斬魔大聖デモンベイン SS
『アルの新妻日記』
by Sin
「ふぁ……ん……?」
窓から差し込む光で妾は目を覚ました。
昨日は少々騒ぎすぎたやも知れぬ。
九郎が小娘に頼んで挙げてくれた結婚式……。
その想いがあまりにも嬉しくて、妾もついついはしゃぎすぎてしまった。
ゆっくりと身を起こそうとして妾は九郎の胸に抱かれていた事に気づき、頬が熱くなる。
「九郎……」
それにしても、まさか九郎があんな事を言い出しておったとは、思いもせなんだ。
妾の為に用意してくれたウェディングドレス……そして……この…指輪。
そっと左手を持ち上げて薬指に輝く指輪を見つめる。
妾の肩を抱く九郎の左の薬指にも同じ指輪が輝きを放ち、益々九郎の妻となった事を実感してしまう。
こうして結婚式を終えた今になってみると、これまでは自ら夫婦などと言っておきながら、どこか恋人同士のままであった気がする。
やはり、ああいった儀式は心の持ち様そのものさえも変えてしまうものなのだろう。
こうして婚姻の証となる口付けをかわし、指輪を身に付けていると、何故か今までとは全く違う妾になったような気がしてならない。
それは決して不快なものではなく、むしろ……何物にも変えがたい喜びであるのだが、どこかくすぐったくもあり、不思議な気分にさせられる。
「結婚指輪……か。まったく、九郎と再会してから妾はずっと驚かされてばかりだな…」
隣に眠る我が夫の寝姿を見つめる。
本当に不思議な男だ。
たかが魔導書に過ぎぬ妾をこれほどまでに愛してくれる男は他におるまい。
「それに、あり得るはずの無い奇跡まで次々と起こしてくれた……」
不可能とも言える時間と空間を越えての再会し、人間の九郎と魔導書の妾の間に絶対に授かるはずの無い娘を授かった。
そして、存在するはずの無いデモンベインを並行世界の因子を集約して顕現させ……数え上げれば限がない。
「九郎……」
子供のような純朴さと誰よりも大きな存在感……。
我が主にして最愛の夫。
「汝を愛するこの気持ちが……妾の誇りだ……。九郎……愛して…おるぞ……」
寝息を立てる九郎の唇にそっと口付ける。
ほんの一瞬触れるだけの優しいキス。
だが、それがきっかけになったのか、唇を離した瞬間にぼんやりと開けられた九郎の瞳と目が合ってしまう。
「……ん…? あぁ、アル。おはよう」
「―――っ!? す、すまぬ、起こしてしまったか?」
微笑んで挨拶をしてくる九郎に思わず顔が熱くなる。
まさか、妾が九郎をキスで目覚めさせるなどと言う事をしてしまうとは……。
思わず胸が高鳴って、妾は恥ずかしさのあまり目を背けた。
「今日は、アルのキスで目が覚めたみたいだな」
「い、言うな……恥ずかしい……」
「へへ、そんな顔も可愛いな、アル」
「言うでないと言うに!!」
恥ずかしすぎて耐え切れなくなった妾は九郎の顔に枕を投げつけたが、軽く受け止められたばかりかいきなり抱き寄せられて唇を奪われてしまった。
「んんっ、んぅぅぅぅぅっ!?」
呼吸も出来ないほどに激しい口付け。
強く抱きしめられ幾度も唇を奪われる中で、妾もいつしか九郎の胸に縋り付いて求めていた……。
しばらくして……。
ようやく開放された妾は激しく空気を貪りながら、九郎を涙目で睨む。
「な、汝は妾を殺す気か…!」
「ん? 寝起きの挨拶」
「あんな挨拶があるかぁっ!」
「まぁ、いいってこと」
「一人で完結をするなぁぁっ!! ま、まったく、汝ときたら……今日は妾と汝がようやく夫婦として結ばれた初めての朝なのだぞ……どうしてそれなりに真摯な態度を……」
妾がそう愚痴ると、九郎は苦笑しながらそっと背後から抱きしめてきた。
「く、九郎?」
「…やっと…ホントの意味で夫婦になれたんだよな……」
