斬魔大聖デモンベイン SS
『アル・アジフ』
by Sin
九郎と離ればなれになって、もういったい何年が過ぎたのだろう…
あの時、九郎を人の世界へ返してしまった事を悔やんではいない…
でも…もうこれ以上……九郎の居ない寂しさに……妾は……耐える術を持たないのだ…
幾百……幾千……幾万の時を越えただろう……
ようやく辿り着いたこの地で、妾は一人の男を助けた。
それはほんの気まぐれだった。
幾万の時をたった一人で漂流し続けた寂しさを紛らわすほんの座興…
だが、それがまさか運命の扉を再び開く事になろうとは、妾はこの時思いもしなかった…
「おうおう、これはまた見事な死に体よのぅ。どうだ? 生きたいか、人間?」
もはや答える力も残っていないのであろう。
微かに頷くのを見て、妾は魔術を行使する。
死から生へ。
今にも死にかけていたその男の傷は瞬く間に癒え、呆然としながら身を起こした。
「こ、これは……君はいったい……?」
「それより、何か言う事はないのか?」
「えっ………あ、ああ、ありがとう! 君は命の恩人だ。いくら感謝してもしたりないよ」
「ふん、初めからそう言えばよいのだ。ふむ……感謝していると言ったな?」
「あ、ああ」
「……ならば、今後は妾に従え」
「そんな横暴な……」
「何を言う。汝は生きたいと願い、妾はそれを叶えた。うむ、問題ない。契約は正当なものだ」
久しぶりの会話。
なんとなく嬉しいものだな。
そう言えば、許奴の名前も聞いていなかったか。
「汝、名前を何と言う?」
「え?」
「だから名前だ。汝の名前を聞いておる」
「あ、ああ。俺は覇道。覇道、鋼造だ」
一瞬、耳を疑った。
「な、汝……今何と言った……?」
「えっ……?」
「汝の名だ! 何と申した!?」
「あ、だ、だから、覇道鋼造だって……」
「覇道……だと!? な、汝、もしや、アーカムという名に心当たりはないか!?」
「アーカムなら、俺の生まれ育った街だけど……? まあ、ろくに開拓も進んでないような所だけどさ」
信じられなかった。
まさか再びここに……この世界へと帰ってこられるとは……
そして…もし、妾の考えが間違っていなければ…
数十年後……再び……逢えるかも知れない…
その希望を胸に妾は覇道鋼造を導き、巨大金山を発見させて覇道財閥を創設させた。
覇道財閥はその莫大な資金力と妾の助力をもって、アーカムの街を巨大都市、アーカムシティーへと成長させる。
そして設立させたミスカトニック大学。
妾はその一角に造られた魔導書ばかりを集めた秘密図書館の奥深くでその時を待ち続けた…
どれ程その時を待ち焦がれたであろうか……
数十年の時が過ぎ、その中で覇道鋼造の子が妻と共に事故死……
どうやらかの者達の命運は、ブラックロッジの存在有無にかかわらず、あの時点で途切れていたようだ。
そんな哀しみに沈む覇道鋼造からの連絡が、妾の胸を高鳴らせる。
それは……
アーカムより遙か離れた地で、『大十字 九郎』という青年が身寄りを亡くし、施設で暮らしている…と言う話。
この話を聞いた瞬間、妾は思わず涙を零してしまった。
「やはり……やはりこの世界だったのだ……この世界が…九郎の居る世界だったのだ……」
「アル・アジフ?」
「鋼造、感謝するぞ。妾は……この時を…この時だけを待ち焦がれていたのだ……」
溢れる涙を止める事も出来ぬまま、妾は鋼造に1つの事を懇願する。
「鋼造、九郎をアーカムに招いて欲しい。ミスカトニックの学生として破格の条件でだ」
「それは構わないが……」
「ただし」
「?」
「隠秘学科への特待生としてだ」
「その彼に、魔導の素質があると?」
「……汝には話しておくべきであろうな。かつて、妾はこの世界の未来……いや、正確にはかつてこの世界であった世界の未来から来た」
「……なおさら訳が解らないが……」
「ならば黙って聞いておれ。ともかくその世界で妾の主であった者。それこそが九郎だ」
「アル・アジフの主……マスター・オブ・ネクロノミコン……彼がそうなのか?」
「うむ」
「一概には信じがたいが……」
「まあ、無理もない。今の彼奴は魔導の片鱗にすら触れておらぬ普通の人間に過ぎぬからな」
「いまいち解らないところが多いが……承知した。大十字九郎。彼のミスカトニック大学、隠秘学科への特待生入学手続きをとろう」
「感謝する。それと……」
「えっ?」
「汝の息子とその妻…死は予見しておったが、助けられなんだ。すまぬな…」
「………いや、これも天命だったんだろう。詮無き事さ」
「そうか…」
「それに私にはまだ、瑠璃がいる。愛する孫娘を立派に育て上げる……それがこの私の希望だ」
「鋼造……ならば1つ伝えておく」
「なんだ?」
「汝の命も、それ程長いものではない。小娘に伝え置く事があるならば、少しでも多く……伝え置く事だ」
「そうか……わかった。ありがとう、アル・アジフ」
「礼には及ばん……妾の方こそ、汝には感謝してもしつくせぬのだからな……」
そう呟く妾に笑って頷いた鋼造の笑顔。
それは何故か…少しだけ……九郎に似ている気がした……
そして……数年後……
「う、うわああぁぁっぁっ!!」
荒れ狂う魔導の力。
秘密図書館の中は今、混沌の力によって外界から封鎖されていた。
「何だよ、何なんだよ、これは……!」
外道の存在に怯え、逃げまどう九郎。
邪悪なる者に追われていた九郎を助けたものの、今、彼奴は妾の事すらも恐れていた……
まだ……今はまだ……その時ではないのだ……
「まだ……早い……」
「ひっ……」
「まだ……早い……早いのだ……今はまだ、その時ではない……」
「う……あぁ……」
「時が来れば……我等は必ず巡り逢う………忘れるな……九郎!」
「う、うあああああああああああっ!!」
必死の表情で逃げ出した九郎……
あの日以来、九郎はミスカトニックを去った。
それも判っていた事。
かつて九郎に聞いた事だ。
だが、あれから数年経っても、未だに九郎は妾の元へは帰ってこない……
何故だ……?
