘植はともかく、姫さんもか?」
「うむ、覇道殿にも特別にわしの権限で入室してもらった。まあとりあえず話は後じゃ」
「ああ」
爺さんの言葉に頷いて、俺達は魔導図書館へ。
「パパ! ママ!!」
図書館に入った俺達にリルが涙目で飛びついてくる。
まだ、デュアル・マギウスを解除していないから、相変わらずちびリルのままだ。
「リル……心配かけたな」
そっと抱きしめてやると満面の笑顔になってしっかりと抱きついた。
「ようやく戻ってきたな、九郎」
「心配しましたわよ。後30分待っても戻ってこなかったら、捜索隊を出そうかと思っていましたわ」
姫さんの言葉に部屋中に笑いが満ちる。
「心配かけて悪かったな、みんな」
「お身体は、もう大丈夫ですの?」
「ああ、問題ない」
俺の言葉に姫さんと柘植は安心したのかホッと息を漏らした。
と、その時だ。
「な、なんだ!?」
戸惑う俺達。
身体の中を何かが駆け巡っているような感じに、俺とアルは身を捩じらせる。
そしてその時……俺の両手の紋章、そしてアルの背中から一斉に魔導書のページが溢れ出した。
それらは空中で集まり、それぞれ1冊に纏まる度に自ら本棚の空きスペースへと収まっていく。
全てが収まると、俺達の姿は再び元のものへと戻っていた。
アルは元の白いフリルのドレス…というかワンピースと言った感じの格好に。
俺もマギウススタイルは解け、元の大十字九郎の姿に戻る。
「みんな、役目は終わったから、しばらく眠る……って」
「そうか……名前すらわからない魔導書達だけど、お前達のお陰で助かったよ…ありがとう、みんな……」
その言葉にももう返事は無い。
元々それ程多くもない力を俺達の為に使って、応える魔力すら残っていないんだろう。
心底感謝しながら、俺はアルとリルを抱きしめた。
ようやく、落ち着きを取り戻した俺達。
まさかリルを連れてくるってだけで、こんな大騒ぎになるとは思ってもみなかった。
「ねぇ、パパ……」
「ん?」
「……リルが…リルがパパとママと一緒に居たい…って……わがまま言ったから……パパもママも……瑠璃お姉ちゃん達も怪我しちゃったの……? リルが……ぐすっ……」
突然そんな事を言い出して泣き出すリル。
驚く俺達だったが、その時…姫さんがそっとリルを背後から抱きしめた。
「貴方の所為なんかじゃないですわ、リルちゃん」
「でも……あの怖いおじちゃんが……リルが居たからパパ達を好きにできる……って……」
「なんて酷い事を……」
リルの言葉に怒りを顕わにする柘植。
「お前の所為なんかじゃないよ、リル」
「パパ…」
「むしろ、リルが居てくれたから俺達は助かった。それに、あいつとは結局いつか決着をつけなくちゃいけない相手だったんだ。その時にお前が居なかったら、俺達はきっとやられていたよ」
そう言って頭を撫でてやると、リルは涙をぽろぽろと零して泣きじゃくる。
「汝が居てくれねば、妾も己を取り戻す事、叶わなかったであろうな。礼を言うぞ、リル」
「ママ……ぐすっ、ひっく……」
アルの言葉に、リルは姫さんの腕の中から抜け出すとアルの胸に抱きついた。
「……やっぱり、アル・アジフには敵わない……ですわね……」
失われた温もりに、姫さんは少し寂しそうに呟いて苦笑する。
「姫さん、柘植、それにレアン。今回は本当にありがとうな」
「当然の事をしたまでですわ。私自身があの者達を許せなかったからですし」
「アルちゃんもリルちゃんも無事で良かったね〜」
「家族を守る為に命がけで闘う……か、お前こそ格好良かったぞ、九郎」
「みんな……」
姫さん達の優しい気持ちが胸を打ち、目頭が熱くなってくる。
「でも、まあ……もし、何か御礼をしたいと言うんでしたら……」
「へ?」
「キス…でもして頂けます?」
「な――――っ!?」
あまりに突拍子もない姫さんの言葉に絶句する俺。
アルもしばらく呆然としていたが、やがて……。
「な、な、なっ、何を言っておるのだ汝はっ!! く、九郎は妾の夫なのだぞ!! そ、それをっ!!」
「あ、それいいかも。私もお願いしちゃおうかな……」
「柘植までっ!?」
「ゆ、許さぬっ! それは断じて許すことはできぬっ!! 汝等には感謝してもしきれぬが、それでもそれはならぬっ!!」
顔を真っ赤にして喚くアルに、姫さんと柘植はしばらく顔を見合わせていたが、やがて……吹き出した。
「ぷっ、あはっ……あははははははっ! 冗談、冗談ですわ」
「2人ともそんなに慌てて……くくっ……」
「な―――」
「な、な、汝等ぁぁぁぁぁっ!!」
からかわれた事に気づいた俺達が耳まで真っ赤になると、姫さん達だけではなくレアンやアーミティッジの爺さん。それにリルまで笑い出した。
「笑うな! 笑うなと言うに!! くぅぅぅぅっ! 九郎――――――――っ!!」
「って、なんで俺の所為にっ!?」
恥ずかしさに耐え切れなくなったアルの矛先が俺へと向かってくる。
それを受け止めながら、俺はその身体を抱き寄せた。
「―――っ!? く、九郎……」
「……なにはともあれ、一件落着って事で……素直に喜んでおこうぜ。アル」
「…ふふ……ああ…そうだな」
そう言ってそっと俺に身を寄せるアル。