呟くと同時に、少し強く抱きしめられる。
まるで九郎の想いに包み込まれているようで、嬉しいのだが少し気恥ずかしい。
顔がなんだか火照ってきた。
きっと赤くなっているのであろうが……九郎がそんな妾の表情をじっと見つめている……。
「あまり……見つめんでくれ……なにやら…照れる……」
「それなら余計に見たくなるなぁ……」
「うつけ……」
呟き、そっと九郎の胸に頬を寄せた。
優しく髪を撫で付けてくる九郎。
その瞳に妾の顔が映り、その中の妾の瞳には九郎が。そして更にその九郎の瞳には……。
今、この一時、世界には妾と九郎だけ。
吸い寄せられるような気持ちで、幾度も唇を重ねる。
唇に温もりが触れる度、吐息が交じり合う度に九郎の存在が妾の中で益々大きくなっていく。
その時、ふと妾は頬を流れるものに気が付いた。
「……あ……れ? 妾……泣いて……おるのか……?」
気づいてしまうと、最早止まらない。
止める事が出来ない。
溢れ出して来る昨日の記憶。
純白のウェディングドレスが妾の身を包み、九郎に抱かれて唇を交わしたあの時間……。
おそらく、未来永劫忘れる事などできぬであろう。
「アル……」
「……九郎…妾は幸せだ……汝にこれ程までに愛されて……子供まで授かって……これ以上を望むのは強欲なのであろうが……」
「えっ?」
「妾は…もっと汝に愛されたい……これ以上無いほどに愛されているとは判っておるのだが……それでももっと……九郎の愛で満たされたい……」
そう言いながら重ねる唇。
妾は、どれ程にこの男を愛しているのだろう。
少なくとも……九郎の為にならば、妾は何でも出来る……。
命を賭けることすら惜しくは無い。
だから……。
いつか、失ってしまう日が来ることが……恐ろしい……。
九郎は人間だ。
だから歳月と共に年を重ね普通に生き続けたとしても、いつかは命の尽きる時が来る。
そうなったら妾は……。
「狂ってしまうやも知れぬな……」
「……アル?」
「妾にはリルがいる……どれ程の歳月を重ねたとしても、おそらくリルは妾と共に生き続けるであろうな。だが……」
想像するだけで、恐ろしくなる。
九郎がいなくなってしまった時にリルと二人残されて――。
そうなっても妾は…リルの母として…生き続けられるだろうか。
その時を思うだけで、これほどにまで悲しみに包まれてしまうというのに……。
「アル……」
「九郎…絶対に妾を離さないで……」
溢れてしまう涙。
そんな妾の涙を、九郎はしっかりと抱きしめて全て受け止めてくれた。
「離さない……絶対に……」
「絶対に……? 命が……尽きても?」
言葉にした瞬間、嗚咽がこみ上げてくる。
「ああ、たとえ命が尽きても、俺はお前の側にいる。お前を愛し続ける」
「九郎……」
「愛してるよ……アル……」
そう言って抱きしめてくれる九郎。
もう、堪えるのは限界だった。
側にリルやダンセイニがいることなど完全に頭から吹き飛んで妾は……。
ただ、九郎の温もりを……九郎の存在を……求めた。
全てをこの身体に……魂に……妾の存在全てに感じていたくて――。
そして……一時間後……。
幾度も身体を重ねあい、少し気持ちが落ち着いた頃になってようやくリル達の事を思い出した。
全てを見られていたのではないかと思い慌てて辺りを見回したが、いつの間にやら2人とも影も形も無い。
「……九郎?」
妾の上で、じっと見つめてくる九郎にそっと語りかける。
「ん?」
「リル…は?」
「しばらく前に、ダンセイニが隣の部屋に連れてった。まったく、気が利いてるよな」
九郎の言葉に苦笑して頷くと、妾は再び九郎の身体を抱き寄せる。
「アル?」
「……もうしばらくの間……抱きしめて…九郎…」