何故九郎は……
それとも……この世界に…あの『大十字 九郎』は……
妾の愛した……妾を愛してくれた……あの九郎は……存在しないのだろうか……
怖い……
もしも……
もしも九郎が……
この世界の九郎が、妾の知る九郎でないのならば……
妾はもう……
壊れてしまうかも知れない……
「ナイトゴーント、アトラック=ナチャ、バルザイの偃月刀、ニトクリスの鏡、クトゥグァ、イタクァ」
妾は何をしている……?
「舞え……」
自らの中から、六つの断片を取り出し、空へと舞い上がらせる。
それはあたかも意志を持つかの如く、アーカムシティーへと舞っていった……
……何をしているのだ……妾は……
自らの断章を…わざわざ野に放つような真似を……
問いかける。そして返ってきた答えは……
「これは……賭けだ……もし、この賭に負けたのならば……妾は…この身を炎で焼き尽くそう……妾の愛する九郎の居ない世界だというなら……もはやこれ以上生きながらえても意味はない……」
そして……一月ほどした頃の事だった……
「ん……?」
ふと何かの気配に振り返ると、そこには放ったはずのアトラック=ナチャとナイトゴーントの章が。
そのまま妾の中へと戻ってくる。
「な、何故? もし誰かにやられたのだとしても、ここに戻ってくるはずが……」
その時、更にバルザイの偃月刀とニトクリスの鏡の章までが戻ってきた。
「い、いったい、何が起こっておるのだ……?」
驚き、戸惑う妾の元へと、最後の二章までもが戻ってくる。そして……
「ラテン語版が置いてあるのは知ってたけど……」
思わぬ声に、慌てて振り返る。
そこには……
腕を組んで何かを堪えたような顔でこちらを見つめている……九郎の姿……
まさか……
「オリジナルがあるとは聞いてなかったぞ?」
そう言って少し哀しそうな顔で笑う。
間違いない……
彼奴は……
妾の愛した……たった一人の我が伴侶……
妾の主……大十字 九郎だ!!
「………郎…っ」
もう、目の前の景色が歪んで……よく見えない……
「九……郎……っ!」
知らず知らず、一歩、二歩と歩みを進め……
「九郎―――――――――――――っ!!」
抱きついた。
もう体裁など気にする余裕などない。
幾千……幾万年、この時を待ちわびただろう…
愛おしい。
九郎の温もりが…
その存在が…
何よりも愛おしい………!
「この馬鹿……! 勝手な事ばかりしやがって!!」
「九郎……っ……九郎―――――――――――――っ!」
逢いたかった。
気が狂いそうなほどに。
理不尽なまでの運命に引き離され、この温もりだけを求め続けて幾星霜……
ようやく……ようやく取り戻す事ができた……
「離れない! もう、もう二度と! 妾を……妾を離さないで……九郎……!!」
縋り付く妾の身体を、九郎の手がしっかりと抱きしめてくれる。
「離すもんか……もう二度と……だから……もう何処へも行くな……ずっと…ずっと俺の傍に居ろ……アル…」
九郎の言葉に何度も、何度も頷く。
悠久の時を越えて、妾と九郎は再会した……
そして、これからもいつまでも……
妾は九郎と共に生きていく……
無限に等しい命を持つ妾だ。
九郎と同じように成長していく事は叶うまい。
だが、それならばそれでよい。
いつか……九郎が老いさらばえてその命尽きる時が来たならば……
妾はこの身を九郎と共に灰としよう。
次の世に生まれくる時も九郎と共にある為に…そして……
「妾は……汝の永遠の伴侶だ……九郎……」
願わくば……次の世では同じ、『人間』として…
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