みんなの優しい気持ちに包まれながら、ミスカトニックで起こった大騒動はようやく終焉を迎えた……。
その日の夜……。
「え? お前達は別の部屋を借りるって?」
事務所に戻ってきた俺達だったが、突然のクトゥグァ達の言葉に驚きを隠せなかった。
「うむ、さすがにこの事務所で5人生活は辛かろう。寝る場所にも困る有様ではな」
「あ、まあ……な」
「幸い、このビルにはまだかなりの空き部屋がある。借り手も居らぬようだし、妾達が別に借りても問題はなかろう?」
「問題はないだろうが……部屋代とかどうするんだ? それに電気や水道、ガスなんかも金はかかるぞ?」
「その事なのだが、父上達が居られぬ間にアーミティッジ老と相談してな。妾とイタクァも魔術の講師としてミスカトニックで働く事にした」
「お前達が!?」
思わず絶句。
アルも驚いた様子で目を丸くしていた。
「妾達ならば魔術を教えるに問題はあるまい? それに伊達に長くを生きてはおらぬ。一般教養程度の事ならば教えるのに差し支えはないのでな」
「そうか……」
「給与が入るまでの当面の生活費に関してはあの娘…瑠璃嬢が支援してくれるらしい」
「姫さんが……?」
「まあ、『これで九郎さんに貸し1つですわね』と笑ってはいたが」
「な―――っ!? 俺への貸しなのか、これはっ!?」
叫ぶ俺にクトゥグァとイタクァはそろって苦笑する。
「妾達が他の部屋に移れば、父上と母上にとっては望ましい結果になるのではないか?」
「う………っ」
「それに……時折ならばリルも我等と一緒に眠る日もあろう。欲しくはないのか? 夫婦2人きりの時間というものが」
「く…っ」
悔しそうな俺に、とうとうアルまでが吹き出した。
「あ、アル〜」
「汝の負けだな、九郎。一体どんな返しを要求してくるかは判らぬが、小娘もそう無茶なことは言い出すまいて。それよりも…妾にはその『2人きりの時間』の方が余程魅力的であることだしな」
「それは……確かに……」
「まあ、せっかく手に入れた2人きりの時間、ゆっくりと堪能させてもらうとしようぞ。な、九郎」
「……しょうがねぇな。わかった、姫さんにはそのうち何かで礼をするとして、今日はどうするんだ?」
「既に瑠璃嬢が手を打ってくれているらしくてな。この階の三つ手前の部屋を妾とイタクァの為に借りてくれたらしい。最低限の生活用具は運び込んでおくと言っていたから、おそらく問題はなかろう」
「そうか……」
「父上達にとってもその方が良いのであろう?」
「―――っ、イタクァ!!」
「ふふ、そう照れずとも良かろうに」
真っ赤になったアルの様子にそう言って笑うイタクァ。
「さて、あまり2人の邪魔をしてもなんだ。イタクァ、我等はそろそろ部屋に帰るとしよう」
「うむ、そうだな。リル、汝も今日は一緒においで。妾達と一緒に寝よう」
「お姉ちゃん達と? うんっ!!」
満面の笑みでイタクァと手を繋ぐリル。
「では、父上、母上。ゆっくりと休まれよ」
「スパコイナィノーチ」
「パパ、ママ、おやすみなさ〜い」
「ああ、おやすみ、クトゥグァ、イタクァ、リル」
「おやすみ、汝等もゆっくりと休むのだぞ」
そう言って挨拶を交わすと、クトゥグァ達は自分達の部屋へと帰っていった。
久々の2人きりの時間。
何故か、少し照れくさい気がする……。
「……こうして2人きりになってみると…なんとなく照れくさいものだな……」
「最近はずっとリルが一緒だったからなぁ。夫婦2人きりの時間……か」
「……九郎…」
そっと身を寄せてくるアル。
その肩を抱き寄せて唇を奪うと、そのまま強く抱きしめた。
「……約束…忘れてはおらぬ……よな?」
「ああ……」
抱きしめたまま、ゆっくりとベッドへと身を沈めていく俺達。
「九郎…汝の温もりで……暖めて欲しい……」
「アル……」
はだけていく衣服。
重ねあった身体の温もりを感じながら、アルの頬に零れる涙。
結ばれた身体を通して、心の奥底までも結び合う。
「……もう…二度と……あんなものに操られたりはせぬ……汝のこの温もりが……妾の心をいつでも守ってくれるから……」
そう言って、アルは目を閉じ、俺に身を委ねる。
「愛しているぞ……九郎……」
涙に潤んだ瞳で微笑むその唇に、俺は返事のキスをそっと返した……。
そしてその頃、クトゥグァ達は……。
「瑠璃嬢に部屋をとってもらったは良かったのだが……」
「3部屋程度空けてもらっただけでは足りなかったかも知れぬな」
「どきどき……」
「まさか、これほど部屋が離れても、丸聞こえ……とは…」
「道理で他の入居者が寄り付かぬ訳だ」
「お姉ちゃん……ママ達……すっごく仲良しさんだねっ♪」
「ふふ、そうだな……」
「気にせず、寝るとしよう。父上、母上、タザーフトラ」
「おやすみなさ〜い……クトゥグァお姉ちゃん…イタクァお姉ちゃん…」
明かりが消え、ゆっくりと眠りに付くクトゥグァ達……。
平和を取り戻したアーカムシティーに住む人々に、等しく夜は更けていく……。
全てを包み込むように……。
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