そう言いつつ、妾は九郎に唇を重ねた……。
あれから更に時間は過ぎて……。
妾と九郎はシャワーを浴びて身支度を整えると、隣室のリルの様子を見に行く。
そして部屋に入った瞬間――。
「あ、パパ、ママ、おはよっ♪」
かけられた声に驚いて振り返ると、リルがダンセイニの上に乗っかって満面の笑顔でこっちを見ていた。
「おはよう、リル。もう起きてたんだな」
「うん♪」
「起きていたのなら、声をかけてくれれば良かったのだぞ?」
「ふぇ? だって、ダンセイニちゃんが今は2人っきりにさせてあげてって言ったんだもん」
「ダンセイニが!? そ、そうなのか、ダンセイニ?」
驚いて聞くと、ダンセイニは嬉しそうに触手を伸ばしてゆらゆらと振って見せた。
「てけり・り♪」
いきなりダンセイニがそんな事を言うものだから、顔が赤くなるのを止められない。
当然であろう……『お楽しみの時間を邪魔したくないから♪』等と言われたら……。
「う、うつけっ、な、何を言っておるか!」
「なんだって?」
「――っ!? い、言えぬっ!」
「なんでだよ?」
言える訳が無いではないかっ! こういう時にこそ、何も言わずとも分かってくれれば良いのに……。
いや、九郎ならばこういう状況をむしろ面白がる…な。
今だって…妾がどんな返事を返すか、まるで子供のような無邪気な瞳で見つめておるのだし。
「アル?」
「……それは、ともかく! そろそろ朝食にしよう。リル、準備を手伝ってくれぬか?」
「うんっ!」
「あ、俺も……」
そう言って立ち上がりかけた九郎だったが、このままからかわれっぱなしも癪に障る。
「汝はそこでダンセイニと戯れておれ」
「へ?」
「妾をからかったお仕置きだ。やってしまえ、ダンセイニ!」
「てけり・り!」
「こ、こら、アル……ってぇぇっ、のわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
妾の言葉に慌てた九郎だったが、ダンセイニの方が一足早かった。
大きく伸び上がったダンセイニはそのまま九郎に覆い被さり、身動きを封じて床に貼り付ける。
完全にプレスされているその様子にリルが大笑いし、ダンセイニも楽しそうに笑う。
無論、妾とてこの姿を見たら……。
「ぷっ……くく……くくくっ……」
声を上げて笑うのは我慢してやったが、堪えきれない分が溢れてしまった。
まあ、これも自業自得と言う事で……。
「さてと…妾達は支度をしようか、リル」
「は〜い。ダンセイニちゃん、パパと遊んで待っててね〜」
「てけ〜り・り〜〜♪」
やたらと楽しげなダンセイニに押し潰されたまま、九郎は……。
「ア、アルぅぅぅぅう」
「支度ができたら呼んでやるから、それまではそこで大人しくしておれ、九郎」
そう言って、妾はリルとキッチンへ。
朝食の支度をしながら、ふと目に止まった結婚指輪にちょっと照れくさいような気持ちに包まれて苦笑する。
支度とは言っても、妾に料理など出来るはずもなく、殆どが買ってきた物ばかりだ。
現代は『れとると』なるものがあるから、非常に助かる。
だが、妾の場合、気をつけなくてはこの『れとると』さえも失敗してしまう事があるから、油断は出来ぬが。
パックを鍋の湯で温めつつ食器類を用意していると、リルが嬉しそうに話しかけてきた。
「昨日のママ、すっごく綺麗だったね〜」
「ふふ、そうか?」
「うんっ、とっても!」
「汝にそう言われると、少々照れるな」
「えへへ〜♪」
楽しそうにそんな事を話すリルに苦笑しながら、妾は溢れかけた嬉し涙を堪えてリルの頭を撫でてやった。
「リルもいつか、ウェディングドレスを着れる日が来ると良いな」
「ふぇ……?」
「ふふ、リルにはまだ早かったな。さて、九郎も待ちかねていることだろうし、急いで準備をしてしまおう」
「うんっ♪」
支度が済んだ頃、ようやくダンセイニの下から這い出してきた九郎が、妾の背中に覆い被さってきた。
「こ、こら、九郎!」
「ア〜〜ル〜〜〜〜〜っ」
「恨みがましい声を出すでない! まったく……ほら、食事にするぞ。リルも見ておるのだ。父親がそんな様子で子供に示しが付くと思うておるのか?」
「う〜〜〜っ、後で覚えてろよ〜〜〜」
「ふむ…たった今忘れたぞ」
妾の返事に憮然とした様子の九郎。
だが……そんな九郎の姿があまりにおかしくって……。
「……ふふ……ふふふっ……」
思わず笑い出してしまう。
しばらくは拗ねていた九郎だったが、やがて一緒に笑い出した。
ようやくの事で朝食を始めた妾達だったが、夫婦という事を妙に意識してしまって、なんだか照れくさくて敵わぬ。
そんな時、ふいに先日ライカに教わった事を思い出してしまった。
――夫婦なら、やっぱりお食事のときは……。
その言葉を思い出し、思わず恥ずかしくなってしまう。
「ん? アル、どうした?」
「な、なんでもない!」
とは言ったものの……やはり、やるべきであろうか……。
今までならば、なんてことはなかったのだが、改めて意識するとやけに照れくさい。
それでも必死に恥ずかしさを堪えてフォークでパンケーキを取ると、九郎の方へと差し出した。
「ほら、九郎……」
「へ?」
「そ、その、あの……あ、あ〜ん」
妾が湯気を噴きそうなほど恥ずかしさを堪えてそう言った瞬間、九郎の顔が真っ赤に染まる。
「な、なぁっ!? ア、アルっ、お前一体何をっ!?」
「こっ、このような事を二度も言わせるでない……ほ、ほら、早う……」
「お、おう……」
口を開く九郎に妾が手ずから食わせてやると、真っ赤になった顔で見つめてきた。
妾も目を逸らせず、見つめあったまま動けなくなってしまう。
どれほどそうしていただろうか。
「あはっ、パパとママ、ラブラブなの〜♪」
「てけり・り〜♪」
二人のそんな声に、はたと我に返った妾達は、娘の目の前で見せてしまった醜態に揃って真っ赤になってしまった。
食事も終わり、九郎と2人で後片付けを始めた妾達。
リルは向こうでダンセイニと遊んでいる。
我が子の事とは言え、やはり可愛らしいな。
「ん? どうした、アル?」
「いや、なに……幸せだな……と思うてな……」
「……ああ、俺もだ」
食器を洗いながら背後に立つ九郎の温もりに身体を預けると、妾の方が小さいから、まるで包み込まれるような感じがしてなんだか安心する……。
「のう……九郎?」
「なんだ?」
「……昨日のあの瞬間……あの……口付けの瞬間から……妾達は…本当の夫婦となれたのだな……」
「ああ。それまでも夫婦以上の事してた気もするけどな」
そう言って苦笑する九郎。
「フフ、確かにな。だが……」
「判るよ。俺だって今までとはなんだか違う感じがしてて、嬉しいんだ」
「汝も…か?」
「アルも?」
尋ねてくる九郎に頷くと、やけに嬉しそうな顔になって、いきなり抱きしめてきた。
「な、なんだ、いきなり?」
「……これからも……ずっとよろしくな、アル……」
「九郎……ああ、妾こそ……不束者ではあるが…な」
振り返り、見つめ合う。
そして……抱き寄せられるままに身を任せて……。
唇を重ねた……。
「パパとママ、ホントにラブラブだね〜♪」
「てけり・り♪」
嬉しそうなリルとダンセイニの声など気にもせずに、抱きしめあう妾達。
幸せを全身で享受して…九郎の愛情を心の全てで受け止める。
本当の夫婦になって初めての朝を、妾達はこうして迎えたのだった……。
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